思いがけない経営のヒント、コツ

経営には強い重力が働いている

 上がったものは下がる。増加した売上はいずれ減少する。増加傾向であった利益がいずれ減少に転じる。これが経営に働く重力である。
 一方で、下がった売上高を増加させる、悪化傾向にある利益を改善させることが、何の努力なしでできることではなく、努力した結果として運良ければなんとか得られるものであり、ここにも重力が働いている。この重力は、顧客のニーズの高度化であったり、競合の追随などから必ず生じるものである。
 また、急激に上がったもの、売上、利益は、急激に低下するケースが多い。山高ければ谷深しである。いわゆるブームと言われるものを思い起こせば納得されるのではないか。だから、ブームが起こってから事業に追随すると多額の在庫を抱えて失敗するケースが多い。
 「上がったものは下がる、下がったものは上げるのが難しい」。これが分かっていれば、上がった時に、なるべく長く上がった状態にする。落ちる前に次なる上昇のネタを準備することができる。少しでも上昇に停滞が見られたら、とにかく早目に次なる手を打つことが重要なのである。下がってからでは大変なのである。
 では、どのようにしたら、良いのであろうか。とにかく下げの重力に早く気づくことが大切である。そのためには、経営者に高い問題意識が求められる。経営者も人の子である。人間は、業績が良いとつい問題意識が甘くなってしまう傾向がある。問題意識を高く持てば、売上高げ減少に転じるかなり前に、売上高が伸びていてもその伸び率が低下していることに気づける。それに気付ければこのままではいずれ減少に転じるから、その前に、再上昇のための施策を講じることができる。風船で落ちてきたところを下から突く、またはエンジンをつけで給油し続けるようなイメージである。
 経営には強い重力が働いていることを決して忘れてはいけない。

本当の財務分析能力とは何か

 財務分析をする場合に収益性や安全性、生産性や損益分岐点分析などの様々な経営指標を算出し、業界平均などと比較して、良い悪いなどの分析をしているケースが見られる。このような分析も意味がないわけではないが、言い方は悪いが、それは誰にでもできること、見れば分かることであり、いわゆるデータの範疇のもので、分析としての価値は低いと言わざるを得ない。
 財務分析を何のために行うのであろうか、上記のようなデータ分析も金融機関の格付けなどの確率論に基づく一律の与信管理のために使うのであれば一定の有効性はあるように感じる。しかし経営として、今後の業績改善、事業成長に活かすための分析という観点からは、上記のような分析から有効な示唆を得ることはなかなか難しいのではと思われる。
 財務は結果であり、その原因は事業実態にある。財務数値の悪化、改善などの変化の裏には必ず事業実態の変化がある。商品売れ行き動向、顧客動向、自社機能の変化などである。「財務=事業」である。財務分析の結果からの抽出課題とSWOT分析などのフレームワークを使った事業実態分析の結果からの抽出課題とは、必ず表裏一体の関係のある経営課題が抽出されるはずである。それは、同じ分析対象を、「結果」である財務から切り込んで分析するか、「原因」である事業実態から切り込んで分析しているかのアプローチの違いだけであるからである。財務分析は決して決算書自体を分析しているのでなく、事業を数字の側面から分析しているのである。しかし、分析にあたって、この「財務=事業」、「結果=原因」の関係を強く意識した分析を行わないと一致した表裏一体の経営課題が抽出されないケースも多いのである。それは、どちらかの分析の深さが不十分であることが原因である。
 経営において、「本当に財務分析力がある」とは、決して財務指標を多く知り、その計算や比較ができるということではない。結果である財務数値の変化の裏に、商品や顧客や経営機能の変化を予測し仮説できる能力であると考えている。それが出来るようになれば、財務分析を実施し、経営改善の重要なポイントを仮説でき、効率的な事業分析からの課題抽出ができるようになる。それができれば、事業上の経営課題にスピーディーに対策が打て、その結果として財務的な成果をスピーディーに得ることが可能になるのである。
本当の財務分析能力とは、財務的な成果に結び付けられる事業分析能力のことであると考えている。

仮説思考はなぜ必要なのか(仮説思考のメリット)

本当の財務分析能力とは、財務的な成果に結び付けられる事業分析能力のことであると考えている。これは、いわゆる仮説思考が必要であるということも大きな意味で含まれている。
では、仮説思考はなぜ必要であり、有効なのであろうか。ここでの仮説思考の意味は「財務数値の変化を知った時に、その原因はおそらくこのような点が考えられるという事業実態にアプローチできる」思考方式を言う。
まず、第一に、仮説を持った上で分析するということは、自然と自分の考えを持った能動的な立場での分析となるから有効であると言える。あまり意識されないことかもしれないが、仮説がない場合との比較では大きな違いが生じている。
第二に、仮説を裏付けるための情報収集を行い、限られた時間などの中で効率的な分析ができる。これは仮説思考のメリットとして一般によく言われることである。インターネットなどで調べられることが非常に多い昨今であるから、情報の海で溺れないように、このメリットは非常に意味のあることであると言える。
第三に、仮説と実際が違った場合に、重要な価値ある発見ができるということがある。仮説はいわゆる常道で考えられることが多い。それに対して違うことに気づくことは特別のノウハウや強み、価値に気付くことである。それは仮説があったからそれを基準として初めて気づけることである。仮説を持っていたころへのご褒美として得られるものである。これが最大の仮説を持つことのメリットかもしれない。そして、これに気付ければ、企業の最大の事業戦略上のキモ、ポイント、競争力の源泉をつかんだことにもつながり、有効な事業戦略の立案へと活用できる可能性が高い。
仮説思考は、経営の実践として大変重要な思考法である。

事業戦略の理解を前提として、キャッシュフローを見ることが大切である

 私は、企業を見るときのアプローチとして、特にキャッシュフローの状況、パターンを重視している。経営方針や戦略などの経営の考え方や事業のステージは、必ずCFのパターンに表れる。

 キャッシュフロー計算書では、「営業CF」、「投資CF」、「財務CF」の3つに分けられ、まさにこの3つのキャッシュの流れ(フロー)を見ることが重要である。以下に典型的なキャッシュフローのパターンとそのポイントを挙げた。

l  「積極投資型」:営業CF及び財務CF(借入)で得た資金を、将来の事業力強化を狙い多額の投資CFに使う。将来のための投資の成功がカギとなる。

l  「バランス型」:営業CF得た資金を、将来のための一定の投資CF及び財務体質強化のための借入返済の財務CFに使う。バランスの取れた無難なCFであるが、競合が積極投資を行っているなどの場合に将来の事業競争力の維持ができるか(将来にわたっての営業CFの確保ができるか)のリスクがある。事業戦略が不明確なために無難なCFになっているとすると問題あり。

l  「リストラ型」:営業CF及び投資CF(資産売却)で得た資金を、ひたすら借入金返済の財務CFに使う。業績不振企業に多く当面はしかたないかもしれないが、長期的な事業競争力の維持ももう一方で考えておく必要がある。

l  成長早期型:積極投資型に近いが営業CFは小さいことが多い。財務CF(資金調達)が途切れると一気に破綻するリスクがある。調達先の信用を確保するための成長性実績を上げることがカギである。

l  破綻型:営業CFがマイナスであり、資金を金融機関などからの調達に頼っているパターンである。業績不振企業がこうなる。金融機関からの資金提供が途絶えると破綻となる。信用確保のため早期の業績回復がカギとなる。

l  成熟型:営業CF、投資CF、財務CFともあまり動きがない。老舗企業などで見られる。事業が停滞している。経営環境の変化への対応を考えておかないと将来の業績悪化リスクがある。

 上記を総括しての「キャッシュフローで企業を見るポイント」であるが、

①経営において重要なことは、「戦略が明確であり将来のための投資が十分であるか」ということである。

②しかし、確かに一時的には財務リストラを優先すべき時期もある。しかしそれは一時的なものであり、3年間はリストラ型であるが、その後はバランス型や積極投資型など将来の事業を考えたキャッシュフロー(お金の使い方)にするという目標が必要である。

一方で、③積極投資型も、将来の経営環境変化によっては大きく業績悪化し、財務リスクが高まるという点もある。

 まさに、キャッシュフローの使い方は、経営そのものであり、難しい。そこでもっとも理想的なキャッシュフローとはどのようなものであろうか、考えてみたい。

それは、④将来への投資が十分であり、かつバランス型のCFとなっていることである。これが最も良い形である(将来の事業収益力強化と財務体質強化を同時に実施できている)。しかし、このバランス型のキャッフローは「目指すもの」ではないと思う。やはり、まず「将来への投資が十分であるか」が一番重要であり、それを実施しているが、まだ資金余力があり、「結果として」バランス型になっているというのが理想である。

戦略が不明確で結果としてバランス型となっているものは理想的とは言えないのである。

したがって、あくまで事業戦略を中心概念、基準として、キャッシュフローを見ることが大切なのであり、事業戦略の理解なしに、キャッシュフローを見ても経営的にはあまり意味がないと言えるのである。

 

鍵谷英二
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