魔界島の決闘

 アンナが唖然としているとマオの後ろからイエローの椅子が静かにアンナの横にやってきた。「どうぞ、この椅子におかけください」マオは笑顔で椅子に目をやった。アンナがとまどっていると椅子が後ろに回ってきた。アンナがそっと腰掛けると椅子はマオの椅子の後ろに移動した。二人の椅子は西宮殿を出ると正面玄関の踊り場を通り過ぎて東宮殿に向かった。踊り場から10メートルほど東に二人の椅子が移動すると左手のドアが静かに開いた。


 吸い込まれれるように部屋に移動した二人の椅子は五つある丸テーブルの向かって左から二番目で止まった。「ここはベルサイユ宮殿みたいですね」アンナは目を大きくし驚きの声を発した。「ここはベルサイユ宮殿とサン・スーシ宮殿を参考に建設されましたのよ。お気に召しましたか」マオは自慢げな笑顔で五つのシャンデリアに目をやる。


 「早速、エステをはじめましょう。後はエステティシャンに従ってね」マオが腕時計の白いボタンを右手の人差し指で押すとマオの後ろの壁がゆっくりと左右に開いた。そこには裸の美少女が立っていた。彼女は10歳前後で赤毛のモヒカンであった。「この子はアイというの。アイ案内して頂戴」マオはすっと立ち上がるとアンナを入口まで案内した。

 壁の入口を入ると目の前には五色の湯船が並んでいた。「こちらから順番にお入りください。白はミルク、赤はワイン、透明はソルト、黄色は蜂蜜とレモン、グリーンはアロエと約10種類の薬草のお湯となっています。こちらのサウナは入浴後、5分間お使いください。入浴が終わりましたらエステを80分間行います」アイはゆっくりと丁寧に説明した。


 アンナはそっと横目でアイの顔を見つめていた。アンナは入口横にある脱衣ルームで裸になり、説明にしたがって最初に白い湯船に入った。アイは湯船の横で黙ってアンナを眺めている。アンナは湯船の中から無表情のアイを上目づかいに時々観察した。アンナは入浴を終えるとサウナでびっしょり汗をかいた。 


 アンナがサウナから出るとアイが富士山が描かれたバスタオルを差し出した。アンナが頭を拭いているとアイはピンクのタオルで足を拭き始めた。全身を拭き終わるとアイは丁寧にタオルを折りたたみボックスに戻した。ボックスの横には牡丹の花が描かれた扉があり、アイが近づくとゆっくりと扉が開いた。アイは何も言わず中に入り消えた。アンナはあわてて小走りでアイの後を追うと、目の前に現れた三人のシルクのドレスを着たエステティシャンがゆっくりとお辞儀をした。そこには少女はいなかった。

 アンナはベッドに案内されると、うつ伏せに寝かされた。三人のエステティシャンは全身の肌にブルーベリー色のクリームを塗りこんだ。アンナは夜更かしをしたわけでもないのに眠ってしまった。目が覚めると約30分たっていた。何をされたかまったく憶えがなくぼんやりしていると、前方にある樽のようなものに案内された。樽の中央がゆっくり開くと中にある丸椅子に座らせられた。すると、樽はゆっくり閉まり、樽の上に顔だけが飛び出した。次の瞬間全身に生ぬるい液体が噴射した。


 「きゃ~」アンナは悲鳴を上げた。噴射は3秒のインターバルをとってリズミカルに行われる。噴射は全身の快感神経を刺激するように設計されており皮膚をリラックスさせる。10分の噴射を終えると樽は再びゆっくりと開いた。今度は仰向けにベッドに寝かされると金木犀の香りがする黄色いオイルを全身に塗られ、三人によるマッサージが始まった。エステが終わりほっとしているとアイが服を持ってやってきた。


 エステルームの隣の部屋のソファーでジャスミンティーを飲んでいると、グリーンのタンクトップに赤のミニスカート姿の女優のような美女が部屋に現れた。アンナの目は長くて美しい脚に釘付けにされた。一瞬、初めて会う女性かと思わせたが、彼女はマオであった。「最高級のエステいかがでしたか?最後にアンケートにご協力くださいますか?」マオはアンケート用紙をアンナの前に置いた。

 

 アンナが5時ごろ椿荘に戻るとさやかはプーさんと遊んでいた。アンナは不思議なエステ宮殿の話をするとさやかはいつもの推理する顔を見せた。アンナには黙っていたがさやかには漠然とした思いが浮かんだ。二人の行動が桂会長に伝わっているのではないかと。食事を済ませた二人はアンナのママの友達サリーという女性を探しに博多に、さらに湯布院にやって来たことをドクターにメールした。

          
 アンナはクラブ・リリーをナビで調べると時速50キロで35分と分かった。二人は7時40分に椿荘を出立した。しばらくS2000を走らせているとアンナは先ほどエステ宮殿に案内された道を走っていることに気づいた。ナビはエステ宮殿の北門に二人を案内した。門の前につくと誰が乗っているのかを知っているかのように門はゆっくりと左右に開いた。門を入ると、燕尾服を着た執事が二人の名前を確認し、指紋を取った。二人は驚きのあまり目を見合わせた。執事は無線機で誰かと話をすると、二人に車から降りるように指示した。


 入口横の警備室のような部屋に案内されると6人乗りのリニアモーターカーが待っていた。2分程リニアモーターカーで運ばれると宮殿の北エントランスが現れた。エントランスには純白の燕尾服を着た執事が待っていた。彼はアンナを先ほどエステ宮殿に案内した執事であった。執事はクラブ・リリーでなく王室のようなVIPルームに二人を案内した。二人が部屋にかかった印象派の絵画を見ていると和服姿の女性が現れた。彼女はエステのときに出会ったマオであった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
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