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く、濛々とした雲ばかりである。お前達は、この山の谷底から沸き上がる雲の中に包まれた覚えがあろう。浮き世はその雲と同じことだ。」(註2)との台詞が、なんとも谷崎文学だと思わされます。快い音調と、古典由来のボキャブラリー。実際、谷崎作品を読む喜びは、こういった詩のごとくの散文、そして念入りに選ばれた語、文の繋がりから連想される絢爛たるイメージを頭の中で読者が展開させることにあるのです。瑠璃丸と千手丸の台詞もふるってます。
「転」は何が起こるかと申しますと、世俗の人となった千手丸から、瑠璃光丸に当てて文が来るのです。その文には、人買いにさらわれて恐ろしい目に遭ったこと、しかし、現在は深草の長者の娘婿となり、何不自由なく暮らしていること…が綴られており、そして「浮き世は恐ろしいところではなく、女人は世
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彼は誘惑に打ち克とうとする前に、打ち克たなければならない理由を知りたかった。彼はほの暗い燈火のかげに文を繰り広げて、幾度も読み返しながら、一と晩中、まんじりともせずに考え明かした。自分の智識、自分の理解力のあらゆる範囲から、手紙の事実を否認するに足るだけの、何らかの拠りどころを掴み出そうと藻掻いても見た。我ながらけなげであると思われるほど、良心の声に耳を傾け仏の救いを求めても見た。そうして結局、彼が最後の決心を躊躇させて