卑弥呼の首輪

二人のシングルの後にへたれの拓也が震えながら黄色のボールを高くティーアップした。内股の拓也は7番アイアンでゆっくりとバックスイングをすると歯を食いしばって思いっきりフルスイングした。全員グリーンに目を向けたがボールはどこにも見当たらなかった。ティーから落ちたボールは拓也の前で笑っていた。「ティーアップが高すぎたのかな?」拓也はもう一度低くティーアップすると大きく深呼吸して軽くスイングした。トップ気味のボールはグリーン奥のバンカーに埋もれた。

 

 ミラクルショット連発のさやかは鼻歌を歌いながらピンクのボールをティーアップするとジュニア用の短い7番アイアンで盆踊りでも踊るかのようにスイングした。ピンクのボールは突然吹いた風に運ばれてピン右下約3ヤードに落ちた。黒猫はグリーンに落ちたピンクのボールをぼんやりと眺めていたがゆっくりと起き上がるとボールに向かって歩き出した。みんなは黒猫がボールをくわえていくのではないかと目を凝らして窺っていると、ボールの前に来た黒猫は左手でボールをちょいと転がした。ボールはまっすぐ転がると見事にカップインした。

 

 「キャ~!ホールインワンだ!」さやかはジャンプして歓声を上げた。そんな馬鹿な、拓也はキャディーの顔をうかがってみると「ホールインワンです、おめでとうございます」キャディーは考えられないことを叫んだ。この珍事はいつの間にか公認されるようになっていた。「幸運の黒猫」は小富士カントリークラブの女神になっていたのである。黒猫は3ヶ月前から突然現れ、なぜかこのようないたずらを始めたのである。

 

 4人が軽い下り坂をトボトボと歩きグリーンに到着するとキャディーは拓也にサンドウェッジを手渡した。しかめっ面の拓也はクラブを担いで地獄のバンカーに飛び込んだ。「どうか三回で脱出できますように、神様」と心の底でつぶやくと思いっきりサンドウェッジをボールめがけてぶち込んだ。砂は大きく舞い上がり、目を閉じた拓也は頭から砂をかぶり「ワ~」と悲鳴をあげた。

 

目を開けると砂をかぶったボールは目の前で沈黙していた。大きなため息をつくと目を吊り上げて、やけくそでもう一度クラブをぶち込んだ。奇跡的にバンカーから飛び出したボールはグリーンに落下すると、勢いよく転がりうつぶせに寝ていた黒猫のお腹に激突して止まった。黒猫は一瞬目を吊り上げて拓也を睨んだが立ち上がることもなく再び目を閉じた。

 

コロンダ君は黒猫の顔の前を転がしてツーパットでパーとした。拓也は黒猫の横にある黄色いボールをパットしたいのだが、黒猫がいたのではパターを振ることができない。他の3人も静かに黒猫を見ていた。意を決した拓也は黒猫にお願いした。「黒猫さん、少し前に行ってくれませんか、お願いです」拓也は両手を合わせて頭を下げた。だが、黒猫は動こうとはしなかった。

困り果てた拓也はキャディーの顔を窺った。すると、キャディーはボールを拾い上げ打ちやすい場所に置き「特別ルールです、どうぞ」とキャディーは笑顔をつくった。あっけにとられた拓也は機嫌を損ねないように黒猫を静かにまたぐとアドレスに入った。どうにかツーパットでホールアウトすると全員で黒猫に手を合わせて次の14番ホールに向かった。

 

          卑弥呼の首輪

 

 拓也たちは「幸運の黒猫」の存在を確認したが「不幸な照子」の行方の手がかりはつかめなかった。別荘に到着すると今後の予定を確認した。拓也の予定は姫島に住んでいる父親に会いに行くこと。コロンダ君は遺跡巡りをすること。さやかとアンナは適当に観光すること。コロンダ君は明日出立して一人で東京に帰ると言った。拓也は明々後日の金曜日に別荘に戻ってくると言った。

 

 3月7日(水曜日)、早朝、コロンダ君は曽根にある平原遺跡へ、拓也は志摩の岐志渡船場へ出立した。取り残されたさやかとアンナは朝食を食べるとどこに遊びに行くか話し合てはみたが、原田さんから聞いた照子のことが気になっていた。テーブルで頬杖をついてアンナがぼんやりと考え込んでいると正面のさやかがいつもの思い付きを話し始めた。「照子さん、死んでしまったのかな~、どこに眠っているんだろ~」縁起でもないことをつぶやいた。「え!どうして、死んだなんていうの?」アンナはさやかが何か手がかりでもつかんだのかと思った。さやかは思い浮かんだことを話し始めた。

「生きているかもしれないけどね、死んだと仮定していろいろと考えてみたの。照子さんが失踪して、ゴルフ場に彼女がかわいがっていた黒猫が突然現れたりもしたからね。思うんだけど照子さん、自殺したんじゃないかと思うの。そして、その遺体をお父さんがどこかに埋めてしまったんじゃないかとね。生めた場所はおそらく、ゴルフ場のどこかに」

 

 「なるほど・・」アンナは目を大きくして聞き入っていた。「原田さんの話によると自殺するような様子ではなかったと言っていたじゃない、そうね、きっと自殺の原因は自分のことではなくお父さんのことじゃないかと思うのよ。と言うのも、照子さんが失踪してお父さんは気が変になったじゃない。つまり、自殺の原因はお父さんにあるということなのよ。自殺しなければならないほどのことがお父さんにあったということね、それは何かわからないけど」

 

 「お父さんが・・・」アンナの顔が少し紅潮してきた。「う~ん、黒猫が何か知っているわね。警察は家宅捜索とか彼女にかかわっていた人たちを徹底的に調べたと思うけど、黒猫は尋問してないでしょ。日本語が話せないものね。この事件を解く鍵を握っているのは黒猫だと思うな。黒猫とじっくりと話し合えばきっと何かわかるわ。黒猫がゴルフ場に現れたのは私たちに伝えたいメッセージがあるからに違いないよ」

 

春日信彦
作家:春日信彦
卑弥呼の首輪
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