対馬の闇Ⅱ

 ひろ子は、首をかしげて考え始めた。今回は、さゆりに絞っての聞き込みだったから平日にやってきた。でも、ふゆみは仕事をしているはずだから、平日の聞き込みはまずいような気がした。もし、聞き込みをするにしても土曜日か日曜日でないと無理のように思えた。改めて対馬にやってくるとなれば、再度休暇を申請しなくてはならなくなる。今回も無理を言って休暇を取っているから、12月に再度休暇を取るのは、ちょっとムリっぽい。やはり、来年対馬に引っ越してから腰を据えて調査するのか賢明のように思えた。「そうね、それも悪くないかも。でも、ふゆみの聞き込みは、来年にしよう。対馬に引っ越してからのほうが、いいと思う。ところで、ふゆみは、確か、佐須奈中学の先生だったよね?」さゆりは、即座に返事した。「今は、特別支援学校の先生みたい」

 

 ひろ子は、聞きなれない学校名に質問した。「何、それ?」さゆりが答えた。「障がい者の学校みたいよ。あまりよくわかんないけど」どこにあるのか興味がわいた。「その学校って、どこにあるの?」さゆりが即座に返事した。「対馬高校にあるんだって」ひろ子は、何度かテニスの練習試合で行ったことのある対馬高校を思い出した。「そうなの、ふゆみの聞き込みについては、来年ということで、さゆりはそれまで待ってて。単独行動は絶対ダメ。いい。出口君の事件は、かなりヤバい事件のような気がするから。わかった。約束よ」さゆりもそのことは十分承知していた。「わかった。軽はずみな真似はしない。ひろ子が戻ってくるまで待ってる。必ず、戻ってくるのよ。嘘ついたら、針千本の~ます。約束よ」ひろ子は笑顔でうなずいた。

 

 出口君の徹底調査は来年にすると決めたひろ子は、明日、火曜日の予定を考えた。なぜだか、母校の上対馬高校に行くと何か手掛かりがつかめるような予感がした。「さゆり、明日、テニス部を見学してみようか?まだいるかな~~、オカマ鮎太郎監督」さゆりが笑顔で返事した。「いるんじゃない。後輩たち、頑張ってるみたいよ。今年も、県大会に行ったみたい」ひろ子は、ワクワクしてきた。「よっしゃ~~、いっちょ、鍛えてやるか」さゆりが血相を変えて話し始めた。「何、バカ言ってるの。私たちは、おば~ちゃんじゃない。テニスなんかやったら、骨折しちゃうわよ。バカなこと言わないでよ」ひろ子がケラケラ笑いながら返事した。「冗談よ。ちょっと、監督に挨拶するだけよ。それと、担任の武田先生は、今でもいるかな~~」四角い顔を思い浮かべたさゆりは、返事した。「いるんじゃない。どうして?」

 


 ひろ子は、出口君が会いたい人といえば担任の武田先生しかいないように思えていたからだ。「いやね、出口君が会いたい人を考えてみたのよ。出口君が自首しようとしたのならば、その前に会いたい人って、武田先生のような気がするの。ほら、出口君は、野球部だったし、武田先生は、野球部の監督でしょ。直感なんだけど」さゆりは、母校のことまでは気が回らなかった。一度うなずいたさゆりは返事した。「なるほど。それは言えてる。そうよね。一番信頼していたのは、監督の武田先生だと思う。明日、行ってみよう」二人は、明日、上対馬高校に行くことにした。ひろ子が、さゆりの予定を確認した。「さゆりは、仕事でしょ。大丈夫?」さゆりが笑顔で返事した。「仕事は早めに切り上げる。大丈夫。部活が始まる頃に到着すればいいから、ここを4時頃出ればいいんじゃない。車で飛ばせば10分もあればつくから」

 

 ひろ子は、まだ、出口君にお線香をあげてないことに気づき出口君の実家に訪問してみることにした。「さゆりは、出口君の葬儀に出たと思うんだけど、私は、まだ、お線香をあげてない。明日の午前中に出口君の実家に行ってみる」さゆりが即座に返事した。「行っても、だれもいないと思う。お母さんは、立場崎近くの特別養護老人ホームのヘルパーの仕事をしてるのよ」ひろ子は、午後だと在宅しているのではないかと思い、明日の夕方に行くことにした。「そいじゃ、明日は、どこへ行こうかな~~ 」さゆりが思い付いたように返事した。「異国の見える丘展望台に行ってみたら。ほら、出口君、あそこ大好きだったでしょ。何か、ひらめくかも?」確か、高校2年生の夏休み、テニス部員数名でそこに遊びに行った時、偶然、野球部員がいた。そこにいた出口君が”あそこに、戦艦大和がいるぞ”とか言ってみんなを笑わせたのを思い出した。

 

 一刻も早く出口君に線香をあげたい気持ちでいっぱいだったが、まず、異国の見える丘展望台に行ってみることにした。「マジ、何かひらめくかもしれない。とにかく、地道にやるしかない。よっしゃ~、行ってみるか」そこに行くと聞いてさゆりが提案した。「あのさ、そこに行くんだったら、ちょっと、お母さんのところに寄ってみたら。非番ってこともあるし。今は、比田勝から引っ越しされて、国道沿いの大地団地。そこの国道側の棟の102号室」ひろ子は、おそらく職場に近いところに引っ越されたと思った。「へ~~、あそこか。わかった。ちょっと、寄ってみる」さゆりは、ひろ子と話ができただけで満足だった。来年からは、たびたび話ができると思うと気分が安らいできた。二人は、たわいもない学生時代の話に盛り上がり、深夜までガールズトークを続けた。

 

 


              効き込み

 

 翌日、午前9時に民宿みふねを出立したひろ子は、県道182号線を南下し、国道382号線に入るとさらに南下した。対馬北署を左手に見て通り過ぎると右手に大地団地が見えた。車を団地内に乗り入れ、通行の邪魔にならないように空き地に止めた。102号室はすぐにわかった。とりあえず、インターホンを押してみた。「ごめんください。いらっしゃいますか?」即座に、部屋の中から返事があった。「は~~い。ちょっと待ってください。今、開けます」ドタドタとかけてくる音が響くとドアが開いた。スッピンでやつれた顔の母親は、きょとんとした顔で尋ねた。「どなた様ですか?」姿勢を正したひろ子は、丁寧に挨拶した。「出口君の幼馴染のひろ子と申します。お線香をあげさせてもらってもいいでしょうか?」「どうぞ」と返事すると表情を崩した母親は、小さな仏壇がある和室の一室に案内した。

 

 ひろ子は、夕方の訪問のために御香典と菓子折りを準備していた。備えあれば憂いなし、と心でつぶやき神妙な顔で御香典と菓子折りを仏前に置いた。お線香をあげるとしばらく手を合わせてご冥福を祈った。この機会を逃してはもったいないと母親に聞き込みを開始した。「出口君とは、幼馴染なんです。こんなことになるなんて、信じられません。やはり、ニュースで言ってたように事故なんでしょうか?」母親は、自殺かもしれないと思ったが、うなずいた。「おそらく、事故でしょう。警察が言うんですから」何かやるせない表情の母親を見てると何か訴えたいのではないかと思えた。「そうですね。でも、出口君が事故で亡くなるなんて、信じられません。私は、何か、事件に巻き込まれたんじゃないかと思ってるんです」

 

 母親は、顔を持ち上げると鋭い目つきで話し始めた。「娘が言うには、殺されたっていうんです。私も、あの子が、事故でなくなるなんて、考えられません。もしかしたら・・」ひろ子も娘さんと同じ考えだったが、軽はずみな言葉は慎んだ。「そうであれば、一刻も早く犯人が捕まるといいんですが。でも、今のところは、全く、何の手掛かりもありません。本当に、かわいそうです。お母さん、気を落とさないでください。私にできることがあれば、何でもおっしゃってください。さあ、涙を拭いてください」ひろ子は、ハンカチを母親に差し出した。母親は、涙をふくと堰を切ったように話し始めた。「10月の終わり頃、あの子から電話があったんです。”もう、ダメだ。俺は、大変なことをやらかしてしまった。ごめん、かあちゃん”そう言って、電話の向こうで嗚咽(おえつ)が聞こえました」

 


 

 ひろ子は、母親を覗き見た。「え、大変なこと、って言ったんですね」出口君は、何かの不正にかかわっていたと考えて間違いなさそうに思えた。母親は、うなずき話を続けた。「交通事故でも起こしたのか?って聞いたんですが、黙ったまま、すぐに電話を切ってしまいました。心配になって、こちらから電話したんですが、何度かけても出ませんでした」貴重な情報だと思ったひろ子は、母親に質問した。「この話は、警察になされましたか?」母親は、うつむいたまま顔を左右に振った。「なぜですか?」母親は、しばらく黙っていたが、申し訳なさそうに話し始めた。「話せば、自殺と判断されると思ったからです。でも、あの子は、自分の過ちを償うために、自殺するような卑怯者ではありません。自殺なんて・・」

 

 ひろ子も同感だった。警察にその話をすれば、自責の念からの自殺と断定し、そのことがニュースで報道され、捜査は打ち切られたに違いない。「お母さん、私も正義感が強く男気のある出口君が自殺するとは思いません。私は、出口君を信じます。ところで、遺品の中に、日記か愛読書はありませんでしたか?」母親は、しばらく考えていたようだったが、かぶりを振った。「日記はありませんでした。あの子が読む本といえば、車の本だけです。その本であれば、あそこにあります。部屋の隅に段ボール箱があった。一瞬、本の間にメモがあるように思えたが、おそらく、警察はすべての本をチェックしていると思えた。でも、念のためにすべての本をチェックしようと思った。「お母さん、あの本、見させてもらってもいいですか?50冊以上はあるようなので、一寸お借りしていいですか?」

 

 母親は元気のない表情でうなずいた。「どうぞ」万が一、警察の犯行であれば、徹底的にチェックし、問題ないと思えたものを遺品として母親に渡しているはず。でも、警察の見落としもあり得ないわけではない。「今のところ、死因は、皆目見当がつきません。殺害の可能性があるかもしれませんが、娘さんには、無茶はしないように、とお伝えください」魂が抜けてしまったような表情の母親は、小さくうなずいた。母親が思い出したように話し始めた。「あの子が、警官に採用されたとき、すごく喜んでいました。よかったね、って言ったら、卒業写真の女子を指さして、この子も警官になったんだ、って言って、ニコニコしていました。あの時のこの子、ってあなただったんですね」

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
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