さよなら命ーくつのひもが結べないー

131

「ね、入ろう。」と森村は言って健一の手を強く引っ張った。
 健一は反射的に
「あかん。」と手を引き返した。

 また二人は黙って歩いた。
そして森村が言った。
「なんで藤ケンは私を送るの?」
「こんな酔ってたら心配でほって帰られへん。」
「好きでもないのにこんな事しなくていいのよ。」
「そういうわけにはいかない。」

「私は、あなたをこんなに好きなのに、あなたはどうして私から離れたの?」
「もう何も言わないでくれ。」

「私をどうするの? 捨てるの? あなたはまた恵子とつきあうの?」
「私の気持ちなんか分からずに、わかったような顔して!」

「悪かった。僕はそんな人間なんだ。」
「藤ケンがそんなつまらない人間なら、私は何を信じて生きていけばいいの。」
「悪かった。許してくれ。」
「いくら謝っても仕方ないの。
 ねえ、答えてよ。
 これから私は何を信じて生きていけばいいの!」
 
 健一は何も言えずに、ただ森村を離さないようにきつくきつく手を握っていた。

「あらためて聞くわ。私のこと好き、嫌い?」

 健一は答えられずに下を向いた。その時、

 

132

「藤ケンは優しすぎるのよ!」

と森村は言うと、つないでいた健一の手を口に持っていき
健一の人差し指を強くかんだ。


 森村は、口を離すと走り去った。
健一は血がにじんでいる指を見つめながら、しばらく呆然となってそこに立ちすくんだ。
「優しすぎるのよ!」
森村の言葉がこだました。

 健一は我に返り、森村の後を追ったが森村の姿は見えなかった。
そうするうちに森村の家の前に来てしまった。
健一は心配でしばらく家の前に立っていた。
玄関のチャイムを押そうかとも思ったが出来なかった。
30分程待ったが森村は現れず仕方なく健一は家に帰った。

家に帰っても健一は心配だった。
そして同窓会に行った事を後悔した。

 そしてしばらくたったある日、森村が自殺した事を知った。

 健一は自分のせいだと自分を責めた。

 健一は橋の上に立っていた。
 健一は心の中でささやいた。

「さよなら命。くつのひもが結べない女の子。」

 夕陽が健一の背中を照らしていた。

133

 さよなら命-くつのひもが結べない-「新訂版」

      初版発行    2000(平成12年) 12月30日
      改訂版発行  2005(平成17年) 10月10日
      新訂版発行 2011(平成23年)  11月24日
     
      著者 富士 健(ふじたけし)
     
      e-mail fujiken200605@ares.eonet.ne.jp 

  発売元 forkN

富士 健
作家:富士 健
さよなら命ーくつのひもが結べないー
10
  • 0円
  • ダウンロード

131 / 133

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント