僕がいなくてさびしくないの

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【SCENE TWO】( 1 / 3 )

【SCENE TWO】

大河原静は、劇団や歌手の衣装を手がけるカンパニーの売れっ子デザイナーで、年齢はきあらは知らない。35歳の吉開社長より若くはなさそうである。吉開から、彼が新たな衣装デザイナーであると紹介されたとき、この人がデザイナー!?と、きあらは目を剥いたものだ。

ありふれた、スタンダードな普通のシャツに、ネイビーブルーのジャケットを着て、コットンパンツを履いたその男性には、横文字商売の人間の持つカラフルな空気感と言うのが、まるで感じられなかったからだ。どう見ても、研究系の会社員か、大学の講師に見えた。話しだすと、その印象はますます強まった。

「(小さい声で恥ずかしそうに)はじめまして…大河原静と申します…わたくしもロックは好きでして、ええ…やはりあれですね…クリムゾン・キングですね。そしてピンク・フロイドですよ…でも、そうですね…あのぉ、わたくしオペラが最も好きでして(なぜか手で口を押さえる)。やはり『仮面舞踏会』ですね、ヴェルディの。おほほほ。あれはいつ見ても楽しゅうございます」

「あ、オペラはあたしも好きですよ」

「あなた様のアルバムを聴かせていただき、多分そうではないか、と思っておりました」おお、ちゃんと聴いてくれたのか、とそれは嬉しく思った。

 

かなり背が高く細身で猫背で、クセのある頭髪は短くしてあり、シャツにもズボンにも、きちんとプレスがかかっているところをみると、彼なりにお洒落なのだろうと頷ける点もある。ただ、世の中の思う「デザイナー」的な洒落っ気がないだけで。

今年の春に発表したセカンドミニアルバム「Open your eyes」より、きあらのステージ衣装は全て彼のデザインである。ファーストアルバムの頃の衣装は、いかにもロック歌手といった、黒のレザージャケットだったが、大河原は全く別路線を打ち出した。

【SCENE TWO】( 2 / 3 )

黒のタキシードスタイル、フリルで盛大に飾られた純白のシャツ、そして髪はルーズなアップにしてふんわりと巻き毛を垂らす。このステージ衣装は実のところ暑くて苦しかったが、オーディエンスからは大好評だった。ホームページでもMyspace でも絶賛の書き込みが続き、写真で見ても、なまめかしさと、清潔さとが香り立つような「男装の麗人」ぶりで、きあらは大河原の才能に舌を巻いたのだった。

 

この時期から20代女性に「宇佐美きあら」人気が高くなりGree で「きあらコミュ」ができるまでになった。そして、「Stranger in town」スタイルは、ドレープをふんだんに使った白のドレスに、まっすぐな髪をおろすだけという、シンプルを極めた姿だが、アクセサリーをふんだんにつけたために、「ローマの休日」のヘップバーンめいた王女様の表情を醸し出している。

 

大河原は、きあらに対して「この新作は、ロックというよりは、ブルースだけれど、21世紀風に研ぎすまされたブルースだと思いました」と語っていた。

「きあら様は、永遠の少女でもあるけれど、男を惑わす妖婦でもある。その境界を行き来する魅惑を引き出すには、あんまり肌の露出とかは、合いませんね…ま、きあら様の場合、お顔がお美しいから何でも似合って、わたくし創作意欲がわいちゃって、ほほほほ」

 

その言葉を聴くまでは、きあらは、大河原のことをただ優秀なデザイナーとだけ思っていたのだが、この「永遠の少女でもあるけれど男を惑わす妖婦でもある」発言に、ぴかり、と何かがひらめいた。その何か、とは「ああ、この人ってば、Queen のFreddie Mercury と同類だ」という思い。

そこで、わざとずけずけと言った。「ねえ、大河原さんってさぁ…もしかしたら…ゲイ? 」

きあらが顔を覗き込むと大河原の瞳に、一瞬ちらりと動揺が走り、軽く首を振りながら、ええ、お察しの通りです、と明瞭に言って、薄く笑った。「もともと、隠してませんしね…でも、気がついてくれる人の方が少ないのです」

「え? それって、女の人に言いよられるってこと? 」

「ち、違いますよ」好きな人に気がついてもらえない、ということです、と、長身を心持ち小さくして語る姿に、きあらは、なぜか胸がわくわくとしたのを覚えている。
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深良マユミ
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