さよなら命ーくつのひもが結べないー

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 20、さよなら命

 その年の秋、恵子から突然電話があった。

「藤ケン、元気?」
「ああ元気や。」
「今度、高3の同窓会をする事になったの。藤ケン来る?」
「そうやな、考えとく。」

 健一は同窓会に行くかどうか迷った。
恵子には会いたい気持ちがあるが、森村も来たらどうしよう。
森村に会ったらどんな顔をしたらいいのか分からなかった。
健一は最後の最後まで迷ったあげく行くことにした。

 同窓会はみんなで二十人程集まった。担任の谷山先生は来ていなかった。
久しぶりに健一は恵子と会い二人は微笑みあった。
森村も来ていた。
健一は視線をそらした。

 健一は恵子と二人で話す機会を得た。

「なつかしいな。二人がつき合ってた頃が。」と健一が言った。
「そうやね、あんなにうまくいってたのに。」
「二人がキスしたこと誰かに言った?」
「ううん、誰にも言ってない。」
「僕もや。」
「藤ケン、森村さんとつき合ってたんやて。」
「うん。」
「みんな知ってるよ、森村さんふられたって。」

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 健一は言葉が出なかった。
 そこへ女子が駆け寄ってきた。

「藤ケン、ちょっと来て。森村さんたいへんなの。」


 健一は地下のバーへ行った。
そこで森村は見知らぬ男と半分寝ころびながらディープキスをしていた。
森村もその男も酒に酔いぐでんぐでんの状態だとすぐ分かった。
健一はどうしたらいいのか少し迷ったが、その男に声をかけた。

「ちょっと、僕この女の子の知り合いなんだけどやめないか。」

 男は返答できる状態ではなかった。

 健一は「森村やめないか。」と声をかけたが、
「ほっといてよ。」と森村は言った。

 健一は力ずくで二人を離した。

「帰ろう。」健一は森村の手をとった。
森村は健一にすがりついてきた。
健一は森村の手をしっかり握り、森村の家へと歩いていった。
何度か森村を送っていった事があるので、道は知っていた。

 しばらく歩いているとラブホテル街の中に入った。
森村の家に行く途中にそんな場所があるのだ。
一つのホテルの入り口を通る時だった。

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「ね、入ろう。」と森村は言って健一の手を強く引っ張った。
 健一は反射的に
「あかん。」と手を引き返した。

 また二人は黙って歩いた。
そして森村が言った。
「なんで藤ケンは私を送るの?」
「こんな酔ってたら心配でほって帰られへん。」
「好きでもないのにこんな事しなくていいのよ。」
「そういうわけにはいかない。」

「私は、あなたをこんなに好きなのに、あなたはどうして私から離れたの?」
「もう何も言わないでくれ。」

「私をどうするの? 捨てるの? あなたはまた恵子とつきあうの?」
「私の気持ちなんか分からずに、わかったような顔して!」

「悪かった。僕はそんな人間なんだ。」
「藤ケンがそんなつまらない人間なら、私は何を信じて生きていけばいいの。」
「悪かった。許してくれ。」
「いくら謝っても仕方ないの。
 ねえ、答えてよ。
 これから私は何を信じて生きていけばいいの!」
 
 健一は何も言えずに、ただ森村を離さないようにきつくきつく手を握っていた。

「あらためて聞くわ。私のこと好き、嫌い?」

 健一は答えられずに下を向いた。その時、

 

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「藤ケンは優しすぎるのよ!」

と森村は言うと、つないでいた健一の手を口に持っていき
健一の人差し指を強くかんだ。


 森村は、口を離すと走り去った。
健一は血がにじんでいる指を見つめながら、しばらく呆然となってそこに立ちすくんだ。
「優しすぎるのよ!」
森村の言葉がこだました。

 健一は我に返り、森村の後を追ったが森村の姿は見えなかった。
そうするうちに森村の家の前に来てしまった。
健一は心配でしばらく家の前に立っていた。
玄関のチャイムを押そうかとも思ったが出来なかった。
30分程待ったが森村は現れず仕方なく健一は家に帰った。

家に帰っても健一は心配だった。
そして同窓会に行った事を後悔した。

 そしてしばらくたったある日、森村が自殺した事を知った。

 健一は自分のせいだと自分を責めた。

 健一は橋の上に立っていた。
 健一は心の中でささやいた。

「さよなら命。くつのひもが結べない女の子。」

 夕陽が健一の背中を照らしていた。

富士 健
作家:富士 健
さよなら命ーくつのひもが結べないー
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