さやかとアンナ


ドクターは、薬を使わずに精神病を治療する方法を

大学のときから研究している。

うつ的で神経質なさやかと攻撃的で情緒不安定なアンナ。

約3年前から、二人はドクターが用意したマンション(病室)

で同居している。


部屋ではいつも「裸」。

これはドクターが考え出した、「治療方法」の一つ。

今の二人の症状からすると、ドクターの治療法方は

成功している。


アンナはさやかのことが気になり、早めに仕事を切り上げて

帰ってきた。


「ただいま。やっぱし、電気屋ね」

アンナはドアを閉めると、すぐに胸のボタンを外し始める。

「あら、アンナ、今日は早いじゃない」

チェスに夢中のさやかは、振り向かずに返事する。

「さやか、どうだった。先生!」

アンナは服を脱ぎながら、嬉しそうに言う。

「ドクターが、言ってた通りの人だったわ」

さやかは跳ねてキッチンにやってくる。


「ラッキーじゃない!」

裸のアンナはキッチンの席に着く。

「少し汗臭いわよ。シャワー浴びましょ」

さやかは鼻をつまむ。


小柄なさやかと大柄なアンナは、

シャワーと戯れるように無邪気にはしゃぐ。

シャワーの水は、さやかの透き通った肌をますます輝かせる。


「今日は最高の日だったわ!」

小さな椅子に腰掛けるさやか。

肌を守るように広がる白い泡。

「これからもお願いするの?」

勢いよく飛び出すシャワーの水。

光を放ちながら、さやかの透き通る肌の上をすべるように流れる。


「先生は間違いないわ」

目を閉じて快感に浸るさやか。

自分の演技を思い出し、白雪姫モードのさやか。

「よかったね、ドクターに感謝ね」

「ドクターも、先生も、王子様だわ」

さやかは、神に祈るように両手の指を組む。


キッチンに戻ったアンナは、ラグビーボールのようなスイカを、

冷蔵庫から取り出す。

まず、四分の一に切る、さらに、それを斜めに切る。

ほぼ同じ大きさの扇形のスイカを二つのさらに、二つずつ載せる。

サンバのリズムでお尻をふりふり、アンナはお皿を運ぶ。


「あいよ!やっぱし電気屋ね」

アンナは小麦色の乳房の谷間から噴出した汗を左手で軽く拭う。

「私たちエアコン無い方がいいかもね。

汗をしっかりかいたほうがいいから」

さやかはテーブルにある小さな扇風機のスイッチを入れる。

「夜中、起きちゃうんだよな。それより、先生のこともっと聞かせて」

アンナの大きな口の端からたれ落ちたスイカの汁は、

乳房の谷間の汗と合流しおへそで止まる。


「そうね、本当によかったのかしら」

さやかはスイカをじっと見つめる。

「なにが?」

アンナはスイカの種をプレートに吹き出す。

「先生のこと」

「心配ないよ」

アンナは大きな口で二つ目のスイカにかぶりつく。

「だけど、さやかのしていること、卑劣なこと。先生を不幸にすること」

「ドクターを信じるの!先生もきっとさやかの味方だよ。

ほら、二人とも2年間も薬飲んでないし!」

「寝ようか」

さやかは食べ残しのスイカを置いてベッドに向かう。



「さやかの愛って、嘘の愛よね」

「さやかは、さやかの愛しかたでいいのよ。

病気だと思うから自分を責めるってドクターがよく言うじゃない。

あたいだって、つい自分を病気って思っちゃうのよ。

それがダメなのよね。」

アンナは枕元で寝ていたプーさんを右手で掴むとさやかに渡す。


「男の人を身体で愛せないのよ。これからも、ずっと」

プーさんをしっかり抱きしめると、さやかの目じりから光が走る。

「アンナがいるじゃない。お互い、過去に生きるんじゃなく、

幸せを創るのよ。ドクターに言われたでしょ」

「アンナは男の人を愛せるじゃない。ごめん、こんなこと言って」

さやかはアンナにプーさんを手渡す。

「仕事、仕事。お金のためにやってるだけよ。前にも言ったじゃない。

男を愛すがらじゃないって」

アンナはプーさんを天井に向かって放り投げる。


「アンナのことよくわかってるのに愚痴なんか言って、

先生のことでどうかしてるんだわ。ごめんね!」

「さやかは考えすぎだよ!」

アンナはプーさんでさやかの頭をポンと叩くと、さやかに渡した。

「これからも一緒にいてくれるわよね、アンナ」

さやかはプーさんをしっかり抱きしめる」


「元気出せよ!さやかは傷ついた子どもたちの女神だろ。

しっかりしろよ!」

「そうね」さやかにほんの少し笑みが戻る。

「ところで、病院の方はどう?」

「どうして、かわいそうな子どもたちが多いのかしら。

まだ、5歳の女の子よ!親に虐待され続けて、

体じゅうにたくさんの傷があるの。大人を怖がっているのね、

誰とも話そうとしないわ」

さやかはプーさんをしっかり抱きしめ涙をこらえる。


「そんな親は殺してしまえばいいのよ」

アンナは拳で思いっきりベッドを殴る。

「本当ね、世界中で、たくさんの子どもたちが殺されているのよ。

こんなことがこれからも続くのね。

大人たちは、どうして弱い子どもたちを救ってあげようとしないのかしら?」

「しようがないよ、みんな、自分のことで精一杯なんだから。

さやか、私ね、孤児院を建てるつもりなの。

お金は足りないと思うけど、やれることをやって死にたいの」

初めて、アンナは、自分のやりたいことをさやかに伝えた。


「そうだったの。だから、がむしゃらに働くのね。

そういえば、アンナ。明日からロケに行くって言ってたわね」

「軽井沢に行くの。帰ってくるのは土曜日だな。だけど、もう年ね。

ロボの肌を見ると落ち込んじゃう。いつ、お払い箱になるか。

そう、新人のキューティーロボ1919が売れてんのよ。負けるものか!」

人間女優はロボ女優におされ気味。


「アンナって、本当にたくましいのね」

さやかはプーさんをアンナの胸にポンと投げる。

「まあね。ガッツりためなくっちゃ。弟のためにも!」

アンナはプーさんを赤ちゃんのように抱きかかえ、まぶたを閉じる。

「あ、いけない!ドクターにメールしなくっちゃ」

さやかはアンナを起こさないように、そっと隣の部屋に向かう。




安部精神病院では、凶暴な患者を除いた規律に従う患者は、

普段の生活ができるようになっている。

また、学校を併設しており、教室、図書館、映画館、体育館、

グランド、プール、コンピュータールーム、ロボット開発ルームなど、

子どもたちに必要な設備はすべてそろっている。


ドクターはさやかの力が必要だと考えたとき、カウンセリングをさやかに

依頼する。たとえば、親の虐待を受けた児童たち、

殺人事件を起こした子どもたち、あるいは、

自殺しそうなうつ病の老人たちのカウンセリング。

さやかは病院においては一看護師だが、子どもたちにとっては

「女神様」。



3日前、11歳の男の子が父親殺害で当病院に収容された。

今日、さやかはこの子に第一回目のカウンセリングを行う。

名前は、飛来 清(ひらい きよし)11歳。

一ヶ月前、バットで父親の後頭部を一撃し、殺害。

動機は、母親を父親の暴力から守るため。


家族構成は36歳の母と8歳の妹。

趣味はサッカー。

将来の夢は、プロになってワールドカップに出場すること。


さやかはカルテを思い出しながら、ホワイトのブラウスに、

少女が着るようなピンクのフレアスカートで少年の部屋に入った。

ブルーのトレーニングウエアを着た清は、勉強机から眼下に見える

サッカーグラウンドをぼんやり眺めている。


「清君!」

「はい。今日は、おじちゃんじゃないね」

清は少し警戒しているような表情で返事する。

「これからは、お姉ちゃんが担当よ。よろしくね」

「やったー!うれしいな!」

清はカウンセリング用に置いてある丸いグリーンのテーブルに

飛んでやってくる。


「すごく元気みたいね」

さやかはテーブルに着くと、笑顔で清に声をかける。

「うん。だけど、友達と遊べないから、つまんないよ」

「そうね、しばらくは寂しいね。昨日はお母さんと妹さんが来られたみたいね」

「うん、早くここから出たいよ」

「気持ちはわかるけど、反省もしないとね」

「なんの?」

「お父さん殺しちゃったこと」

「殺したんじゃないよ。悪魔を退治したんだ、お母さんのために」


「だけど、命を奪うことは罪になるのよ」

「そんなことないよ。あの鬼は、狂った殺人者なんだ。

生かしておいたら、お母さんは殺されていたんだ。

僕はまったく悪くない!」

少し怒った顔でさやかをにらみつける。


「清君の言っていることは、よくわかるわ。

だけど、これからは大きな悲しみと苦しみを、

一生、背負って生きていくことになるの。わかる?」

「どうして、正義の僕が苦しむの?お姉ちゃんもおじちゃんと同じだね」

窓のほうに目をそらし、席を離れようとする。



「待って。そうね、清君の言っていることは正しいの。

だけど、お父さんが死んでうれしい?」

「うれしいとか、そんなことはないけど。

死にそうな呼吸困難にならなくてもすむし、

夜、夜叉のような悪魔にうなされなくてもすむよ」

清はテーブルの下に合ったサッカーボールを、

左足で遊びながらつぶやく。


「そうか、鬼はいなくなったからね。お母さん殺されなくてすんだもんね」

さやかは笑顔で清の目を見つめる。

「そうだよ、本当によかった。本当はあいつも殺すつもりだったんだ」

「あいつって?」

僕をいじめる中学生さ。子分をつれて、金をよこせとか、いやだと言うと、

よってたかって殴るんだ。いつか殺してやる」

清は誰かを殴るような真似をすると、窓のある壁にボールをける。


「ずっといやな目にあっていたのね」

「こんな悪いやつを殺すことは、いいことだろ!」

清は目を吊り上げる。

「いい事かどうか、お姉ちゃんにはわからないわ。

確かに悪いやつはいるよね。

お姉ちゃんにも殺したいって思っているやつがいるの。

ずっと以前から」

さやかは大きく目を開き拳を作る。


「だったら、殺しなよ!」

「そう思うけど、殺せないの。なぜかしら」

「気が弱いんだね、思い切ってバットで殴ればいいんだよ」

清は少し強めに左足で壁にめがけてボールを蹴る。

「思いきって、やっちゃおうかしら」

さやかは拳をつくると大きく腕を振り、

誰かを殴る動作をする。

「やっちゃえ!やっちゃえ!」

清は跳ね返ってきたボールを拾うと、

両手で頭の上にボールを乗せる。



春日信彦
作家:春日信彦
さやかとアンナ
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