さよなら命ーくつのひもが結べないー

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健一は自分にはこういう生活があっているのかもしれないと思った。
そして静かな空気のおいしい山奥で一人、何か本を読むか、小説を書いたりする生活が
できればなあと健一は思うのであった。
そしてそんな事を考える自分はやはりこの世の中では生きていけない人間なのだろうかとも思うのであった。

 4月が終わる頃、突然健一に電話があった。
「もしもし、藤君。」
 その声はどこかで聞いた声だった。
「誰?」
「森村です。」
 健一はその声の主が意外であったので驚いた。
「君か。」
「驚いた。そりゃ驚くでしょうね。私から電話がかかってくる
 なんて思わないでしょうから。」
  その声はいつもの森村の口調ではなくかわいらしかった。


「藤ケン、今宅浪してるんですって。」
「そうや毎日、中之島の図書館へ行ってる。」
「そう私もだめだったの。」
「どこを受けたんや?」
「いいやんそんなの。」
「それでどこか予備校へ行ってるのか?」
「うん、昨日さっそくテストがあってん。ほんまに気が休まれへんわ。」
「たいへんやな。」
「うん。藤ケン、明日の日曜日一緒に映画行けへん?」
  健一は森村の言葉が信じられなかった。
 彼女が自分と映画に生きたいという気持ちが分からなかった。
 健一はためらった。

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「少し話をしたいの。お願い、一緒に行って。」
 その言葉は強く健一を求めていた。
 健一は女の子からこれほどはっきり言われたことがなかったので
 その言葉に自分がひかれていくのを感じていた。

「何を観るんや?」
「パピヨン。明日で終わるの。あれとてもいいってお姉ちゃんが言うから、
 ねえ行ってくれる?」
「うん。」

 健一に森村の顔が鮮やかに浮かんできた。
 その表情はいつもの高慢な感じの彼女ではなく、やさしく微笑んでいた。

「じゃ十時に大阪駅の中央出口。」
「わかった。」
 健一は受話器を降ろした。

 次の日、健一が大阪駅の中央出口に行くと森村は立っていた。
彼女は黄色いシャツにオーバーオールを着て赤い運動靴をはいていた。
健一は別人がそこに立っているのではないかと思うほどその服装はこれまでの
森村のイメージとはまるで違っていた。

「待ったか?」
「うん。」

 その口調があまりにもかわいいのに健一は驚いた。

 二人は映画館へ入った。
健一は何度も牢獄から脱走しようとする主人公パピヨンの生命力に感心した。
しかし、自分にはそんな生命力はないと思うのだった。

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映画館を出た二人は軽い食事をした後、喫茶店に入った。

「びっくりした?私が誘ったりして。」
「ほんとの事言ってびっくりしてる。」
「私がどんな気持ちで誘ったのかわかる?」

 健一は森村の言葉が意味ありげに聞こえた。

「私、藤ケンが好きやねん。」

 健一は言葉が出なかった。

「私がこんな事言っても信じてくれないかも知れへんね。」
 森村は続けた。
「私、高3の時あなたはみんなと違うと思ってた。
 あなたに見られると私の心が読まれそうで嫌だった。」

 健一は森村に「私を見ないで。」とみんなの前で大声で言われたことを思い出した。
そしてその口調があまりにも人目を気にしなさすぎた事に森村という人間がわからなかったのだった。
今の森村の言葉を聞いてそんな言動をとった理由が少し分かる気もしたが、自分を
好きだという彼女の言葉をすぐに信じろと言われても無理なことだった。

「あなたは私とよく似ているのよ。」
「どういう事やそれは?」

 森村は自分は中学時代ほとんど勉強せずに北天門高校に入り、
1,2年と上位にいたが、3年になってがたっと成績が落ちて
自信をなくし、少しでも数学の負担をなくそうと理系のクラス
であるのに文系に変えたと言った。

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「あなたも私と同じで受験で苦しんでいるんだと分かったの、違う?」
「そうやその通りや。」

 健一は森村が自分と同じだという意味が分かってきた。
二人とも大学受験という戦争の中でもがき苦しんでいるのだった。

「私、数学の授業嫌でしかたなかった。谷山先生の言うこときつかったもん。」
 と森村が言った。
「そうやな、僕もびくびくしてたんや。」
「やっぱり似た者同士やね。」
「そうやな。」

 二人は目を見合わせて微笑んだ。

 健一は初めて自分と同じように勉強で悩んでいる人間を見つけ、同じ仲間として
初めて森村に親近感がわいていった。

 

 

 

 

 

 


 

富士 健
作家:富士 健
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