対馬の闇Ⅱ

 うなずいたさゆりは、最近の生活を考えてみた。子供が生まれて子供にかかりっきりで、主人との会話もなくなっているように思えた。民宿が忙しく、家族で旅行にもいってない。主人も私も、毎日仕事。子供は、母親任せ。これで家族なの?なんだか、主人が遠い人のように思えてきた。「ひろ子、私、何か、間違っているような気がする。主人が、酒浸りになったのは、私に原因があるんだわ。どうすればいい。あ~~悲しくなってきた」確かに一つには、さゆりの性格が原因かもしれないと思ったが、これは、夫婦のどちらにも原因があるように思えた。「さゆり、以前より、暗くなったような気がする。子供の世話におわれ、仕事につかれて、周りに話し相手もいなくて、気がめいっているんじゃない?」さゆりは、うなずいた。「主人に愚痴はこぼせないし、相談に乗ってくれる友達はいないし。ひろ子が、対馬から逃げ出すからよ」

 

 対馬を逃げ出した点を突かれると返す言葉がなかった。事実、この韓国に占領されたような対馬から逃げ出したかった。現に、毎年、若者が対馬から逃げ出している。このままいけば、老人だけになってしまうような気がした。「そう、責めないでよ。対馬には、若者に未来はないじゃない。だから・・。そう、話は変わるけど、事情があって、来年は対馬に戻ることになったの。その時は、よろしく」さゆりは、自分の耳を疑った。対馬に戻ってくる。対馬を嫌っているひろ子が。「今の、マジ。本当に、来年は、対馬に戻ってくるの。いつから」ひろ子は事情は話せなかったが、明るい声で返事した。「予定では、年明け早々に、戻ってくる」さゆりは、突然、立ち上がると両手をあげてジャンプした。「やった~、ひろ子が戻ってくる。マジよね。嘘じゃないよね」

 

 さゆりの喜びようは、テニスの県大会でベストエイトで勝った時と同じ様だった。ひろ子は、さゆりの心に何が起きたのだろうと目を丸くした。発狂したかのようなさゆりに声をかけた。「ちょっと、落ち着きなさいよ。肝心な話があるんだから。ほら、出口君の話」出口君と聞いたさゆりは、突然動きを止めた。静かに腰を下ろし、ひろ子を見つめた。「そうよ。出口君よ。絶対、おかしいわよ。崖から落っこちたっていうの?まったく、信じらんない」ひろ子もうなずき質問した。「出口君の服装は、私服だったような?」さゆりはニュースを思い出しながら答えた。「うん、私服だった。やっぱ、転落事故かな~、それとも自殺?」ひろ子も、もしかしたら、自殺かもと思った。「さゆり、出口君とはミサで会わなかったの?」突然、さゆりは、目を丸くして返事した。「そう、出口君は、ここ数年、ミサに来てなかったみたい。ところが、10月の日曜日、出口君、ミサに来ていたの」

 

 

 

 


 ひろ子は身を乗り出し質問した。「そいで、何か言ってた?」さゆりは、上目づかいで首をかしげしばらく考えていた。「う~~、あ、そう、ひろ子のこと・・」ひろ子は、話を急き立てた。「私のこと、何か言ってたの?」ポンと手をたたいたさゆりは、ひろ子を見つめ話し始めた。「ひろ子さん、お正月、帰ってくるかな~、そんなことぽつりと言ってた」ひろ子は、意味が全く飲み込めなかった。「え~、どういうこと。まあ、帰る予定にはしてたけど。出口君とは、お正月に会う約束してないし~~。何よ、それって」さゆりは、あきれた顔でひろ子をにらみつけた。「ちょっと、それって、冷たすぎない。出口君は、ひろ子に会いたいっていってるんじゃない。ほんと、冷酷なんだから」ひろ子は、甲高い声で反論した。「なにが、冷酷よ。出口君は、彼氏じゃないし。付き合ったこと、一度もないし~~」

 

 さゆりは、ひろ子の鈍感なところを指摘し始めた。「まあ、ひろ子はそうだろうけど。出口君の気持ちも少しは察してあげなよ。きっと、中学校の時から、ひろ子のこと、好きだったと思うよ。目を見りゃ、わかんでしょ」ひろ子は、非難されてムカついた。「何よ、それって。出口君は、中学校の時から、女子と口をきいたこともないし、私に、一度も声をかけたことない。一度でも、デートに誘われたんだったら、一寸は、気にかけてもいいかなって思うけど。いつも、ブスッとして、陰気なヤツだったじゃない」さゆりは、ひろ子は男子の気持ちがわからないマジ鈍感な女子と思った。「ひろ子ね~、男子ってのは、好きだから、必ずデートに誘うとは限らないのよ。出口君とは、中学校からの付き合いでしょ。好きかどうかぐらい、雰囲気でわかるものよ。まったく」

 

 ひろ子は、不感症のように言われ頭に血が上った。「どうして、私が悪者になるのよ。出口君とデートする義務があるっていうの?ばっかじゃない」さゆりは、全く女性としてのやさしさがないとあきれ返った。「そういうことを言ってんじゃないの。まったく。もういい。とにかく、出口君は、自殺する前に、お正月に、一目、ひろ子に会いたかったんじゃないかってことよ。すっごく、深刻な顔をしてたんだから」冷静さを取り戻したひろ子は、なんだか自分はバカだったように思えた。なぜ、自殺する前に自分の名前を出したかを考えなかったひろ子は、つくづくと自分がバカに思えた。なんだか自分が嫌になったが、とにかく真相を突き止めるための手掛かりを探さなければと気持ちを切り替えた。

 

 

 

 

 


 ひろ子は疑問を投げかけた。「今、お正月に一目会いたかった、って言ったのよね。でも、死亡したのは、11月じゃない。自殺だったら、ちょっと、へんじゃない。仮によ。出口君が私に一目会って自殺しようと思っていたのであれば、自殺するのは、お正月以降じゃない。ということは・・」さゆりもそのことを言いたかった。「そうなのよ。そこなのよ。絶対へん。もしかして、自殺じゃなくて、殺害された?」ひろ子は、うなずき自殺じゃないように思えた。「確かに、自殺にしては、つじつまが合わない。仮にだけど、お正月に一目会いたかったというのは、自殺を考えていたんじゃなくて、自首する前に、一目会いたかったと考えられない。出口君は、何らかの不正行為に加担させられていて、これ以上、悪行を働きたくないから、自首しようとしたんじゃないかしら」

 

 さゆりは、目を輝かせうなずいた。「なるほど。考えられる。あ、そうか。彼は生真面目な警官じゃない。だから、自首する前に上司に自首することを打ち明けたと思う。ところが・・」ひろ子は、その先を考えた。「つまり、上司に自首を打ち明けたところ、不正を指示していた上司は、自首に反対した。ところが、正義感の強い出口君は、自首するな、という上司の命令に背き、絶対、自首すると言い張った。その結果・・」さゆりは、なんとなくこの憶測が当たっているように思えて、うつむいてしまった。無口で正義感の強い出口君が不憫に思えた。さゆりは、顔を持ち上げさみしそうにつぶやいた。「もし、そうだったら、かわいそすぎる。出口君は、不正をわかっていて、不正をやるような人じゃない。きっと、わからずに不正をやったのよ。それが、偶然、自分のやっている不正に気付いたのよ。だから、自首をすると言い張ったに違いない」

 

 ひろ子も同感だった。正義感の強い出口君が自ら不正をするはずがない。きっと、わからずに上司の命令でやらされていたと思えた。「自殺か?殺害か?はっきりしないけど、何か、出口君は、自分の罪を懺悔するために、何か言い残していると思う」さゆりもそのように思った。お正月にひろ子に会って何か言いたかったように思えた。「思うんだけど、きっと、ひろ子に何か言いたかったのよ。たとえ片思いだったとしても、ひろ子に自分の不正を打ち明けたかったのかもしれない。そして、自首するつもりだったのかも?」そう言われたひろ子は、出口君の気持ちを受け止められなかった自分にも責任があるように思えてしまった。「やはり、自殺だったら、11月に死んだのは、確かに、へんよね。やっぱ、自首するつもりだったのよ。男気のある出口君は、自殺なんかしない。きっと、上司よ。不正をやらせた上司が、口封じのために、出口君をやったのよ。きっとそう。でも、敵をとるには、確固たる証拠がなくては」

 

 


 さゆりも敵を討ちたい気持ちで胸が締め付けられた。「とにかく、手掛かりを探す以外ない。出口君は、家族とかには、不正を打ち明けることはないと思う。唯一打ち明けるとなれば、幼馴染のひろ子だけ。でも、ひろ子に打ち明ける前に死んじゃったか。それじゃ、お手上げなのかな~~」ひろ子も誰にも不正は打ち明けてないように思えた。すべての罪を背負い自首しようとしたに違いない。ただ、不正をしていたとしても、上司の命令による不正であったことは間違いないと思えた。上司といえば、巡査部長、警部補、警部、あたりが考えられた。でも、警察官が不正を働いたと仮定しても、犯人を捕まえるのは、同じ警察官。自分たちは、全くの無力のように思えた。ひろ子は、神様に訴えるようにつぶやいた。「出口君、どうして、死んじゃったの?神様、教えてください」

 

 仮に、出口君が殺害されていたとしても、さゆりも自分たちではどうすることもできないと思えた。でも、出口君の死の真相を突き止めるためにいろいろと調査してあげることは、出口君への供養になるのではないかと思えた。「いいじゃい。ダメもとで。やれるだけのことは、やってあげようよ。何か悩みがあったはずなんだから。悩みを知ってあげるだけでも、出口君の供養になると思う。でも、いったいどこから手を付ければいいか?まさか、警察に聞き込みに行くわけにはいかないし」ひろ子は、注意するように話しかけた。「当然よ。万が一、警察官に殺害されていたのなら、調査しているこちらも、やられちゃうわよ。絶対ダメ。誰か、いないかな~~」

 

 しばらく二人は、首をかしげて考え込んだ。目を丸くしてマジな顔つになったさゆりが話し始めた。「そうね、警察はまずいね。でも、内部犯行だったら、警察内部の情報をとらなければ、意味ないじゃない。そうはいっても、そう簡単にはできっこないし。もしかしたら、彼女だったら・・」ひろ子は、身を乗り出してさゆりを覗き見た。「彼女って、誰?」さゆりは、壁に耳あり障子に目あり、といわんばっかりに周りを見渡し、つぶやくように言った。「後輩の陣内。ほら、お父さんが、南署の刑事だったはず。北署ではないけど、北署の情報は南署にも伝わってるんじゃないかしら。一度当たってみようか?」ひろ子もつぶやくように話し始めた。「う~~、いいような、悪いような。あの生真面目なふゆみか。でも、調査していることが、父親にばれてもまずいし。ちょっとね~~」さゆりがつぶやいた。「私たちが出口君を調査しているってことは、父親には言わないように、くぎを刺せばいいんじゃない。どう?」

 

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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