魔界島の決闘

 「ここは殺人兵器を造る島でしょ」さやかは強い口調で攻撃した。「確かに、ビジネスとして兵器は製造してはいるが、インド、中近東、アフリカへの支援物資も製造してるんじゃ。世界平和のための研究所だよ」老人は笑顔でさやかに応えた。「お言葉ですが、世界平和というのは間違ってます。殺人兵器で多くの子供たちが亡くなっているのです。一刻も早く兵器の製造を停止してください」さやかの顔は真っ赤になっていた。


 「これは恐れ入った。まあ~、資本主義というのは所詮こんなものだよ。分かってくれませんかな、さやかさん。確かに、科学の進歩には弊害もある。だが、人間の限界を超えるのが科学なんじゃよ。現に、ポルシェ・クイーン社が開発した無人のコンピューター制御で走る*GTモンスター*だが、GTモンスターのラップレコードはいまだ破られてない。つまり、人間には限界があるということじゃよ。それじゃ、二人の勇気に応えてプレゼントを差し上げよう。2秒のハンデをやることにしてモンスターのタイムと勝負してみてはどうかな。もしこの勝負に勝てばフェラーリと今後のレース費用をプレゼントしようじゃないか。どうかね、アンナさん」桂会長は結果が明らかな勝負を持ちかけた。


 「アンナさん、いいお話じゃない。勝負なされては?」サリーはアンナが勝つ可能性があるような話しぶりをした。サリーはレースのことがまったく分かっていないとアンナは思った。なにが目的で結果がはっきりした勝負を持ち出したのかアンナには理解できなかった。プロが勝てないモンスターにアマのアンナが勝つことは奇跡が起きない限りありえない。サリーから何か手がかりを得るつもりで魔界島に乗り込んだのだが、桂会長の不意打ちのパンチをくらい窮地に追いこまれた。

 「モンスターと、勝負します!」さやかが勢いよく返事した。さやかのヒステリーは治まらない。さやかはレースのことはまったくわかっていない。アンナはしばらく目を大きくしてさやかの顔を見つめていたが、ゆっくりと頷いた。ここまできたら引き下がるわけには行かなかった。一つでも手がかりをつかんで魔界島を脱出したかった。「それじゃ、負けたらどうしろと言われるのですか?」アンナは桂会長の企みに探りを入れた。「そのことじゃが、別に驚くほどの条件じゃない。さやかさんに魔界島で働いてもらえばいいんじゃ」さやかの顔が一気に引きつった。しかし、桂会長との決闘の決意は変わらなかった。


 「サリーさんは桂会長のお友達ですか?」腹を決めたアンナはゆっくりと落ち着いて訊ねた。「桂会長はクラブ・リリーのお客様です。時々、研究所に招待してくださるのよ。そう、明日のために、桂会長ご自慢の赤のフェラーリを試乗なされてはいかが」サリーは勝負は明日であることを告げた。アンナは背水の陣で魔界島のサーキットに向かった。


 運よく魔界島のサーキットはいつも走っている鈴鹿サーキットとほとんど同じであった。17のコーナーに勝負を決すると言われるS字コーナー、違っていたのは最終コーナーのRが少し大きいのと、それからゴールへの直線距離が300メートル長い。モンスターのタイムは1分49秒842と知らされていた。ということはアンナは1分51秒842以下で走らなければならないことになる。アンナは何度かラップを計ったが、奇跡的最速タイムで1分52秒548であった。

 アンナの敗北は確実となった。もし、負けた場合、さやかは奴隷のように魔界島で一生働かされる。アンナはレースをあきらめ他の謝罪方法を考えたが名案は浮かばなかった。突然、二人が出会った孤児院が脳裏に現れた。8歳のアンナは初めてさやかと出会った。さやかは3歳のときからこの孤児院で暮らしていた。そのとき、アンナを妹のようにかわいがってくれた。


 なにをするにも二人だった。二人でいればどんな悲しみも乗り越えられた。両親がいないさやかは子供が大好きだった。アンナは男のような性格でバイク、車が大好きだった。いつしか、二人は孤児院を建てる夢を持つようになった。しかし、ここで二人が引き裂かれたらアンナの心は折れてしまう。恐怖が一度に爆発し全身が震えだした。アンナは右手で十字をきると、レイナが残した十字架のペンダントをつけて目を閉じた。


 一睡もできなかったアンナは各コーナーの限界速度のことを何度もイメージしていた。今のままでは負けてしまう。スピンを覚悟で勝負に出れば勝てないことも無いが、スピンすればそこで勝負はついてしまう。そして、さやかとアンナは引き裂かれてしまう。

 

 スタート時間、10秒前。アンナは胸の十字架を握り締めた。3,2,1、スタートのフラッグは振られた。フェラーリは雄たけびをあげた。


 さやかと桂会長は五重の巨塔のリビングでハイビジョンモニターに映し出された真っ赤なフェラーリをじっと見つめていた。桂会長は二人の決断に驚いていた。まったく勝ち目が無い勝負に挑んだ二人に対してほんの少し畏敬の念を感じた。しかし、さやかを手に入れることに関しては容赦しなかった。すべて計画通りにことは進んだ。


 S字コーナーは完璧なラインをとった。各コーナーもいつもの速度で通過できた。しかし、結果のタイムは予想されていた。さやかとの別れがアンナの脳裏をよぎった。涙が突然あふれでた。もはや冷静ではいられなくなっていた。アンナは神に祈り、最終コーナーで限界速度に挑戦した。「ママ」悲鳴とともにアンナはアクセルを踏んだ。

春日信彦
作家:春日信彦
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