ピンク

 

 さやかと亜紀ちゃんは、あきれた顔で見つめあった。でも、即座に、アンナらしくていいとさやかには思えた。亜紀ちゃんが、アンナの抱負に文句をつけた。「ママだけが、おいしいものを食べに行くってこと。私たちは?」アンナが、マジな顔で返事した。「ママは、一人旅がしたいのよ。当然、みんなとも、一緒に食事に行くわよ。でも、一人旅をして、もう一度、自分を見つめたいのよ。いいでしょ」さやかは、アンナの気持ちがよく分かった。最近のアンナは、何か自分を見失っているような気がしていた。拓実が生まれ子育てに追われ、ストレスがたまり、毎日イライラして亜紀ちゃんにまで八つ当たりをしていた。気分転換には、一人旅はいいことだと思えた。

 

 亜紀ちゃんが、思い出したように話し始めた。「拓実の抱負は何だろうね?」アンナが、即座に答えた。「拓実は、歌以外ないじゃない。聞いたってしょうがいわよ。まったく、極楽トンボなんだから。なんだか、最近、ますます、拓也に似てきてない。やっぱ、親子ね。ところで、さやか、全国の児童養護施設を回って歌を歌うって言ってたけど、子供向けの歌って、歌えるの?」さやかが、ニコッと笑顔を作って返事した。「歩くカラオケマシーンがあるでしょ。こういう時に役に立つのよね~~」アンナには、意味がピンと来なかった。「何よ、歩くカラオケマシーンって?」

 

 さやかが亜紀ちゃんを覗き込みニコッと笑顔を作った。「亜紀ちゃんは、わかるよね」亜紀ちゃんは、ピンときた。歌とくれば、拓実しかいない。「なるほど。それって、いいかも。ママ、身近にいるじゃない、歩くカラオケマシーン。ほら。いつも歌っている我が家のアイドルが・・」アンナは、拓実のことではないかと思い、目を丸くして確かめるように尋ねた。「まさか、拓実じゃないでしょうね」さやかが、ポンと両手を打ち鳴らして返事した。「ズバリ、その通り。拓実君を連れていくの。きっと、子供たち喜ぶと思う。拓実も行きたいって、言ってたし」アンナは、目を吊り上げて反駁した。「何、バカなこと言ってるの。拓実は、旅芸人じゃないのよ。さやかは、いつも自分勝手なんだから」

 

 


 亜紀ちゃんがアンナをなだめるように話し始めた。「ママ、名案だと思う。拓実は、人前で歌うのが好きなのよ。美空ひばりもちっちゃいころから、みんなの前で歌っていたというじゃい。いいでしょ、ママ」アンナは、自分がのけ者にされたと思い、ヒステリックな声を発した。「まったく、亜紀まで何言うの。天才美空ひばりと拓実を一緒にするんじゃないわよ。拓実は、凡人で、ボ~~とした幼稚園児なのよ。万が一、旅先で病気にでもなったらどうすんの。まったく、さやかも亜紀も、無責任なんだから」

 

 さやかは、拓実と二人で旅行をしたことがなかった。だから、心配でもあったが、なぜか、拓実とうまくやれそうな気になっていた。「アンナ、そう心配しないでよ。ちゃんと面倒見るから。健康管理もちゃんとやるし。長くても、23日ってとこよ。遠方には、ひと月に一回ぐらいにするから、いいでしょ、アンナ。お願い」さやかは、両手を合わせてアンナを見つめた。アンナは、かつてのお願いが始まったと思った。最後には、お願いするさやかにいつもムカついていたが、やっぱりこの癖は治ってないとあきれ返った。

 

 アンナは、結婚できないさやかに口をとがらせて嫌味を言った。「また、お願い。さやかね~~、結婚したこともなければ、子供を産んだこともないのよ。育児をやったことがないさやかに、拓実の面倒を見れるわけないでしょ。拓実は、オモチャじゃないんだから。いい加減にしてよ。要は、拓実を自分の子供にしたいんでしょ。亜紀を洗脳して、拓実まで洗脳する気。いったい、何を考えてるの。そんなに子供が欲しけりゃ、結婚すればいいじゃない。世の中広いんだから、さやかでもいいっていう、変人がいるわよ」

 

 


 亜紀ちゃんは、また、喧嘩が始まったとうんざりしてきた。二人の仲を取り持つように話し始めた。「ママ、そう、ムキにならないでよ。さやかおねえちゃんは、そんなつもりじゃないのよ。拓実の長所を活かしてあげようと考えてくれたのよ。拓実だって、喜んでいるし、6歳なんだから、結構自分のことはできるんだから。バカに見えるけど、そこそこ賢いんだから。ママ、大丈夫よ。拓実、きっと、美空ひばりみたいになれると思う。亜紀からもお願い。この通り」亜紀ちゃんも両手を合わせて頭を下げた。アンナは、亜紀をにらみつけた。ついに、亜紀はさやかに洗脳されたと思った。腕組みをしたアンナは、鬼の形相で話し始めた。「そこまで言うのだったら、全責任は、二人にあるってことね。いいでしょう。万が一、旅先で病気にでもなったら、即刻、施設慰問は中止ってことでいいわね。二人とも」

 

 さやかと亜紀ちゃんは、見つめあって拍手した。亜紀ちゃんは、アンナにお礼を言った。「ママ、ありがとう。拓実、きっと喜ぶ」さやかは、アンナを安心させようと心意気を話した。「アンナ、安心して。ちゃんと面倒見るから。病気になんか、絶対、させないから。事故にもあわないように、気配りする。アンナの許しを得たからには、今後の慰問計画を立てなくっちゃ。この慰問には、ドクターも賛成してくれたの。だから、資金援助してくれるんだって。施設の慰問は、精神医療の一環、とドクターは言ってた。また、これからの精神医療は、薬で治療するのではなく、環境操作で精神の改善を図っていくといってた。アンナは、心配だと思うけど、拓実君の人生にとって、一つの転機になるかもしれない。アンナ、さやかに任せて」

 

 アンナは、さやかの妄想が始まると手が付けられないとあきらめた。さやかの妄想癖は、子供の頃から変わっていなかった。「まあ、いいでしょ。ドクターも賛成というのだったら、悪いことじゃないみたいだし。でも、拓実に万が一のことがあったら、わかってるでしょうね」アンナは、握りこぶしを作って、二人の目の前に突き出した。さやかと亜紀ちゃんは、突き出されたこぶしに身を引いたが、ゆっくり大きくうなずいた。キッチンの壁時計は、すでに3時半を回っていた。アンナは、食事の支度にとりかかろうかと思ったが、何かムカムカして、そんな気分になれなかった。ちょっと、気分転換したくなったアンナは、冷たい風を切りながら、ハヤブサでぶっ飛ばすことにした。

 


 アンナは、拓也の遺品のヤマハXJRを大切に乗っていたが、スズキ・ハヤブサは、排ガス規制のため2018年で生産中止と聞いて、昨年の10月にXJRを売ってハヤブサに乗り換えた。アンナは、立ち上がると両手をあげて大きく背伸びした。「ちょっと、走ってくる。すぐに戻ってくるから」さやかが、注意を促した。「スピード違反しないように。オバンが捕まったんじゃ、シャレになんないよ」アンナは、さやかの忠告を無視するかのようにさっさと自分の部屋にかけていった。さやかが、愚痴をこぼした。「まったく、いつまでたっても、子供なんだから。あれでも、ママだから、あきれるわね」

 

 亜紀ちゃんはピンクがお友達を欲しがっていることを思い出した。「さやかおねえちゃん、ピンクがお友達が欲しいんだって」さやかは、もう一匹猫を飼いたいと言ってると勘違いして、目を丸くして返事した。「猫は、一匹で十分よ。これ以上、飼いたいって言ったら、アンナ、爆発するわよ。ダメよ」亜紀ちゃんは、即座に弁解した。「そうじゃなくて、お友達を探してるのよ。近所にいないかな~~って。明菜ちゃんちにいるようなんだけど、どんな猫かわかんないのよ。同じぐらいの年齢のメス猫だったらいいんだけど、クソジジ~とか、イジワルババ~~だったら、困るのよね。ピンクは、世間知らずの箱入り娘だから」

 

 さやかは、猫の話は苦手だった。「猫のことは、全くわかんない。あ、思い出した、ほら、アンナに歯の浮くようなお世辞を言う秀樹君、去年の秋ごろ、猫を飼ってみようかな~~って言ってなかった。あのお調子者に聞いてみたら。すでに、飼ってるかもよ」亜紀ちゃんも言われてみたら、そんなことを言っていたことを思い出した。「そういえば、そんなこと言ってたような。早速、聞いてみる。さすが、さやかおねえちゃん。ありがとう」亜紀ちゃんは、自分から秀樹に電話したくなかったが、新年のあいさつを兼ねて、明日、ピンクのために、清水の舞台から飛び降りる気持ちで電話することにした。

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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