さよなら命ーくつのひもが結べないー

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 健一はだんだんと森村とつき合っていてしんどくなってきた。
最初は受験で苦しむ二人ということで心をいやしてくれる対象だったが、
森村の性格が分かってくるにつれてつき合うことが負担になってきた。
健一は森村に電話しなくなった。
森村も健一の素っ気ない態度に気づいたのか電話をしなくなった。

そしてしばらくして一通の手紙が届いた。

「今日は雨です。
 いやな雨です。
  あなたが雨はきらいだと言っていたことを思い出します。
  私は、その時はそうなのかな?としか思いませんでしたが、
 今の私にはあなたの言っていた意味がわかるような気がします。
 真っ黒な空から落ちてくる冷たい雨が私の心にしみるようです。

 あなたは、離れたくないほど人を愛したことがありますか。
 私にはそういう人がいるのです。
 でも、その人は私から遠ざかろうとしています。
 私はどうしたらいいのでしょう。
 あほな私には分かりません。
  藤ケン、どうしたらいいのですか? 教えて下さい。

 私は泣いています。
 後から後から涙が出てきます。
 この冷たい雨は私の流した涙なのでしょうか・・・」

健一の目に涙が浮かんだ。
しかし、「僕には何もできないよ。」と言える勇気がなかった。
健一は、返事を書かなかった。

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そしてしばらくたったある日突然森村から電話があった。
「バイバイ、藤ケン。」
  それだけ言って電話を切った。

 森村は区切りをつけたかったのだろうと健一は思った。

 健一はその日の日記にこう書いた。

「彼女とつき合って僕の心の内は和やかになった。
 心の痛手を素直に打ち明けたのは彼女が初めてだった。
 ありがとうM
 別れる相手にこういう言葉は禁物なのでここで言わせてもらう。」

 

 

                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 

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 20、さよなら命

 その年の秋、恵子から突然電話があった。

「藤ケン、元気?」
「ああ元気や。」
「今度、高3の同窓会をする事になったの。藤ケン来る?」
「そうやな、考えとく。」

 健一は同窓会に行くかどうか迷った。
恵子には会いたい気持ちがあるが、森村も来たらどうしよう。
森村に会ったらどんな顔をしたらいいのか分からなかった。
健一は最後の最後まで迷ったあげく行くことにした。

 同窓会はみんなで二十人程集まった。担任の谷山先生は来ていなかった。
久しぶりに健一は恵子と会い二人は微笑みあった。
森村も来ていた。
健一は視線をそらした。

 健一は恵子と二人で話す機会を得た。

「なつかしいな。二人がつき合ってた頃が。」と健一が言った。
「そうやね、あんなにうまくいってたのに。」
「二人がキスしたこと誰かに言った?」
「ううん、誰にも言ってない。」
「僕もや。」
「藤ケン、森村さんとつき合ってたんやて。」
「うん。」
「みんな知ってるよ、森村さんふられたって。」

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 健一は言葉が出なかった。
 そこへ女子が駆け寄ってきた。

「藤ケン、ちょっと来て。森村さんたいへんなの。」


 健一は地下のバーへ行った。
そこで森村は見知らぬ男と半分寝ころびながらディープキスをしていた。
森村もその男も酒に酔いぐでんぐでんの状態だとすぐ分かった。
健一はどうしたらいいのか少し迷ったが、その男に声をかけた。

「ちょっと、僕この女の子の知り合いなんだけどやめないか。」

 男は返答できる状態ではなかった。

 健一は「森村やめないか。」と声をかけたが、
「ほっといてよ。」と森村は言った。

 健一は力ずくで二人を離した。

「帰ろう。」健一は森村の手をとった。
森村は健一にすがりついてきた。
健一は森村の手をしっかり握り、森村の家へと歩いていった。
何度か森村を送っていった事があるので、道は知っていた。

 しばらく歩いているとラブホテル街の中に入った。
森村の家に行く途中にそんな場所があるのだ。
一つのホテルの入り口を通る時だった。

富士 健
作家:富士 健
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