思いがけない経営のヒント、コツ

仮説思考はなぜ必要なのか(仮説思考のメリット)

本当の財務分析能力とは、財務的な成果に結び付けられる事業分析能力のことであると考えている。これは、いわゆる仮説思考が必要であるということも大きな意味で含まれている。
では、仮説思考はなぜ必要であり、有効なのであろうか。ここでの仮説思考の意味は「財務数値の変化を知った時に、その原因はおそらくこのような点が考えられるという事業実態にアプローチできる」思考方式を言う。
まず、第一に、仮説を持った上で分析するということは、自然と自分の考えを持った能動的な立場での分析となるから有効であると言える。あまり意識されないことかもしれないが、仮説がない場合との比較では大きな違いが生じている。
第二に、仮説を裏付けるための情報収集を行い、限られた時間などの中で効率的な分析ができる。これは仮説思考のメリットとして一般によく言われることである。インターネットなどで調べられることが非常に多い昨今であるから、情報の海で溺れないように、このメリットは非常に意味のあることであると言える。
第三に、仮説と実際が違った場合に、重要な価値ある発見ができるということがある。仮説はいわゆる常道で考えられることが多い。それに対して違うことに気づくことは特別のノウハウや強み、価値に気付くことである。それは仮説があったからそれを基準として初めて気づけることである。仮説を持っていたころへのご褒美として得られるものである。これが最大の仮説を持つことのメリットかもしれない。そして、これに気付ければ、企業の最大の事業戦略上のキモ、ポイント、競争力の源泉をつかんだことにもつながり、有効な事業戦略の立案へと活用できる可能性が高い。
仮説思考は、経営の実践として大変重要な思考法である。

事業戦略の理解を前提として、キャッシュフローを見ることが大切である

 私は、企業を見るときのアプローチとして、特にキャッシュフローの状況、パターンを重視している。経営方針や戦略などの経営の考え方や事業のステージは、必ずCFのパターンに表れる。

 キャッシュフロー計算書では、「営業CF」、「投資CF」、「財務CF」の3つに分けられ、まさにこの3つのキャッシュの流れ(フロー)を見ることが重要である。以下に典型的なキャッシュフローのパターンとそのポイントを挙げた。

l  「積極投資型」:営業CF及び財務CF(借入)で得た資金を、将来の事業力強化を狙い多額の投資CFに使う。将来のための投資の成功がカギとなる。

l  「バランス型」:営業CF得た資金を、将来のための一定の投資CF及び財務体質強化のための借入返済の財務CFに使う。バランスの取れた無難なCFであるが、競合が積極投資を行っているなどの場合に将来の事業競争力の維持ができるか(将来にわたっての営業CFの確保ができるか)のリスクがある。事業戦略が不明確なために無難なCFになっているとすると問題あり。

l  「リストラ型」:営業CF及び投資CF(資産売却)で得た資金を、ひたすら借入金返済の財務CFに使う。業績不振企業に多く当面はしかたないかもしれないが、長期的な事業競争力の維持ももう一方で考えておく必要がある。

l  成長早期型:積極投資型に近いが営業CFは小さいことが多い。財務CF(資金調達)が途切れると一気に破綻するリスクがある。調達先の信用を確保するための成長性実績を上げることがカギである。

l  破綻型:営業CFがマイナスであり、資金を金融機関などからの調達に頼っているパターンである。業績不振企業がこうなる。金融機関からの資金提供が途絶えると破綻となる。信用確保のため早期の業績回復がカギとなる。

l  成熟型:営業CF、投資CF、財務CFともあまり動きがない。老舗企業などで見られる。事業が停滞している。経営環境の変化への対応を考えておかないと将来の業績悪化リスクがある。

 上記を総括しての「キャッシュフローで企業を見るポイント」であるが、

①経営において重要なことは、「戦略が明確であり将来のための投資が十分であるか」ということである。

②しかし、確かに一時的には財務リストラを優先すべき時期もある。しかしそれは一時的なものであり、3年間はリストラ型であるが、その後はバランス型や積極投資型など将来の事業を考えたキャッシュフロー(お金の使い方)にするという目標が必要である。

一方で、③積極投資型も、将来の経営環境変化によっては大きく業績悪化し、財務リスクが高まるという点もある。

 まさに、キャッシュフローの使い方は、経営そのものであり、難しい。そこでもっとも理想的なキャッシュフローとはどのようなものであろうか、考えてみたい。

それは、④将来への投資が十分であり、かつバランス型のCFとなっていることである。これが最も良い形である(将来の事業収益力強化と財務体質強化を同時に実施できている)。しかし、このバランス型のキャッフローは「目指すもの」ではないと思う。やはり、まず「将来への投資が十分であるか」が一番重要であり、それを実施しているが、まだ資金余力があり、「結果として」バランス型になっているというのが理想である。

戦略が不明確で結果としてバランス型となっているものは理想的とは言えないのである。

したがって、あくまで事業戦略を中心概念、基準として、キャッシュフローを見ることが大切なのであり、事業戦略の理解なしに、キャッシュフローを見ても経営的にはあまり意味がないと言えるのである。

 

ベトナムなど新興国への進出企業の課題

 平成23年の年末にベトナムに進出している日系企業8社の工場を視察する機会がありました。そこでの私なりに学んだことを記載させて頂きます。
約7年前にベトナムへ来たときに比べて(以前に今回より短期日程ですが現地を訪れたことがあります)、基本的な国の雰囲気、国柄、日系企業にとってのベトナムの魅力や利点(①9千万人弱の人口規模、若い世代が多い、②経済GDPの成長、③親日的 など)、問題点・課題(①政府への対応が難しく外資規制が多い、②インフラが未整備の問題、③部品などのサポートインダストリーが未成熟、④ジョブホッピングによる定着率の低さ、⑤都市部での労働コストの上昇 など)は大きくは変わっていませんが、着実な経済発展を遂げていることは十分感じられました。
また、日系企業の進出においても、従前は製造コスト低減のための輸出型の製造拠点としての進出でしたが、BRICsに続く経済発展が期待されるVIPの一国として、GDPの上昇など経済成長を期待し、ベトナム国内の内需消費市場の拡大を見込んだ進出も増えてきていました。

 そのような中で、ベトナムに製造拠点を持ち成功している8社の工場を数日間で一度に見ることができ、経営コンサルタントとして本当に多くの経営的な示唆を得て大きな学びとなりました。特に訪問企業間での比較もしながら各企業なりのそれぞれの成功要因があることを強く感じることができました。もちろん経営において、どの企業のやり方が良いかの絶対的なパターンはありません。
もし、一定の成功のパターンがあるとすれば、「企業が重視する考え方や方針をしっかりと持つこと」であると考えます。「何が重要か」が明確であれば、それを軸にしてそれを支える組織のあり方やマネジメントのしくみが、それに適合するやりかたで形成されます。それらの一連の体系、しくみがいわゆる企業独自のノウハウとなり、コアコンピタンス(競争力の源泉)となると言えます。
そこで、今回訪問したそれぞれの企業で重視している考え方やそれによる成功要因は何かということを考え、そこからの総括として「ベトナムなど新興国へ進出する場合に留意すべきこと」として、私なりに今回のベトナム視察から学んだことを述べさせて頂きます。

 今回、対象となった成功事例の各社を回りながら、私が強く考えさせられた点を簡単に挙げさせて頂ければ以下のようなことでした。
 ベトナムなど新興国への製造拠点は、基本的に低い人件費コストを求めて進出しています。したがって、一般に製造現場は労働集約的な現場となり、製造現場での成功要因の最大のポイントは、現地の従業員の方々へのアプローチの仕方にあると言えます。しかし、日本国内とは文化などの背景が異なり、考え方の常識が異なるケースが多く、まさに「ヒト」という問題が、最大のメリットであり、かつ、最大の課題となります。このヒトへのアプローチ、マネジメントの問題について今回はいろいろと考えさせられることが多くありました。

 まず、日本人管理者が「日本式経営への絶対的な過信」を持ってしまうリスクがあるように感じました。日系企業の場合に、日本国内での現場改善、効率化の考え方、方法論を絶対視し、ややもすると現地へ無理を強いている、無意識に上から目線の経営になっている可能性があるのではと危惧しました。ある意味、まじめな日本人管理者ほどそうなりやすいのかもしれません。日本での現場改善のやり方や生産管理などの方法は、日本の中で長年の現場活動の中で培われたものと言えます。そこには、特に日ごろは意識していませんが、日本人の国民性や文化、経済背景などさまざまな要因が背景になって初めて成立しているものも多いと言えます。ベトナムでは、やはり特有の文化や従業員の仕事への価値観など異なった背景があります。日本の長年の努力から培われたやり方に自信を持って現地でも取り組むことは大変重要ですが、相手を見てやり方は工夫しないとなかなか定着させることは難しいのではと感じられました。
 一方で、「現地意識レベルへの妥協しやすい人間の弱さ」も感じました。これは、人は基本的に組織の中で周りの人たちとうまくやっていきたいと考えるものです。例えば現地で5Sの徹底を図ろうとしてもなかなか思うように定着しないケースがあります。そのような時、日本からの出向者も現地の従業員のレベルアップに格闘する中で少しずつ「ベトナムだから仕方がない」と知らず知らずのうちに「妥協」してしまう傾向があるようです。この「妥協の問題」は人の良い日本人管理者の共通した弱みとなる傾向があるかもしれません。また、数年間という短期の出向期間であることもこの傾向となる要因のひとつかもしれません。一旦妥協してしまうと、妥協したレベルでOKなのだと現地の方に捉えられそれがスタンダードとして定着してしまいます。一旦定着したレベルを否定してレベルアップを図ることは大変難しいことになると感じられました。
 「現地の文化、思考、人格を十分尊重すること」は、本当に大切なことであると感じました。これは妥協することとは違います。現地の文化、思考、人格を尊重して、場合によっては、慌てず、無理強いをせず、じっくりと時間をかけて取り組むことが必要であるということです。
 「当初の企画をしっかりと行い現地組織の生み方が大切であること」も成功の大きなポイントかと思います。「最初が肝心」ということです。とりあえず進出して、徐々に現場のレベルを上げるといったアプローチは大変な苦労を余儀なくされるということです。先に述べましたが、一旦スタンダードとして定着したやり方を否定してレベルアップを図ることは大変難しいということです。今回訪問した企業の中でも、中国での成功し確立したやり方を進出当初から導入した企業は短期に高い現場レベルを実現していましたが、進出当初のやり方にやや問題があった企業ではその後に大変な苦労をしている現状がありました。
 「日本式の意味合い、メリットを納得するまで説明」し、「粘り強くレベルアップを図っていくこと」の重要性もいくつかの企業で聞かれた成功のポイントでした。ベトナムの方は、なぜそのやり方が必要なのかを納得しないと、仕事を拒否するケースもあるとのことでした。例えば5Sであればそれがなぜ必要であり、どのようなメリットがあるのかをしっかりと、現地の方が納得するまで説明し、一度でなく何度も粘り強く説明していく必要があるということです。日本での「言わなくても常識的に分かるだろう」といった考えは、常識の違うベトナムでは通用しないということです。

 ベトナムなど新興国への日系企業の進出は、いわば異なる土壌へ日本式経営や日本式生産現場のしくみをいかに効果的・効率的に移植できるかということであります。そこで多くの日系企業の現地管理者が陥りやすい「日本式経営への絶対的な過信」や「現地意識レベルへの妥協しやすい人間の弱さ」などをしっかりと認識し、「現地の文化、思考、人格を十分尊重」し、「当初企画をしっかりと現地組織の生み方に注意」、「日本式の意味合い、メリットを納得するまで説明」し、「粘り強くレベルアップを図っていくこと」が大切であると言えます。
異文化の新興国へ進出して期待する成果を挙げることは簡単なことではありません。安易な進出では成果を得られないと感じられました。確固たる自社なりのビジョン、方針をしっかりと持ち、上記のことなど十分留意していくことが大切ではないかと感じました。そうすれば、日本での国内製造業の衰退や消費マーケットの縮小の中で、経済発展による成長期待が大きいベトナムなど新興国で成果を挙げ、企業成長に大いに活用していくことが可能となるのではと考えられました。

鍵谷英二
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