神様、お願い

 

 亜紀は、戦争がなくならないことを悟り、がっかりした。「つまり、国家がある限り、永遠に戦争はなくならない、ということね。ということは、また、戦争が起きるってことよね」さやかの顔が暗くなった。小さくうなずき、話し始めた。「おそらく、近い将来、アジアで、日本も参戦する戦争が起きるんじゃないかしら。困ったものね」即座に、亜紀が尋ねた。「え、いったい、どこと戦争するの?アメリカ?」さやかは、緊張した表情で返事した。「アメリカとは戦わないわ。アメリカの子分だもの。万が一、戦争が起きるとすれば、アメリカと中国ね。中国は、グローバル経済を利用して、アメリカを経済破綻に追いやったの。さらに、米軍の弱体化に乗じて、東南アジア諸国に圧力をかけてるの。だから、アメリカは、反撃に出るはず。一触即発って感じ」

 

 亜紀が、日本の立場を話し始めた。「つまり、アメリカと中国が戦争すれば、日本は、アメリカと一緒に中国相手に戦争することになるのね。中国と日本は近いじゃない。中国が日本に核ミサイルをぶち込むってこともあるよね。しかも、原発にぶち込まれたら、日本は放射能だらけで、住めなくなる。どうすればいいの?いったい、どこに逃げればいいの?」さやかの顔から血の気が引いた。「万が一、核ミサイルが原発に命中すれば、日本は終わり。人が住める島じゃなくなる。オーストラリアにでも逃げることができればいいけど、みんなが、逃げられるとは限らない。多くの人が、死ぬ。覚悟する以外ないわね」アンナの「ギャ~~~」という悲鳴が部屋中に響き渡った。「戦争なんて、イヤよ。死にたくない。原爆なんて、まっぴらよ。さやか、どうにかならないの?」

 

 さやかは、腕を組み「ウ~~」とうなり声を上げた。「唯一の救いは、コンペーが頓死してくれることね。神頼みだけど」アンナは、お祈りを上げ始めた。「神様、どうか、コンペーちゃんが一刻も早く、天国に行きますように。コンペーちゃんは、決して悪い人ではないんです。ただ、天狗になっただけなのです。だから、地獄ではなく、天国に連れて行ってあげてください。お願いいたします」亜紀は、あきれた顔でアンナを見つめた。「ママ、ちょっと、いい加減なお願いはやめてよ。神様にお願いしたからって、コンペーが、死ぬわけ、ないじゃやない。もっと現実的に考えてよ」アンナは、口をとがらせて、返事した。「だったら、亜紀、どうすればいいっていうの?か弱い女性は、お願いする以外ないじゃない。これが、現実なの」

 

 

 どうすればいいの?と問われた亜紀は、返事に困った。「私だって、わからない。中国には、コンペーを諭してくれる賢くて、権力がある人はいないの?きっといるはずよ」さやかが小さくうなずいた。「国家主席のコンペーは、中国共産党の最高権力者。だから、彼には逆らえない。でも、長老たちの意見は無視はできないはず。長老たちは、戦争に反対するはずよ。今、アメリカ相手に戦争したら、世界を敵に回すようなものじゃない。きっと、中国は、徹底的にやられる。そんなバカげた戦争を長老たちは許すはずがない。コンペーが戦争をやると言い張れば、きっと、クーデターが起きて、暗殺されると思う。結局、コンペーは、アメリカに屈服するんじゃない」

 

 アンナは、うなずいたが、戦争になった時のことを考えると不安になった。「でも、本当に戦争になったら、どうしよう。どこに避難すればいいの?防空壕掘って、隠れるの?」さやかが、ポンと胸をたたいた。「いざという時のために、隠れるところは作ってあるのよ。と言っても、作ったのは、拓也なんだけど」アンナは、目を丸くして尋ねた。「え、拓也が。どこにあるのよ、言いなさいよ、さあ」亜紀も教えてほしかった。「おねえちゃん、どこなの?近くなの?」ニコッと笑顔を作ったさやかは、返事した。「ここだけの話よ。誰にも言っちゃダメ。拓也は、いざという時のために、シェルターを作ったの」さやかは、右手の親指を下に向けた。さやかのジェスチャーを見た亜紀は、即座に親指の意味を察した。「わかった、ここの地下ってことね。さすが、パパ。あったまい~~」

 

 アンナは、初めて聞かされたことにふくれっ面になった。「なによ、今まで黙っているなんて。拓也ったら、さやかにだけ教えて。さやか、こんな重要なこと、どうして黙っていたのよ。もっと早くに教えてもいいじゃない。いじわるなんだから」さやかは、両手を合わせて頭を下げた。「ごめんなさい。さやかも、すっかり、忘れていたのよ」亜紀が興味津々なまなざしで尋ねた。「おねえちゃんは、シェルターに入ったことがあるの?」さやかは、囁いた。「それが、まだなの。入り口は、教えてもらったんだけど、一人で入るのが怖くて」即座にアンナが尋ねた。「どこよ、入り口は?みんなが知ってないと避難できないじゃない。テーブルの下にいあるのね」

 

 

 さやかは、コツンコツンとフロアを踵(かかと)で蹴った。「ここね」亜紀も踵でコツンコツンとフロアを蹴ってみた。アンナが、確認するように尋ねた。「テーブルの下に、入り口があるのね」さやかは、ゆっくりうなずいた。立ち上がったアンナは、腰をかがめてテーブルの下を覗いた。「え、ここが入り口?どうやって入るのさ。さやか、さあ、ドアを開けなさいよ」さやかは、立ち上がると二人に声をかけた。「初めてって、言ったじゃない。まず、テーブルとカーペットを動かしましょう」三人は、テーブルを南側のリビング方向に移動させた。そして、テーブルの下に敷かれていたカーペットを取り外した。ゆっくりと腰をかがめたさやかは、名探偵が手掛かりを探すかのように一枚のパネルをじっと見つめた。一瞬、目を輝かせたさやかは、小さな溝に人差し指を差し込んで、そっと引き上げた。すると、その中には銀色のドアの取っ手があった。「アンナ、これがドアの取っ手。これを引き上げれば、階段があるはず。拓也が、言ってた」

 

 アンナはさやかの横に腰をかがめた。「これを引っ張ればいいの。そいじゃ、あとは、アンナに任せて」アンナは、右手を取っ手にかけるとゆっくりと引き上げた。でも、全く、動かなかった。「動かないじゃない。どうして?」即座に、亜紀が返事した。「ママがドアに乗ってるからじゃない。反対側から引き揚げてみて」アンナは、南側に移動し、ゆっくり真上に引き上げてみた。すると、1メートル四方のパネルが開いた。亜紀が、叫んだ。「開いた。ここから、入るのね」アンナは、ドアをさらに引き上げ、180度回転させ北側に倒した。アンナは、中を覗き込みつぶやいた。「真っ暗ね。え、これって、階段じゃない。ただの梯子(はしご)。中がよく見えないわね。亜紀、懐中電灯持ってきて」

 

 亜紀は、即座に、食器棚の引き出しに入れてある懐中電灯を取りに行った。駆けて戻ってくると、アンナに手渡した。アンナは、懐中電灯のお尻のスイッチをプッシュして、明かりをつけた。明かりをシェルターの底に向けて照らしすと南側に小さな部屋があるように見えた。「さやか、椅子も机もないみたい。単なる洞窟みたい。入ってみようか?」亜紀が、返事した。「入ってみよう。みんなで、入ってみようよ。いざという時のために、訓練しなくっちゃ」さやかは、気味が悪かったが、つぶやいた。「そうね、訓練しなくっちゃね。まずは、アンナが降りて、さやかは、後で行くから」さやかの弱虫と思ったが、アンナは、先頭きって降りることにした。「幽霊が出るわけじゃなし、何、怖気(おじけ)づいてるのさ。まったく、さやかは、弱虫なんだから」

 

             謎の巻物

 

 アンナは、懐中電灯のストラップを首にかけると大きく深呼吸をした。懐中電灯は、足元を照らしていた。地面から垂直に立っている鉄の梯子に、まず右足を乗せ、踏み外さないように、左足、右足、とゆっくり足をかけて降りていった。梯子の長さは、約3メートルほどで、すぐに床に到着した。首にかけていた懐中電灯を右手に持ち、あたりを照らしてみた。グレーの壁は、セメント壁のように見えた。アンナは、入り口に向かって叫んだ。「洞窟みたいなものね。何にもない。さやかも降りておいでよ」さやかは、踏み外して落っこちそうな気がしたが、勇気を振り絞って降りることにした。「わかった。今降りる」亜紀も返事した。「ママ、亜紀も降りてみたい」アンナが、大きな声で返事した。「いいわよ。亜紀もいらっしゃい。落っこちないようにね」

 

 さやかは、恐る恐るゆっくりと降りて行った。亜紀も足元に気を付けてゆっくり降りて行った。「ママ、ひんやりして、気持ちいい」アンナは、隅々まで明かりを照らした。南東方向の隅を照らした時、懐中電灯を止めた。「さやか、あれ何かしら?茶筒のようなものがあるわよ。さやかと亜紀は、明かりに照らし出された小さな筒に目をやった。亜紀が声を発した。「なんだろう?宝物かな~?パパからのプレゼントかも?」アンナは、小筒に目を近づけた。じっと、目を凝らしてみると直径10センチ、高さ10センチぐらいの茶色の小筒だった。アンナは、懐中電灯を左手に持ち替え、右手で小筒をつかんだ。まったく重みを感じなかった。「すっごく軽い。何か入ってるのかしら?」手にした小筒をさやかと亜紀に見せた。

 

 亜紀が奪うように小筒を手に取った。「ほんと、軽い。おねえちゃん、持ってみて」さやかは、気味が悪かったが、そっと小筒を手に取り、軽く左右に振ってみた。すると、カラカラとちっちゃな小石が壁にぶつかるときのような音がした。「何か、入ってるわね」亜紀が、さやかに声をかけた。「開けてみて」さやかは、顔をこわばらせて返事した。「ここは、暗いから、キッチンに戻ってから開けてみましょう。亜紀、先に上がって」入り口の明かりに照らされた梯子に安心感を得た亜紀は、子ザルのように素早く駆けあがっていった。亜紀は、入り口からシェルターの底に向かって声をかけた。「ママ、おねえちゃん、早く」亜紀は、宝の小筒のように思えて、ワクワクしていた。さやかは小筒をアンナに手渡し、ゆっくり梯子を登っていった。アンナは、亜紀に声をかけた。「亜紀、小筒を放り投げるから、キャッチするのよ。いい。投げるわよ」アンナは、入り口めがけて小筒を勢いよく放り投げた。

春日信彦
作家:春日信彦
神様、お願い
0
  • 0円
  • ダウンロード

3 / 27

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント