谷崎潤一郎の密かな禁欲

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【3】( 1 / 2 )

世にも優しく美しく香しいもの。とくとく、山を下りたまえ」と瑠璃光丸を強く誘っているのでした。

 

【3】

ここまで書くとお気がつかれたでしょうが、この二人の稚児は、作者谷崎の自己分割の試みなのですね。一方の自分は、浮き世に溢れる美と快楽と妖しい歓楽を貪りたいとの欲求にあふれ、もう一方の自分は、そんな自分を嫌悪と反省との念でもてあましている。谷崎は、この自己分割というか、自己対立を「金色の死」(大正3年)や、「友田と松永の話」(大正10年)で試みています。前者は、文学、文章藝術の可能性を捨てない作家と、「想像の余地のない、アーク燈の光で射られるような激しい美感」を求める岡村との織りなすドラマで、後者は、一人の人間の中に、西洋的な美の華麗さと豪壮さに憧れ、西洋人になりたいと焦がれる人格と、その反対に、渋く静謐な、日本家屋に見られる「光と影」を愛する人格とが、交互にあらわれるという、なかなかこれは、多重人格を先取りしたようなお話であると同時に、かのエッセイ「陰影礼賛」で表明されている美学の曙光がほの見えるのです。

谷崎と言う美の愛好者が、同じ「美」とされるものでも、正反対の傾向にあるもの双方を愛好する気質であったのかも…とそんなことを思わされます。彼にとって、「美」の基準は1つではなかった。(年をとってからは違いますが)

 

「二人の稚児」に戻ります。

瑠璃光丸は、浮き世の悦楽、女人との遊びを満喫しているらしい千手丸の熱烈な誘いに、激しく迷います。そのように楽しい世界に下りて行くのが、なぜ悟道の妨げになるのか? 何故上人は、その世界から自分たちを遠ざけようとするのであろうか?

 

彼は誘惑に打ち克とうとする前に、打ち克たなければならない理由を知りたかった。彼はほの暗い燈火のかげに文を繰り広げて、幾度も読み返しながら、一と晩中、まんじりともせずに考え明かした。自分の智識、自分の理解力のあらゆる範囲から、手紙の事実を否認するに足るだけの、何らかの拠りどころを掴み出そうと藻掻いても見た。我ながらけなげであると思われるほど、良心の声に耳を傾け仏の救いを求めても見た。そうして結局、彼が最後の決心を躊躇させて
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深良マユミ
谷崎潤一郎の密かな禁欲
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