死神サークルⅢ

 北里医師は、なにか考えているような表情でしばらく黙っていたが、低い声で返事した。「電話でも申しましたように、彼は、何かに怯えて、発狂しています。被害妄想を伴った統合失調症と言えます。今のところ、凶暴性は見られませんが、突然、暴力行為を起こさないとも限りません。それでも、面会なされたいのですか?」伊達は、覚悟を決めていた。「承知しております。何らの事故が起きても、一切の責任は自分にあります。先生には、決して、ご迷惑をおかけすることはございません。どうか、お願いいたします」医師は、うなずいた。「警察の方の依頼ということで、特別に、許可いたしましょう。何か、危険を感じたならば、即座に逃げてください。それと、こちらの緊急通報機をお持ちください。この赤いボタンを押せば、廊下に待機している看護士が、即座に、救出に伺います」

 

 医師は、男性看護師を呼び出し、安倍警部補の病室に案内させた。看護師は、病室に入ると患者に面会のことを伝えて出てきた。「今のところ、問題はなさそうです。くれぐれも、言葉遣いには、ご注意ください。では、どうぞ」看護師は、ドアを開き伊達を招き入れた。看護師は、廊下に出ると入り口横の椅子に腰掛け待機した。伊達は、安倍警部補が突然襲いかかて来るのではないかと内心おびえていた。病室には、腰掛ける椅子もなく、ベッド以外何も置かれていなかった。伊達の目の前には、目を閉じて静かに寝ている安倍警部補の顔があった。安倍警部補は、目を開くと小さな声で伊達に声をかけた。「何か?」伊達は、優しい声で質問した。「ちょっとだけ、聞いてもいいか?

 

 安倍警部補は、小さくうなずいた。「あ~~、今も、殺人電磁波で、俺の脳細胞は、破壊され続けている。そして、いずれ、きっと、宇宙人が、とどめを刺しにやってくる。だれも、俺を助けてくれない。俺を助けに来てくれたのか?

訳の分からない返事に困惑したが、質問を始めた。「今月に入って、佐藤警部が、失踪した。何か心当たりはないか?」安倍警部補は、目を閉じて返事した。「佐藤警部、聞いたことがあるな~。前世の話か?前世は、俺も警察官だったのかも。でも、前世のことは、何もわからん」伊達は、質問を続けた。「そうか。安倍警部補は、なぜ、宇宙人に狙われているんだ?心当たりはないのか?」安倍警部補は、震えだした。「なぜだ?俺は、何も悪くない。宇宙人は、悪魔だ。俺は、何も悪くない。あんたまで、俺を、悪者扱いするのか?

 

 

 あまりにも意味不明の返事を聞いて、本当に発狂しているように思えたが、敢えて発狂しているふりをしているとも考えられた。万が一、不法行為をしていたとしても、安易に、そのことを口にするとは考えられない。どういう質問をすべきか悩んだが、元部下である出口巡査長のことを聞いてみることにした。反応から精神異常の程度がわかるような気がした。「自殺した元部下だった出口巡査長のことを憶えているか?イジメがあったんじゃないかと妹が言いていた。そういうことはなかっただろうか?」安倍警部補は、全く、表情を変えなかった。「出口巡査長、聞いたことがない。俺の元部下。これ以上、前世のことを聞いても無駄だ」

 

 これといった情報が得られず時間が過ぎ去ることに焦りを感じた。やはり、本当に頭が変になったのか?敢えて、質問をはぐらかしているのか?これ以上の質問は、無駄だのように思えたが、例の別荘についての作り話をすることにした。「対馬では、ちょっと有名なIT社長の別荘が、火事になったらしい。放火じゃないかという噂だ。今、警察が調べている。俺も、今から、現場に行く予定だ」安倍警部補の表情に変化が見られた。ということは、例の別荘のことを知っているということだ。やはり、発狂は、身を守るためのカモフラージュに違いない。もう少し話を続けることにした。「現場からの報告によると二人の遺体が発見されたそうだ。一人は女性で、もう一人は、男性とのことだ。まだ、詳しいことはわかっていない。佐藤警部でないことを祈っている」

 

 安倍警部補が、体を震わせ、大きく目を開いた。伊達は、即座に質問した。「何か、気に障ることを言ったかな?ちょっと、独り言を言っただけなんだが。あの豪華な別荘を思い出したのか?」安倍警部補が伊達に顔を向けると睨みつけたが、急に、呆然とした表情で話し始めた。「前世の俺は、火事で死んだのかも知れない。頭の中で大きな炎が燃え上がっている。また、宇宙人に、焼き殺されるのか?だれか、助けてくれ。死にたくない。おい、俺を助けに来たんだろ。宇宙人から、俺を守ってくれるんだな。まさか、お前が、宇宙人か?」突然、安倍警部補が、上体を起こした。伊達は、殴られるのではないかと身を引いた。「わかった。落ち着け。俺は、宇宙人じゃない。お前の味方だ。きっと、守ってやる。落ち着け」安倍警部補は、小さくうなずき、上体を倒した。

 

 例の別荘に反応したことから、過去の記憶があることは確かだった。認知症になってはいない。確かに何かにおびえているが、マフィアによる暗殺に対してなのか?宇宙人に殺されるといっていたが、これは、殺人予告があったことを意味しているのではないか?宇宙人についてもう少し話してみることにした。「宇宙人に殺されると言っているが、宇宙人から、殺人予告があったのか?」安倍警部補は、無言で目を閉じたままだった。眠ってしまったのかと思い顔を覗き込んだ時、突然、目を開いた。「あ、また、宇宙からの殺人予告が着た。毎日、殺人予告の電磁波が脳に突き刺さってくる。頭が、割れそうだ。いったい、俺が、何をしたっていうんだ。いったい、俺が、どんな悪いことをしたって言うんだ」

 

 伊達は、菅原洋次について聞いてみることにした。「宇宙人の名前は、スガワラというんじゃないか?」安倍警部補は、口をとがらせて返事した。「宇宙人は、化け物だ。名前なんかあるものか。ヤツは、殺人電磁波を俺に浴びせかけ、俺が、もがき苦しんでいるのを見て、楽しんでいるんだ。あ~~、頭が割れそうだ。睡眠薬を飲ませてくれ。気が変になってきた。お前、薬、持っていないのか?よこせ、早く」伊達は、身の危険を感じ、立ち去ることにした。「おい、落ち着け、今、薬をもってきてやる。しばらく待ってろ」伊達は、素早くドアを開け飛び出した。伊達は、入口の横にいた看護師に状況を話した。看護師は、患者の部屋に飛び込んで行った。

 

 安倍警部補からは、これといった情報は入手できなかった。宇宙人というのが、マフィアなのか、菅原洋次なのか、それとも恨みを買っている何者なのか、はっきりしない。言えることは、何者かを恐れているということだ。おそらく、同じように佐藤警部も恐れていたに違いない。彼は、宇宙人と言っていた謎の人物に、拉致されているのか、それとも、すでに殺されているのか。伊達は、北里医師にお礼を言って帰ることにした。伊達は、北里医師の部屋を軽くノックした。中から、返事があった。「どうぞ」伊達は、そっとドアを開け、中に入ると深々とお辞儀をした。即座に、北里医師の安堵の言葉が返ってきた。「何事もなく、よかった」伊達は、直立不動でお礼を述べた。「ありがとうございました。彼の病状がよくなり、退院したならば、もう一度、話をしてみます。誠に、ご迷惑をおかけしました。先生のご厚情に、警察を代表して御礼申し上げます」医師室を出た伊達は、病院前でタクシーを拾うと長崎空港に向かった。

 

            20年前の事件

 

 伊達は、対馬やまねこ空港に定刻の午後335分に到着した。大野巡査が午後4時に迎えに来ることになっていたため、2階売店奥にある軽食コーナーで待つことにした。青ざめた顔の伊達は、ホットコーヒーを購入し、ドスンと椅子に腰掛けると生きて対馬に到着したことを神に感謝した。実は、伊達は飛行機とトンネル恐怖症だった。プロペラ機に乗った時は、気絶しそうなほどおびえてしまった。絶対、墜落しないと何度も心に言い聞かせても、こんな小さなプロペラで空を飛んでることが、奇跡に思えて不安でならなかった。このことは、ナオ子にも打ち明けていなかった。口を滑らしでもしたら、気の強いナオ子に、一生、臆病者とバカにされそうだった。

 

 伊達は、一息つくとこれからの捜査について考えた。菅原洋次は、対馬出身でクリスチャンであること。また、プロ野球選手を夢見ていたこと。これらのことを手掛かりに、菅原洋次について、調査することにした。さらに、佐藤警部、安倍警部補、出口巡査長と菅原洋次は、どのような関係にあったのかを確認したかった。特に、出口巡査長と菅原洋次は、ともにクリスチャンであることが気にかかっていた。もし、クリスチャンの正義が、出口巡査長を自殺に追いやったと考えたならば、菅原洋次の正義が何を決断させるのか、不気味でならなかった。二人に共通することは、クリスチャン以外に野球が共通している。もしかすると、野球部の先輩後輩の関係にあったということが考えられる。

 

 伊達は、出口巡査長の出身高校が上対馬高校であったことから、菅原洋次も上対馬高校ではないかと推測した。そこで、大野巡査に菅原洋次の出身高校を調べるように依頼していた。もし、ともに、クリスチャンであり、出身校の先輩後輩の関係にあれば、出口巡査長を自殺へ追いやったものへの仇討の可能性は出てくる。そう考えれば、佐藤警部と安倍警部補への仇討ということも考えられなくもない。しかし、菅原洋次が、たとえ、正義感の強いクリスチャンであったとしても、仇討を決行してほしくなかった。出口巡査長の死、佐藤警部の失踪、安倍警部補の発狂、菅原洋次の失踪、これら一連は、麻薬密輸でつながっているような気がしてならなかった。

 

春日信彦
作家:春日信彦
死神サークルⅢ
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