ピンク

 亜紀ちゃんは、11時ころ秀樹がやってくることをスマホで甘党茶屋の厨房にいるアンナに伝えた。「ママ、秀樹君が、11時ころやってくるって。いい?」アンナは、あきれてしまった。「11時ころ来るんでしょ。いいもないもないじゃない。お昼は、ご馳走するわよ。そういうことは、もっと早めに言いなさい。まったく」亜紀ちゃんが、さらに話を付け加えた。「それと、猫を連れてくるんだって」アンナは、口をひん曲げて返事した。「え、猫!うちは、猫カフェじゃないんだから。まったく、ピンクだけでも、手を焼いてるのに、こっちの身にもなってよ」亜紀ちゃんは、アンナの愚痴を無視するかのように、プチッと電話を切った。

 

 11時少し前、シルバーのベンツが甘党茶屋の駐車場に入っていった。後部座席の秀樹は、ヒョットコを抱きかかえ車から降りると、駆け足で亜紀ちゃんちの玄関に向かった。秀樹は、インターホンを二度鳴らし、亜紀ちゃんを待った。亜紀ちゃんは、うれしい気持ちとイヤな気持で複雑だったが、玄関にかけていき、扉を開くと笑顔で挨拶をした。「早かったね。今年もよろしく。さ~上がって。あ、運転手のおじさんは?」秀樹が即座に返事した。「ジーは、甘党茶屋でぜんざい食べるって。それより、ほら、かわいいだろ。ヒョットコ。見てよ。ほら。ほら」秀樹は、ヒョットコを亜紀ちゃんの目の前に持って行き、見せつけた。

 

 亜紀ちゃんは、秀樹をリビングに案内すると、二人は、ヒョットコを挟んでソファーに腰掛けた。亜紀ちゃんは、ヒョットコの頭をナデナデしながら、顔はブサイクだったが、愛嬌のある顔だと思った。でも、女の子なのにヒョットコはヘンだと思った。「ね~、ヒョットコって、ちょっとヘンじゃない。顔がブサイクだからって、この猫は、女の子でしょ。ヒョットコは、ひどいんじゃない。もっと、かわいい名前にしたら?」秀樹は、マジな顔つきで返事した。「え、ヒョットコってヘンか?女の子でも、いいと思うけど。この顔は、どう見てもヒョットコだろ。いいよ、この名前で。結構気に入ってるみたいで、ヒョットコ、ヒョットコ、って呼ぶと、ちゃんとやってくるし。いいんじゃないか」

 

 

 

 


 秀樹は、女子の気持ちが全くわかっていないとつくづく思った。「秀樹君が、いいっていうんだったら。いいけど。ほんと、おとなしいね。そうだ、ピンクを紹介しなくっちゃ。ピンク連れてくる」亜紀ちゃんは、二階に階段をかけていくとピンクを抱っこして即座に降りてきた。すぐ後に亜紀ちゃんを追うように、スパイダーがゆっくり階段を降りてきた。亜紀ちゃんは、ソファーに腰掛け、ピンクをヒョットコの前に置いた。ヒョットコは、ニャ~~と挨拶の鳴き声を上げた。ピンクの友達になれそうな気がして、亜紀ちゃんが、笑顔で話し始めた。「ピンク、どう?ヒョットコちゃん、気に入った?」ピンクもニャ~~とかわいい声で鳴いて返事した。

 

 ピンクとヒョットコは、しばらく見つめあっていたが、ピンクがヒョットコの顔をぺろぺろ舐め始めた。亜紀ちゃんは、お友達になれたと思い、うれしくなった。「ピンク、ヒョットコのこと気に入ったみたい。箱入り娘同士で、気が合うのかも」秀樹は、亜紀ちゃんの喜ぶ姿を見て、今後、亜紀ちゃんちにおじゃなする口実ができたとうれしくなった。「そう、よかった。今日から、ピンクとヒョットコは、お友達だね。これからは、ヒョットコを連れて、遊びに来るよ」亜紀ちゃんは、ちょっと嫌な予感がしたが、ピンクのためなら、我慢するかと腹を決めた。「そう、ありがとう。ピンク、お友達がいなくて、さみしがってたの。これからも、よろしく」

 

 11時半頃、ガラガラと玄関の開く音が響いた。亜紀ちゃんは、食事の準備をするためにアンナが戻ってきたと察知した。アンナが、リビングにやってくると秀樹が即座に立ち上がり、笑顔で挨拶をした。「お邪魔してます。あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」アンナも秀樹の笑顔に向かって、あいさつした。「こちらこそ。よろしくね。今日は、猫を連れてきたんだって。見せて」アンナは、ソファーまでやってくるとピンクの横の猫を見つめた。あまりのブサイクな顔を見て、噴き出すところだったが、グッと抑えてほめた。「あら、ユニークな顔だこと。愛嬌があって、かわいいわ。なんていう名前?」秀樹は、即座に返事した。「名前は、ヒョットコ」笑いをこらえていたが、さすがにヒョットコと聞いて、ハハ~~と噴き出してしまった。「ヒョットコ、確かに、ヒョットコみたいだけど、ちょっとかわいそうじゃない」

 


 秀樹は、亜紀ちゃんもアンナもヘンだというが、ヒョットコのどこがヘンなのかわからなかった。「そうですか?ヒョットコって、いいと思うんですが。ヘンですか?亜紀ちゃんもヘンって、言うんです。顔にぴったりの名前だと思うんですが」アンナは、亜紀も同じことを言ったのかと思い、亜紀の顔を見てクスクス笑った。亜紀ちゃんが、話し始めた。「ママも思うでしょ。ヒョットコって、ひどいわよね。女の子なのよ。もっと、かわいい名前がいいと思うんだけど、秀樹君、ヒョットコがいいって」アンナも、女の子だったら、女の子らしい名前がいいような気がしたが、一度つけた名前を変えるのも難しいように思えた。「そうね、でも、ヒョットコ、が気に入ってるのかもしれないし。今のままでいいかもね。ヒョットコ」

 

 アンナは、ヒョットコの頭をナデナデしながら、秀樹にお昼の注文を聞いた。「秀樹君、お昼は何が食べたい。ハンバーグ、お寿司、ピザ、食べたいもの何でも、言ってちょうだい」昨日、すき焼きを食べた秀樹は、ピザが食べたい気分だった。「それじゃ、ピザ、お願いします」アンナは、早速、ピザクックにLサイズのエビアボカドサーモン、トリプルトマト、を電話で注文した。アンナは注文すると後は亜紀ちゃんに任せることにした。「ママは、お店に戻るから、あとは、亜紀に任せるわよ。拓実にも食べさせてあげて」亜紀ちゃんは、元気のいい声で返事した。「はい。行ってらっしゃい」アンナは、亜紀ちゃんの返事を背にして甘党茶屋にかけていった。

 

 亜紀ちゃんが、ヒョットコの頭をナデナデしているとセカンドラブの着メロが鳴った。「あ、明菜ちゃんから」亜紀ちゃんは、スマホを左耳に近づけた。即座に、明菜の声が飛び込んできた。「亜紀ちゃん、あけましておめでとう。今、何してる?」亜紀ちゃんは、気まずそうに返事した。「今、いまね~~、お友達が来てる。秀樹君というんだけど、猫を連れて遊びに来てる」明菜は、ちょっと、遠慮がちに返事した。「そう。うちのイチゴを紹介しようかなって思ったけど、またにするね」亜紀ちゃんは、ピンクを一刻も早くイチゴに会わせたかった。「いいのよ。気にしなくて。秀樹君の猫、ヒョットコっていうの。ぜひ、イチゴ連れて、見に来て。待ってるから」明菜は、ヒョットコと聞いて、どんな顔をしているのか、是非、見たくなった。明菜は、即座に返事した。「今から行くね。そいじゃ」

 

 


 15分ほど経つと、冷たい北風が吹く中、フードをかぶった明菜が、ダウンコートの懐で小さくうずくまったイチゴをしっかり抱っこして、体を震わせながら歩いてやってきた。亜紀ちゃんちに到着すると玄関で出迎えた亜紀ちゃんに「サブ~~」といって、亜紀ちゃんをおいて駆け足でリビングに突進した。亜紀ちゃんも明菜を追ってリビングにかけていった。明菜は、暖房の温かさを感じるとホッとした表情で「凍え死ぬところだった」とつぶやき、懐からイチゴを取り出し、ソファーに座らせた。コートを脱いだ明菜は、ソファーにそっと腰掛けた。そして、膝の上にイチゴを乗せるとイチゴの紹介を始めた。「この子メスで、イチゴっていうんだけど、まだ、6か月。親戚のおばさんからもらったの。猫種は、サバトラ、って言ってた。3匹の中では一番小さいね。仲良くなれるといいんだけど」

 

 笑顔を作った秀樹が、得意げにヒョットコを両手で持ち上げて紹介した。「僕のは、エキゾチックショートヘアの1歳。名前は、ヒョットコ。顔はブサイクだけど、愛嬌があるだろ。しつけもしっかりしてあるし、おとなしいから、仲良くなれるよ。ピンクとも仲良くなれたし」スパイダーの横で正座していた亜紀ちゃんが、膝の上のピンクを紹介した。「この子は、メスで10か月。まだ子供。さみしがりやで甘えん坊。去年、オリーブ園で拾ってきたんだけど、スパイダーが、実のパパのように、一生懸命、面倒見てくれたの」亜紀ちゃんは、横で寝転がっていたスパイダーの頭をナデナデした。

 

 明菜は、ヒョットコは、オスのように思え、念のために聞いた。「ヒョットコって、オス?」秀樹が、笑顔で返事した。「いや、メス。ヒョットコって、メスにはヘンかな~~。亜紀ちゃんもヘンだっていうんだ。いいと思うんだけどな~~」明菜は、別にヘンだとは思わなかったが、オスの名前のようでメスの名前としてはふさわしくないように思えた。「ヘンじゃないけど、ヒョットコって、オスの名前に聞こえたの。メスなのね。すごく、愛嬌のある顔してるね。この顔、CMに出ている猫の顔にそっくり。亜紀ちゃんも、そう思わない」亜紀ちゃんもうなずいた。「いわれてみたら、よく似てる。ブチャカワの顔」

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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