卑弥呼の首輪

 

照子の失踪

 

今回の糸島観光は拓也が提案したものだった。これには少し深刻な事件が絡んでいた。拓也の母校である糸島芸工高校の恩師であった原田大吾先生から四月の初めにメールが届いた。恩師は歴史の先生で今は退職しているが、この高校の歴史研究部の顧問をしている。拓也はメールの内容を何度読んでもピンと来ないため直に会って聞いてみたくなった。

 

メールのことをドクターに話したところ、ドクターから話を聞いた警察庁キャリアの的野秀文、愛称コロンダ君は一度歴史の街を探索したかったと拓也についてきたのだった。さらに、さやかとアンナまで田舎の澄んだ空気を思いっきり吸いたいと言ってついてきたのである。糸島市志摩に到着すると拓也たちは加也山登山道入口近くにある恩師の自宅に向かった。拓也は連れの紹介をすると恩師を囲んでメールの話を切り出した。最初、恩師もどのように話していいのかしばらく深刻な顔をつくっていたが、考えがまとまったのか膝をポンと叩くとゆっくりと順を追って話した。恩師の話は実に不可解なもので他の3人も気味が悪そうに聞き入っていた。

   

 歴史研究部の部長をしている山神照子が3ヶ月前の12月4日()に行方不明になった。朝出かけたまま戻らなかったそうだ。福岡県警も懸命に捜索したがまったく手がかりがつかめないままだ。何かの事件に巻き込まれたのか、誰かに拉致されたのか、神隠しに遭ったのか、単に家出したのか、いまだに彼女の行方がつかめない。照子は父親晋作と二人暮しであったが、失踪後、照子は神武天皇の后となった、照子は日本を守るために神となった、日本の自然は照子が守ってくれる、照子は全人類を守るために天に召された、俺が照子を神に捧げた、照子は日本の永遠の女神だ、と父親は意味不明なことをしゃべっては放浪するようになり、ついに精神病院に入院させられた。

 

 恩師は間を置きながら、つばを飲み込み、話を続けた。今のところ県警も手がかりがつかめず足踏み状態で暗中模索に陥っている。どうも殺人事件とは関係ないと見たのか警察は単なる家出として捜索し始めているようだ。わしも、足を棒にして聞いて回ったんだよ。クラスメート、部員、近所の人たちにも話を聞いたがまったく気にかかるところがなかったそうだ。肝心の父親の頭がおかしくなってしまっているので、パソコン部で彼氏の直人君からもいろいろと話を聞いたのだが特に変わった様子はなかったそうだ。

 

 照子は社会の先生になりたいと言っていた。活発で明るく向学心もあり受験勉強にも力を入れていた。父親も教育大にやって先生にしてやりたいと三者面談のときに話していたそうだ。直人君は照子と古墳巡りをしては邪馬台国の謎について議論したそうだ。また、直人君が言うには小富士カントリークラブの黒猫は「卑弥呼」と言って照子が飼っていた猫で、照子が失踪してから13番ホールに現れるようになったそうだ。今のところ手がかりらしきものはなく、照子が生きて戻ってくるのを期待する以外ないと恩師は話を締めくくった。

 

 拓也たちは聞き終わるとお互いの顔を見合った。誰一人言葉が出なかった。拓也は「照子さんが元気に帰ってくるといいですね」と言って悲痛な顔をしている恩師をねぎらった。4人は雷山にある桂会長の別荘に到着すると、早速小富士カントリークラブの黒猫に会いに行くためゴルフ場の予約を取った。

幸運の黒猫

 

拓也たちは二日前恩師から聞いた黒猫に会いに小富士カントリークラブにやってきた。そして、13番ホールに到着すると運良く黒猫が現れた。さやか、アンナ、コロンダ君、拓也たちはうわさの黒猫をティーグランドからじっと見つめていた。昨年オープンしたばかりの志摩にある小富士カントリークラブは、一年も経たないうちに全国的に有名になった。と言うのも、13番の125ヤードショートホールは黒猫が現れるとホールインワンが出るのである。

 

 最初に打つアンナはオレンジのボールをティーアップすると軽い打ち下ろしをイメージして9番アイアンで軽くスイングした。「ナイスショット!」キャディーは歓声を上げた。バックスピンがかかったボールはピン左上2ヤード地点に落下した。理想的なポジションに落ちたオレンジのボールはゆっくりとピンに向かって転がりバーディーチャンスにつけた。

 

  アンナはバンザイして喜び、さやかと拓也は大きな拍手をした。だが、コロンダ君はうらやましそうな顔でグリーンを見下ろしていた。アンナと一打差のコロンダ君も青のボールをティーアップすると9番アイアンでゆっくりとスイングした。ボールはピン右上約3ヤードに落下した。寝そべっていた黒猫の顔の前に落下したのだが、まったく驚く様子もなく黒猫は転がる青いボールを見つめていた。

二人のシングルの後にへたれの拓也が震えながら黄色のボールを高くティーアップした。内股の拓也は7番アイアンでゆっくりとバックスイングをすると歯を食いしばって思いっきりフルスイングした。全員グリーンに目を向けたがボールはどこにも見当たらなかった。ティーから落ちたボールは拓也の前で笑っていた。「ティーアップが高すぎたのかな?」拓也はもう一度低くティーアップすると大きく深呼吸して軽くスイングした。トップ気味のボールはグリーン奥のバンカーに埋もれた。

 

 ミラクルショット連発のさやかは鼻歌を歌いながらピンクのボールをティーアップするとジュニア用の短い7番アイアンで盆踊りでも踊るかのようにスイングした。ピンクのボールは突然吹いた風に運ばれてピン右下約3ヤードに落ちた。黒猫はグリーンに落ちたピンクのボールをぼんやりと眺めていたがゆっくりと起き上がるとボールに向かって歩き出した。みんなは黒猫がボールをくわえていくのではないかと目を凝らして窺っていると、ボールの前に来た黒猫は左手でボールをちょいと転がした。ボールはまっすぐ転がると見事にカップインした。

 

 「キャ~!ホールインワンだ!」さやかはジャンプして歓声を上げた。そんな馬鹿な、拓也はキャディーの顔をうかがってみると「ホールインワンです、おめでとうございます」キャディーは考えられないことを叫んだ。この珍事はいつの間にか公認されるようになっていた。「幸運の黒猫」は小富士カントリークラブの女神になっていたのである。黒猫は3ヶ月前から突然現れ、なぜかこのようないたずらを始めたのである。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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