死神サークルⅠ

 真由美は、お茶を運んでくると二人の前に腰掛けた。「どうぞ、菅原洋次さんについて、お尋ねですね。確かに、関東方面の仕事の時は、よく、私の家にお泊りになられてました。でも、仕事のことで、お話したことはございません。菅原さんも、主人と一緒に退職されたと聞いていますが、主人は、退職して、すぐに入院しました。悪く言うわけじゃありませんが、長年一緒に仕事した同僚が、ガンで入院したんですよ。一度くらい、お見舞いに来てもよさそうに思ったんですが、一度もお見えになられませんでした。お見舞いの電話一本も、ございませんでした。わざわざ、福岡から足を運んでいただいて、恐縮なんですが、今申し上げたこと以上は、何も存じ上げません」

 

 伊達は、菅原洋次の失踪について話すことにした。「実を言いますと、菅原洋次さんは、退職日の翌日、旅に出る、と言って出かけられました。奥さんには、時期に帰るから、と言われたそうですが、もう、3か月が過ぎました。奥さんは、何か、事件に巻き込まれたのではないかと心配なされて、博多署に捜索を依頼されたのです。今のところ、事件性がないもので、彼の人間関係をたどって、情報を集めている次第です。単なる一時的な家出と考えられなくもないのですが、事件に巻き込まれた可能性もあるわけです。亡くなられたご主人のことを思いださせるようで、心苦しいのですが、何か、ご主人から、菅原洋次さんについて、聞かれたことはございませんか?どんな、些細なことでも構いません」

 

 市毛真由美は、首をかしげ、考えているようなそぶりを見せた。「そういわれましても、菅原さんのプライベートについては、全く存じません。知ってることといえば、主人はバクチ好きで、菅原さんも主人と一緒に、パチンコ、競艇、競馬をやられていたみたいです。知っていることといえば、そのぐらいですかね~。すでにご存じだとは思いますが、主人も菅原さんも、若いころは、チンピラヤクザだったみたいなんです。酔った勢いで、ヤクザ時代の話を楽しそうに話していました。結婚前にそのことを知っていれば、再婚しなかったんですけど。後の祭りでした」ヤクザと聞いた伊達は、今回の失踪に事件性を感じた。「え、ご主人も、菅原洋次さんも、元ヤクザですか。それじゃ、最近まで、ヤクザと付き合っていたんでしょうか?

 

 真由美は、小さく顔を振った。「そこまでは、わかりません。主人は、お酒が入ると、饒舌になるんですが、普段は、全く話さないんです。お酒が入ると、バクチで負けた愚痴とか、女の話で騒いでいましたが、菅原さんは、主人と違って、おとなしい方で、年下ということもあったのか、主人の機嫌を取っていたようでした。それと、ダサい主人と違って、背も高く、イケメンだし、知性的な顔立ちでした。たまに、粋な格好で遊ばれてました。ラルフローレンのジャケット、ローレックスの腕時計、フェラガモの靴。そう、菅原さんって、博多でしょ。なのに、博多弁をしゃべらないんです。一度、博多弁を聞きたくて、博多弁をしゃべってくださいよ、ってからかったことがあるんです。どうも、福岡出身じゃないみたいですね」

 

 伊達は、心でつぶやいた。元ヤクザだった。福岡出身ではない。知性的。少しづつ、菅原洋次の人間像が具体化してきた。市毛武史の人間関係はどうか?「亡くなられたご主人のことをお聞きするのは、恐縮なんですが、ご入院中に、どのような方が、お見舞いにいらしたか、お聞かせ願いますか?」真由美は、即座に答えた。「お見舞いにですか。いらした方は、三ツ星運輸の総務課長をなされている鈴木さんだけです。主人から、入院していることを誰にも言わないように、って口止めされました」伊達は、腕を組んでうなずいた。「総務課長の鈴木さんですか。菅原さん宅にも、鈴木課長が来られたそうです。旅先に心当たりはないか、思いつくところを言ってください、としつこく聞かれたそうです」

 

 目を丸くした真由美は、病院での出来事を話すことにした。「主人は、入院直後から、面会謝絶になり、手術が行われました。手術後、しばらくして、鈴木課長さんは、ぜひ、話をさせてほしい、と主治医に訴えていたみたいでしたが、絶対安静と言われ、面会を謝絶されました。当然、私も面会謝絶になりました」首をかしげた沢富は、尋ねた。「ガンでの入院ですよね。面会謝絶というのは、ふにおちませんね~。手術をして、1か月もすれば、面会できるはずですが。かなり、重篤の状態だったんですか?」真由美も、ちょっと首を傾げて、返事した。「私も心配になって、主治医に病状をお聞きしたんです。発見が遅れたために、リンパ腺、膵臓、肝臓、に転移しているといわれました。それで、ガン保険に加入してるので、やれるだけの治療をお願いしますと訴えました。主治医は先進医療治療をやってみます、とおっしゃられたんですが、そのかいもなく、亡くなりました」

 

 

 

 伊達は、鈴木課長の動向から、自分の考えを話した。「そうですか。鈴木課長は、お見舞いというより、ご主人と何か話したかったということです。いや、何かを聞き出したかったんじゃないかと推測されます。だから、しきりに、面会を訴えたんです。鈴木課長は、ご主人と菅原さんだけが共有する秘密を聞き出したかったんだと推測されます。ご主人がお亡くなりになった今、鈴木課長は、菅原洋次さんを、必死になって探しているに違いありません。おそらく、菅原洋次さんは、追ってから身を守るために、行方をくらましたのでしょう」

 

 真由美は、顔をしかめて尋ねた。「主人は、会社にご迷惑でもおかけしたのでしょうか?」伊達は、静かに返事した。「その点は、わかりません。でも、鈴木課長の様子から、会社と何らかのかかわりのある事件に巻き込まれていることは確かです」真由美は、一瞬、不愉快な表情を見せたが、笑顔を作り、事件性を否定するかのような旅の話題を持ち出した。「そう、菅原さん、写真が趣味だったんじゃないかしら。それと、お城巡りが、お好きだったみたいですよ。そう、そう、会津若松城、松本城、駿府城、姫路城、熊本城、などの写真を見せていただいたことがあります。きっと、もうしばらくしたら、元気で戻られるんじゃないですか」

 

 沢富に目配せした伊達は、頭を下げると立ち上がった。「はるばる福岡からやってきたかいがありました。とても参考になりました。三ツ星運輸の鈴木課長にも、お話を聞く予定です。菅原さんの失踪には、深い事情があるように感じられます。もしかしたら、何らかの連絡が市毛様にあるかもしれません。その時は、ぜひ、勇気をもって、私たちに連絡いただけませんか。菅原洋次さんの身の上に危険が迫っているのであれば、一刻も早く、保護しなければなりません。ぜひ、ご協力をお願いいたします」真由美は、金輪際、警察とはかかわりたくないと思ったが、小さくうなずいた。

 

 

 市毛真由美は、何もヘマなことは言ってないと思ったが、二人の刑事が去った後、刑事の訪問について、樋口に報告することにした。スマホで樋口を呼び出すと2回の呼び出しで応答がった。「はい。樋口です」真由美は、手短に報告した。「ちょっと、今、よろしいですか?」樋口の「はい」と言う返事の後、真由美は話を続けた。「今日、二人の刑事が、福岡からやってきました。主人のかつての同僚について、いろいろと聞かれました。主人に関しては、打ち合わせの通りのことを話しておきました。別に問題はないと思いましたが、ご報告をと」

 

 樋口は、冷静なトーンで返事をした。「そうですか。ご主人に関しては、ガンでの死亡が確定していますので、まったく問題ありません。ところで、同僚の方が、どうかなされたのですか?」真由美は、即座に返事した。「同僚の方が、旅に出られて、3か月が経つそうなんですが、何の連絡もないそうなんです。行き先に、心当たりはないか?と聞かれましたが、何も存じ上げません、とお答えいたしました」樋口は、小さくうなずいた。「そうですか。別に気にすることは、ありません。また、何か気になることがございましたら、ご連絡ください。神のご守護を信じましょう。日々、お祈りをささげてください」

 

 電話を静かに切り終えた時、樋口の脳裏にドクターXの顔が浮かんだ。念のために、刑事の件を伝えることにした。3回の呼び出しで、ドクターXのダミ声が響いてきた。「何だ、今頃。電話は、まずいと言ったはずだぞ」樋口は、手短に伝えた。「今、電話があって、市毛宅に警察が来たそうです。市毛武史に関することではなく、彼の同僚について、尋ねられたそうです。もしかしたら、先生のところにも、行くのではないかと」ドクターXは、即座に返事した。「そんなことか。わかった。切るぞ」樋口は、市毛武史はすでに病死しているから、全く問題ないと確信していたが、福岡からやってきたという刑事のことが気にかかった。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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