俺は会社をリストラされたあと、会社が親切にも提供してくれた再就職支援会社にしばらく通った。退職後落ち着かない気持ちを静めるのにここは居心地が良かった。その居心地が良い場所で俺はひとりの個性的なFP(ファイナンシャルプランナー)に会うことができ、彼の講座を聞くことで次第に『俺はひょっとしてもう勤めなくてもいいのではないか』『勤めるよりも自由な生き方があるのではないか』に思考の舵が切られていくのを感じるに至った。
再就職支援会社では講座と求人検索が主な提供内容。その中に将来必要になるお金についてFPが語る言葉に俺は夢中になっていた。 彼はこんなことを言った。
「年金は繰り下げも繰り上げもできます。繰り下げするとその後毎年の受取額は増えます。一方繰り上げは60歳以降で可能になりますが毎年の年金受取額は減ります」ここまではあたりまえの解説。その次に彼は、
「私はまだ50歳だけど60になったら年金を繰り上げ受給して、そしてそのお金で遊びますよ!」
ここは再就職支援会社なのだが、彼は『そんなことより生活資金が既にあるならもっと自由に楽しむ道を探すべきなのではないか』と俺に別世界があることを諭してくれたのだ。
もしかして彼は大金持ちだからそうできるのか? いくら蓄えがあれば繰り上げた年金と貯蓄で「遊んで暮らす」ことができるのか? 私の興味は膨らむばかり。その講座が終わった後、彼にすり寄り「自分が今持つ資金と年金受取額と、それに毎年のざっくりな家計を説明するから先生がさっき言っていたような暮らしが可能かどうか相談させて欲しい!」と上目遣いに尋ねてみた。そしてオーケー。 翌週に彼の事務所に行った。
『先生の講座はよく聞いていましたよ』という証拠を見せた方が印象がいいだろうとライフプランニングシートに資金と予想家計費を書き込んだものも用意した。
そして俺の説明が始まる前にもかかわらず「これなら大丈夫だろうと思うよ」「このシートに書いてあるのが正解ならね」と 彼は言ってのけた。
その後は雑談に終始したけど何を話したかすっかり忘れ「大丈夫だろう」だけがやたらと頭にこびりついた。
ここで得た結論は、 もう俺のお金的には大丈夫領域にあるようだから収入目当ての考えは一番でなくてもいい。だとしたら、俺はもう収入を得るためにまた会社に勤めて働く必要はどこにあるのだろう。以前のようなマトモな額の収入は不要だとしたら、そんな不要を得るために楽しくもない働き方をして何になるのか?このような新たな考えが頭にこびりついて離れなくなってしまった。
その出来事があった翌月、俺の失業期間はついに終わりを迎えた。つまり再就職先探しはもうおしまいにして、その代わり『何してこれから暮らそうかな』を探す無職時代に突入した。
家族はもう俺が再就職しないことへの諦めを悟ったみたいだけど、俺の気持ちはそうじゃない『これから何か始めるぞ』そう心に決めた52歳の秋であった。