さやかとアンナ

瞳の甘い香りとブランデーで、拓也の心は芯までやわらかくなっていた。

突然、頭の中にDVDの瞳が現れた。

「DVDなんだが・・・」

口がひとりでに動いた。

「DVDがどうしたの?」

「いや何も」

「タクヤはDVD見たことあるの。まさかね」

「いやあ、ちょっと。学生のときに」

「うっそー・・・アーベル大生が。イヤー・・・タクヤったら、エッチなのね。

まさか瞳を見たなんていわないでしょうね」

「チョット似ていたものだから。いや、まあ」

「ヤー・・恥ずかしいわ、ハハハハ・・・・・モーイヤ」

太鼓でも叩くように、拓也の右肩を叩いた。

拓也の口からタイの刺身が飛び出した。


「いや、ちょっと、あの」

完全に酔った口は勝手なことを言っていた。

「だけど、ハハハハ、うれしいわ。あのころの瞳を見ていてくれて。

もう、おばんだもの」

と言ったとたん、気絶したように拓也の膝に顔を落とした。

「酔ったみたい。あ、ダメ、しっかりしなくっちゃ」

瞳は何かを思い出したように急に起き上がる。


「おいしそうな天ぷらが残っているけど、どう」

拓也はえびの天ぷらを指差す。

「いいわ、脂っこいのは苦手なの。お茶漬け、いただきましょ」

瞳はすばやくお茶づけの準備をする。


「タクヤ、酔っちゃダメよ!」

ルルルル・・・電話の音が拓也の酔いを醒ましてくれた。

「はい、お願いします」

拓也はロボ仲居からの確認の電話に応える。

「床の準備をしてくれるとさ」

拓也の言葉は瞳には聞こえていないみたい。

「お風呂に入りましょ。タクヤ、酔い、醒ましてね」

瞳は拓也を置いて風呂に向かう。


部屋に戻ると、二つの枕。

「瞳、冷えるんじゃないか」

声をかけたが、瞳はベランダで遠くを眺めている。

拓也も潮の香りを求めてベランダの椅子に腰掛ける。

「気持ちいいなあ・・」


「タクヤ、あの空見て!」

瞳は時間を越えた空を見つめている。

「きれいだね」

「茜色の空、ほら、中学生のころ二人で見た空!

あ、そうだ、家の近くの公園で、話したこと、覚えてる?」

「なんだっけ?」

「夢よ、二人の!タクヤはなんと言ったでしょ?」

「たぶん数学者になりたいと言ったんじゃないか」

「あら、タクヤったら、フィールズ賞を取りたいって言ったのよ」

「よく覚えてんな」


「瞳はなんと言ったでしょう?」

「自分のことも忘れているのに、瞳の夢を覚えているわけないよ」

「今考えると、恥ずかしいこと言ってたの。タクヤのお嫁さん!」

瞳は両手で顔を隠す。

「そうだったかな。僕はがきだったからな」

「今日、夢がかなうのね」

瞳はメルヘンモード。

「まあ・・・そうだな」

「本当に生まれてきてよかったわ」

瞳は万歳をしてジャンプ。

「冷えるぞ」

タクヤは瞳の両肩に手を当て、部屋に誘う。


「灯り、小さくして」

瞳は先に横になり、目を閉じた。

浴衣の中には、シルクのように滑らかな肌、

麻酔薬のようにすべてをえ忘れさせてくれる甘いバラの香り。

すでに時間は止まっていた。

そっと二つの白くて甘い桃を唇で味わうと、

バラの花と蜜で作られた真っ赤な唇に、今までの思いを重ねた。

拓也は目を閉じた瞳の優しい表情を見つめ、

ゆっくりと瞳の肌にとけていった。



「ただいま!」

瞳の明るい声!瞳との再会の映像は一瞬にして拓也の脳裏から消えた。

「勝ったみたいだね」

パチンコで勝ったときのいつもの笑顔。

「うれしいわ、タクヤが私のこと、すぐにわかってくれて」

瞳は買ってきた荷物をテーブルの上に勢いよく落とす。

「大丈夫かよ。割れるぜ」

「はは・・ん、タクヤったら、何買ってきたかわかったな。

パックに入っているから大丈夫。今夜はお蕎麦よ。

見て、タイの刺身、うずらの卵、天然の山芋、精が出るわよ!

シャワー、お先にどうぞ」

言い終わると、奥の部屋に駆け込んだ。


夕食ができるのを待っている間、タクヤは絵本を描いていたが、

テーブルの隅に置かれていた包みが気になっていた。

「夏は蕎麦に限るな。これは?」

テーブルの隅に置いてある包みを指差す。

「これ、まだ見ないで。それじゃ、いただきまーす。タクヤ、ビールは我慢してね」

「わかっているよ」

タクヤは包みが気になり口を動かしながら瞳の右隅に目をやる。


「何だよ、これ?」

「待って、後で見せてあがるから。山芋どう。タイおいしい」

「ああ、うまい」

包みが気になって、気が抜けた返事。

拓也は食べ終わると、ブランデーを飲みながら、

瞳の食べ終わるのを待った。


「元気でた!」

瞳は最後のビールを飲み干す。

「ああ」

拓也は書斎にロボ開発情報誌を取りに席を立つ。


「絵本、どう?うまくいってる?」

「もう、かなり出来上がったよ。瞳のおかげだよ」

「早くできあがるといいね。チョット見せて」

瞳は両腕でリズムをとりながら、書斎に跳ねてやってくる。

「あら、かわいい!かわいい!~女神からの不思議なプレゼント~

きっと、子どもたち喜ぶわ」

「思い切って、やってよかった。新しい目標ができたし、瞳のおかげだよ」


瞳はキッチンで洗い物を片付けると拓也を呼ぶ。

「開けて!」

包みを拓也に手渡す。

「何だよこれ、からかうなよ。バレリーナの愛、今月の新人、愛沢聖子」

DVDを手にした拓也はしばらく草原で宙を舞うバレリーナを眺める。


「もう、わかるでしょ」

「まさか?」

「その、まさか!念のためにDVD買ってきたの」

「そうか、この子が麗ちゃん。あのころはまだ子どもだったからな」

「タクヤ、いつまで見てんの。タクヤが言ったように、何も言わない」

瞳は拓也の手からすばやくDVDを取り上げる。



春日信彦
作家:春日信彦
さやかとアンナ
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