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 さやかが、ちょっとムキになってアンナに文句を言った。「何言ってるの。拓也のせいじゃないわよ。拓也が好きで結婚したんでしょ。そんなこと言うもんじゃないわよ。拓也との楽しかった思い出は、たくさんあるじゃない。アンナは、心配性なのよ。拓実が、駄々をこねたら、さやかが、学校に連れて行ってあげるから、安心して」亜紀ちゃんも、アンナはちょっと心配しすぎだと思った。万が一、不登校になったら、フリースクールに行けばいいと思った。そして、歌手を目指せばいいと思った。「ママ、拓実は、歌手になりたいのよ。ほら、三輪さんとか、美川さんとか、ピーターさんとか、オカマ歌手が、いるじゃない。拓実、きっと歌手になれると思う。亜紀、拓実を応援する」

 

 目を吊り上げたアンナは、怒鳴るように言った。「何、バカなこと言ってるの。歌手になんか、なれっこないでしょ。男子の魅力は、武力よ。早速、空手でも習わせなくっちゃ。この世の中、理屈じゃないのよ。いざとなれば、腕っぷしがものをいうの。生き残りたけりゃ、喧嘩に勝つことよ。ママなんか、負けたことないんだから」自慢げに話すアンナを見つめて、さやかは、あきれた顔で話し始めた。「ちょっと、拓実は、アンナと違うのよ。拓実には、拓実の良さがあるの。たとえ、喧嘩が弱くても、歌が得意であればいいじゃい。歌手になれなくても、趣味があるってことは、いいことよ。拓実が、空手をやりたいっていえば、やらせてもいいと思うけど、無理矢理にやらせるのは、どうかと思うよ。大切なことは、拓実の気持ちを聞いてあげることじゃない」

 

 説教されたアンナは、ちょっとムカついたが、さやかが言っていることも、もっともに思えた。オカマの拓也を好きになったのは、事実だし、オカマの子供が生まれたからって、腹を立てるのは滑稽に思えてきた。「そうね。オカマでもいいか。もし、いじめられるようだったら、学校なんて、行かなくていい。さやかも、ママも、ろくに中学校、行ってないし~。でも、さやかと二人で、ここまで生き抜いてきたんだもの。そう、拓実がやりたいことをやらせればいい。拓実の道は、拓実が決めればいい。なんか、拓也がそういってるような気がする。今思えば、拓也の世間にとらわれない自由な発想が、好きだったような気がする。さやかも、そうだったんでしょ」

 

 

 

 


 さやかは、拓也のことを思い出した。拓也は、施設育ちで、ろくに学校も行ってない二人にやさしかった。世間では軽蔑の目で見られていたが、拓也は、違っていた。軽蔑もしなかったし、差別もしなかった。なぜそうだったのかは、わからなかったが、間違いなく、世間の目とは違っていた。二人が、マジ心を許せたのは、拓也だけだった。今思えば、不思議に思えた。拓也は、今では、性転換して、女性として生きている。もしかしたら、拓実も将来、性転換して、女性になるかもしれない。親子の因縁を感じた。「アンナ、自分たちだって、ろくに学校も行ってないゴロツキじゃない。今まで、どんなにつらいことがあっても、二人で力を合わせて、どうにか乗り越えてきたんだし。生きるって、そういうものよ。アンナ、亜紀ちゃん、みんなで力を合わせて、拓実を育てようじゃない。きっと、天国の拓也も、そう願っていると思うよ」

 

 アンナは、子供のころを思い出しているとなんだか今の悩みがバカらしくなった。それより、これからの自分のやるべきことを考えるべきだと思えた。ちょっとマジになったアンナは、さやかと亜紀ちゃんに呼びかけた。「今日は、お正月よ。今年の抱負を述べましょう。まずは、さやかから発表してください」さやかは、突然、抱負といわれても、はっきりとした計画は立てていなかった。でも、全国の児童養護施設を慰問したいと考えていた。「え、私から。はっきりとした具体的な計画はまだだけど、今年は、全国の児童養護施設を訪問したいと思っています。看護師としてだけではなく、子供たちに歌を歌ってあげようと思います。今のところは、こんなところかな」

 

 アンナが、亜紀ちゃんに視線を移した。「それじゃ、次は亜紀ね。勉強のこと以外の抱負を言ってよ。亜紀は、勉強しすぎなんだから」亜紀は、勉強以上にやりたいことがあった。それは、小説を書くことだった。将来は、AIシステムの研究をしたいと思っていたが、小説家にもなりたかった。「今年から、できる限りたくさん、短編小説を書きたいと思います。小説を書くことは、AIシステムの研究にも役に立つと思うの。次は、ママね」アンナは、大きな胸を突き出し、目が飛び出さんばかりに見開いて、目をピカピカッと輝かせ、選手宣誓するように大きな声で、抱負を述べた。「ママの今年の抱負は、今年の抱負は、ハヤブサで、いろんなところに行って、おいしいものを食べることで~~す」

 

 


 

 さやかと亜紀ちゃんは、あきれた顔で見つめあった。でも、即座に、アンナらしくていいとさやかには思えた。亜紀ちゃんが、アンナの抱負に文句をつけた。「ママだけが、おいしいものを食べに行くってこと。私たちは?」アンナが、マジな顔で返事した。「ママは、一人旅がしたいのよ。当然、みんなとも、一緒に食事に行くわよ。でも、一人旅をして、もう一度、自分を見つめたいのよ。いいでしょ」さやかは、アンナの気持ちがよく分かった。最近のアンナは、何か自分を見失っているような気がしていた。拓実が生まれ子育てに追われ、ストレスがたまり、毎日イライラして亜紀ちゃんにまで八つ当たりをしていた。気分転換には、一人旅はいいことだと思えた。

 

 亜紀ちゃんが、思い出したように話し始めた。「拓実の抱負は何だろうね?」アンナが、即座に答えた。「拓実は、歌以外ないじゃない。聞いたってしょうがいわよ。まったく、極楽トンボなんだから。なんだか、最近、ますます、拓也に似てきてない。やっぱ、親子ね。ところで、さやか、全国の児童養護施設を回って歌を歌うって言ってたけど、子供向けの歌って、歌えるの?」さやかが、ニコッと笑顔を作って返事した。「歩くカラオケマシーンがあるでしょ。こういう時に役に立つのよね~~」アンナには、意味がピンと来なかった。「何よ、歩くカラオケマシーンって?」

 

 さやかが亜紀ちゃんを覗き込みニコッと笑顔を作った。「亜紀ちゃんは、わかるよね」亜紀ちゃんは、ピンときた。歌とくれば、拓実しかいない。「なるほど。それって、いいかも。ママ、身近にいるじゃない、歩くカラオケマシーン。ほら。いつも歌っている我が家のアイドルが・・」アンナは、拓実のことではないかと思い、目を丸くして確かめるように尋ねた。「まさか、拓実じゃないでしょうね」さやかが、ポンと両手を打ち鳴らして返事した。「ズバリ、その通り。拓実君を連れていくの。きっと、子供たち喜ぶと思う。拓実も行きたいって、言ってたし」アンナは、目を吊り上げて反駁した。「何、バカなこと言ってるの。拓実は、旅芸人じゃないのよ。さやかは、いつも自分勝手なんだから」

 

 


 亜紀ちゃんがアンナをなだめるように話し始めた。「ママ、名案だと思う。拓実は、人前で歌うのが好きなのよ。美空ひばりもちっちゃいころから、みんなの前で歌っていたというじゃい。いいでしょ、ママ」アンナは、自分がのけ者にされたと思い、ヒステリックな声を発した。「まったく、亜紀まで何言うの。天才美空ひばりと拓実を一緒にするんじゃないわよ。拓実は、凡人で、ボ~~とした幼稚園児なのよ。万が一、旅先で病気にでもなったらどうすんの。まったく、さやかも亜紀も、無責任なんだから」

 

 さやかは、拓実と二人で旅行をしたことがなかった。だから、心配でもあったが、なぜか、拓実とうまくやれそうな気になっていた。「アンナ、そう心配しないでよ。ちゃんと面倒見るから。健康管理もちゃんとやるし。長くても、23日ってとこよ。遠方には、ひと月に一回ぐらいにするから、いいでしょ、アンナ。お願い」さやかは、両手を合わせてアンナを見つめた。アンナは、かつてのお願いが始まったと思った。最後には、お願いするさやかにいつもムカついていたが、やっぱりこの癖は治ってないとあきれ返った。

 

 アンナは、結婚できないさやかに口をとがらせて嫌味を言った。「また、お願い。さやかね~~、結婚したこともなければ、子供を産んだこともないのよ。育児をやったことがないさやかに、拓実の面倒を見れるわけないでしょ。拓実は、オモチャじゃないんだから。いい加減にしてよ。要は、拓実を自分の子供にしたいんでしょ。亜紀を洗脳して、拓実まで洗脳する気。いったい、何を考えてるの。そんなに子供が欲しけりゃ、結婚すればいいじゃない。世の中広いんだから、さやかでもいいっていう、変人がいるわよ」

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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