素顔の告白

 

「現」の次に同雑誌で連載した「夜空」には、そんな狂気じみた憎悪が込められている。

きっかけは、林芙美子の放浪記のような作品を連載しようかというものであった。大学に行くため上京した時からの、私の実体験をそのまま書いた作品である。

 

そして当然、名前は皆変えてあるが、永井さんも登場する。関係を持った事も。私はそれを永井さんへの復讐のつもりで書いていたが、今冷静になって考えてみれば、永井さん以外が読んでも誰の事か分からないだろうし、もし永井さんが読んでいたとしても、そう考えて心配する事は無かっただろう。ましてや熊本の地方雑誌を永井さんが購入しているわけがなかった。

 

「夜空」の連載中、町田さんや関係者と飲み屋で宴会をした時の事であった。

町田さんは「福次郎君、あの夜空って作品、連載はまだ続くの?」とフランクに尋ねてきた。

 

「はあ、まだ…。」と陰気で歯切れの悪い返答をすると、

「もうそろそろ終わりにしようよ、あんなもの。実は読者から苦情が来てるんだ。子どもに見せられないとか、うちの病院の待合室には恥ずかしくて置いておけない、とか」

「夜空」にはかなり濃い性描写、それも同性間によるものが書かれていたのでそのためだろうと思われる。

しかし、町田さんの「あんなもの」という言葉に私の脆い自尊心は容易に傷つけられ、いい歳をした大の男が涙を堪えきれず、洗面所に駆け込んだ。

顔を洗って戻ると、町田さんは私が洗面所で何をしてきたか当然察していたので、それ以降この件について口にする事は無かった。

私はこの件について、「同性愛差別によって、作品が認められなかった」と自分を慰めた。

実際は、その頃ノンケの作家が同性愛を書く事は珍しくなかったのだが、またもや私は、自分の性癖に責任転嫁したのである。

 

 

 

永井さんとの交流が絶えたまま、永井さんは自衛隊に体験入隊したり、青年を数名集めて小軍隊のような、なんとかの会というものを結成。自衛隊駐屯地にて、私にはよく分からない演説をした後に割腹自殺した。

 

かつて書生であった私の元に記者が来た時、私は「なぜこんな事をしたのです、自分がつまらない人間だと思ったなら、素直に認めてしまえば良かったのに。」と発言したが、それは正に私自身への叫びであった。こんな、相手が故人となった時ですら私は自分の事しか見えないらしい。

 

そして、まだまだ頭のおかしかった私は、永井さんが死を選んだのは私が永井さんとの事を、名前を変えたとはいえ小説に書いたせいだと、長い間思い込んでいた。

いや、そう思いたかったのだとも思う。永井さんにそれだけ強い影響を持っていたのだと。

何も無いからっぽの私は、文学でも認められる事が無かった。

一度「タオル」という小説で芥川賞の候補にノミネートされた事がある。所謂ホンモノにしか分からぬような性描写を描き、その作品がノミネートされた事で私の性癖は周知のものとなったが、これは一つの賭けであった。性癖を暴露し、社会的地位を失うか、芥川賞を受賞してそれを覆い隠すほどの社会的地位を得るか。

しかし結局、「タオル」はノミネートされ、冷やかされただけに終わり、受賞には至らなかった。

やけになった私は、ならばせめて永井橋という天才に愛された男として、世間に名を知らしめたかった。そこで、「告白~永井橋」という暴露本を出版したのである。

事実をそのまま書けば、私が愛されている感じが無いため、願望でかなり変えてある。

自分をつまらない人間と確信しても、なぜそれを素直に認められよう?

 

しかし、永井さんが「次郎」という名で書いた卑しい男を、私の事を書いていると感じた事だけは、今でも当たっている気がしている。

永井さんの死後、私は永井さんからの手紙を全て売り、金に換えた。私の卑しさを見抜き、悪意無く参考にしたのかもしれない。

 

 

 

永井さんについての暴露本を出してから数年後、弟の太郎が死んだ。路上で野垂れ死んでいるのを警察に発見され、身内の私が確認のために呼ばれたのだ。

 

太郎はただの男色家ではなく、女装愛好家でもあった。この頃は老年にさしかかっており、その姿はまるで化け物である。

太郎はあるノンケのホストに入れ込んでおり、貢まくっていた。傍から見れば騙されているのが一目瞭然であったが、恋は盲目なのか太郎は最後まで、都合よく踊らされていた。

太郎の死に、私は何も感じなかった。強いて言えば、自分ならこいつよりはマシな死に方ができそうだ、と暗い優越感を感じてすらいた。そして、そんな自分を恥じたので、弟について書いた小説には、太郎が死んで悲しかったと書いておいた。

 

弟のように、無邪気に人を愛し、あからさまに夢中になれば、付け込まれて利用されるだけだ。そう考え、私は太郎の二の舞にはなるまいと考えていた。

 

しかしこの歳になって思う。私の方が比べものにならないほど惨めであったと。

 

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書記はここで終わっている。

 

麺平良
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