日差しが少し西に傾いたせいで、窓が向かいのビルの影に入り、ちょうどいい具合の明るさになった席で、洋子は目覚めた。目の前のテーブルには、少しだけコーヒーの残ったカップと伏せられた文庫本から挿んである栞が見えた。
洋子は、完全に冷めてしまったコーヒーを飲み干し、バックを肩に掛け、席を離れた。ビル・エヴァンスが流れている。
「愚かなりし我が心、か。」
そっと呟いて、ひとりでに苦笑していた。
少しはにかんだ笑顔を店のマスターに向けて、洋子はすっとドアを引いて外へ出た。店のドアは、洋子が帰っていくのを惜しむかのように、静かにトンと音を立てて閉じた。
カランとドアのカウベルが鳴った。