ピンク

 亜紀ちゃんは、また、喧嘩が始まったとうんざりしてきた。二人の仲を取り持つように話し始めた。「ママ、そう、ムキにならないでよ。さやかおねえちゃんは、そんなつもりじゃないのよ。拓実の長所を活かしてあげようと考えてくれたのよ。拓実だって、喜んでいるし、6歳なんだから、結構自分のことはできるんだから。バカに見えるけど、そこそこ賢いんだから。ママ、大丈夫よ。拓実、きっと、美空ひばりみたいになれると思う。亜紀からもお願い。この通り」亜紀ちゃんも両手を合わせて頭を下げた。アンナは、亜紀をにらみつけた。ついに、亜紀はさやかに洗脳されたと思った。腕組みをしたアンナは、鬼の形相で話し始めた。「そこまで言うのだったら、全責任は、二人にあるってことね。いいでしょう。万が一、旅先で病気にでもなったら、即刻、施設慰問は中止ってことでいいわね。二人とも」

 

 さやかと亜紀ちゃんは、見つめあって拍手した。亜紀ちゃんは、アンナにお礼を言った。「ママ、ありがとう。拓実、きっと喜ぶ」さやかは、アンナを安心させようと心意気を話した。「アンナ、安心して。ちゃんと面倒見るから。病気になんか、絶対、させないから。事故にもあわないように、気配りする。アンナの許しを得たからには、今後の慰問計画を立てなくっちゃ。この慰問には、ドクターも賛成してくれたの。だから、資金援助してくれるんだって。施設の慰問は、精神医療の一環、とドクターは言ってた。また、これからの精神医療は、薬で治療するのではなく、環境操作で精神の改善を図っていくといってた。アンナは、心配だと思うけど、拓実君の人生にとって、一つの転機になるかもしれない。アンナ、さやかに任せて」

 

 アンナは、さやかの妄想が始まると手が付けられないとあきらめた。さやかの妄想癖は、子供の頃から変わっていなかった。「まあ、いいでしょ。ドクターも賛成というのだったら、悪いことじゃないみたいだし。でも、拓実に万が一のことがあったら、わかってるでしょうね」アンナは、握りこぶしを作って、二人の目の前に突き出した。さやかと亜紀ちゃんは、突き出されたこぶしに身を引いたが、ゆっくり大きくうなずいた。キッチンの壁時計は、すでに3時半を回っていた。アンナは、食事の支度にとりかかろうかと思ったが、何かムカムカして、そんな気分になれなかった。ちょっと、気分転換したくなったアンナは、冷たい風を切りながら、ハヤブサでぶっ飛ばすことにした。

 


 アンナは、拓也の遺品のヤマハXJRを大切に乗っていたが、スズキ・ハヤブサは、排ガス規制のため2018年で生産中止と聞いて、昨年の10月にXJRを売ってハヤブサに乗り換えた。アンナは、立ち上がると両手をあげて大きく背伸びした。「ちょっと、走ってくる。すぐに戻ってくるから」さやかが、注意を促した。「スピード違反しないように。オバンが捕まったんじゃ、シャレになんないよ」アンナは、さやかの忠告を無視するかのようにさっさと自分の部屋にかけていった。さやかが、愚痴をこぼした。「まったく、いつまでたっても、子供なんだから。あれでも、ママだから、あきれるわね」

 

 亜紀ちゃんはピンクがお友達を欲しがっていることを思い出した。「さやかおねえちゃん、ピンクがお友達が欲しいんだって」さやかは、もう一匹猫を飼いたいと言ってると勘違いして、目を丸くして返事した。「猫は、一匹で十分よ。これ以上、飼いたいって言ったら、アンナ、爆発するわよ。ダメよ」亜紀ちゃんは、即座に弁解した。「そうじゃなくて、お友達を探してるのよ。近所にいないかな~~って。明菜ちゃんちにいるようなんだけど、どんな猫かわかんないのよ。同じぐらいの年齢のメス猫だったらいいんだけど、クソジジ~とか、イジワルババ~~だったら、困るのよね。ピンクは、世間知らずの箱入り娘だから」

 

 さやかは、猫の話は苦手だった。「猫のことは、全くわかんない。あ、思い出した、ほら、アンナに歯の浮くようなお世辞を言う秀樹君、去年の秋ごろ、猫を飼ってみようかな~~って言ってなかった。あのお調子者に聞いてみたら。すでに、飼ってるかもよ」亜紀ちゃんも言われてみたら、そんなことを言っていたことを思い出した。「そういえば、そんなこと言ってたような。早速、聞いてみる。さすが、さやかおねえちゃん。ありがとう」亜紀ちゃんは、自分から秀樹に電話したくなかったが、新年のあいさつを兼ねて、明日、ピンクのために、清水の舞台から飛び降りる気持ちで電話することにした。

 


              猫友

 

 14日(金)亜紀ちゃんは、大きく深呼吸すると「ピンクのため、ピンクのため」と心でつぶやきスマホで秀樹に電話した。発信音が3回なると秀樹の明るい声が返ってきた。「おはよ~~。亜紀ちゃん。今、こっちから電話しようと思ってたんだ」亜紀ちゃんは、その言葉を聞いて電話しなければよかったと思った。でも、平静を装って話を続けた。「え、あ、あけましておめでとうございます。今年もよろしく。ママが、ご馳走したいっていうものだから。それで・・」秀樹が元気よく返事した。「え、うれしいな~~。いや、失礼。本年もよろしく。そう、亜紀ちゃんをびっくりさせることがあるんだ。なんだと思う?」亜紀ちゃんは、全くピンと来なかったが、もしかしたら、猫のことではないかと思った。「もしかして、猫を飼ったとか」

 

 一回で正解するとは思わなかった秀樹は、頭のテッペンから出してるような甲高い大きな声で返事した。「エ~~、よくわかったね。さすが、超天才亜紀ちゃん。予知能力まであるのか。まいったな~~。そうなんだ。顔はブサイクだけど、結構、愛嬌があるんだ。猫種は、エキゾチックショートヘア。名前は、ヒョットコ、っていうんだ」亜紀ちゃんは、内心喜んだが、名前からしてオスではないかと不安になった。「へ~~、秀樹君、猫飼ったの。秀樹君、猫、飼いたいって言ってたもんね。ヒョットコって、オス?、メス?、何歳?」秀樹が即座に返事した。「当然、ピンクと同じメスだよ。年齢は、ちょうど1月で1歳になるんだ。しつけもされて、おとなしくて、上品で、かわいくて、きっと亜紀ちゃん、気に入ると思うよ」

 

 秀樹の下心が見え見えで気持ち悪かったが、ピンクのために笑顔を作って返事した。「え、そうなの。一度、見てみたいな~~」秀樹は、即座に、返事した。「いいとも、今から行くよ。11時ころには、着くと思うよ」別に今日でなくともよかったが、ピンクの喜ぶ顔が目に浮かぶと承諾の返事をしてしまった。「え、今から。いいけど。そいじゃ、待ってる」今年は幸先がいいと思った秀樹は、早速、ヒョットコに亜紀ちゃんちに出かけることを伝えると、ヒョットコをバスルームに連れて行った。「おめかししなくっちゃね」と声をかけると、指先で全身をもみほぐすように全身の被毛をシャンプーした。そして、シャボンをシャワーできれいに洗い落とすとドライヤーで乾燥させた。最後に、ブラッシングしながら毛並みを整え終えると顔を軽くマッサージした。”今日も、かわいいぞ、ヒョットコ”と秀樹はつぶやき、ルビーのネックレスをヒョットコの首につけた。

 


 亜紀ちゃんは、11時ころ秀樹がやってくることをスマホで甘党茶屋の厨房にいるアンナに伝えた。「ママ、秀樹君が、11時ころやってくるって。いい?」アンナは、あきれてしまった。「11時ころ来るんでしょ。いいもないもないじゃない。お昼は、ご馳走するわよ。そういうことは、もっと早めに言いなさい。まったく」亜紀ちゃんが、さらに話を付け加えた。「それと、猫を連れてくるんだって」アンナは、口をひん曲げて返事した。「え、猫!うちは、猫カフェじゃないんだから。まったく、ピンクだけでも、手を焼いてるのに、こっちの身にもなってよ」亜紀ちゃんは、アンナの愚痴を無視するかのように、プチッと電話を切った。

 

 11時少し前、シルバーのベンツが甘党茶屋の駐車場に入っていった。後部座席の秀樹は、ヒョットコを抱きかかえ車から降りると、駆け足で亜紀ちゃんちの玄関に向かった。秀樹は、インターホンを二度鳴らし、亜紀ちゃんを待った。亜紀ちゃんは、うれしい気持ちとイヤな気持で複雑だったが、玄関にかけていき、扉を開くと笑顔で挨拶をした。「早かったね。今年もよろしく。さ~上がって。あ、運転手のおじさんは?」秀樹が即座に返事した。「ジーは、甘党茶屋でぜんざい食べるって。それより、ほら、かわいいだろ。ヒョットコ。見てよ。ほら。ほら」秀樹は、ヒョットコを亜紀ちゃんの目の前に持って行き、見せつけた。

 

 亜紀ちゃんは、秀樹をリビングに案内すると、二人は、ヒョットコを挟んでソファーに腰掛けた。亜紀ちゃんは、ヒョットコの頭をナデナデしながら、顔はブサイクだったが、愛嬌のある顔だと思った。でも、女の子なのにヒョットコはヘンだと思った。「ね~、ヒョットコって、ちょっとヘンじゃない。顔がブサイクだからって、この猫は、女の子でしょ。ヒョットコは、ひどいんじゃない。もっと、かわいい名前にしたら?」秀樹は、マジな顔つきで返事した。「え、ヒョットコってヘンか?女の子でも、いいと思うけど。この顔は、どう見てもヒョットコだろ。いいよ、この名前で。結構気に入ってるみたいで、ヒョットコ、ヒョットコ、って呼ぶと、ちゃんとやってくるし。いいんじゃないか」

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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