対馬の闇Ⅱ

 ひろ子は身を乗り出し質問した。「そいで、何か言ってた?」さゆりは、上目づかいで首をかしげしばらく考えていた。「う~~、あ、そう、ひろ子のこと・・」ひろ子は、話を急き立てた。「私のこと、何か言ってたの?」ポンと手をたたいたさゆりは、ひろ子を見つめ話し始めた。「ひろ子さん、お正月、帰ってくるかな~、そんなことぽつりと言ってた」ひろ子は、意味が全く飲み込めなかった。「え~、どういうこと。まあ、帰る予定にはしてたけど。出口君とは、お正月に会う約束してないし~~。何よ、それって」さゆりは、あきれた顔でひろ子をにらみつけた。「ちょっと、それって、冷たすぎない。出口君は、ひろ子に会いたいっていってるんじゃない。ほんと、冷酷なんだから」ひろ子は、甲高い声で反論した。「なにが、冷酷よ。出口君は、彼氏じゃないし。付き合ったこと、一度もないし~~」

 

 さゆりは、ひろ子の鈍感なところを指摘し始めた。「まあ、ひろ子はそうだろうけど。出口君の気持ちも少しは察してあげなよ。きっと、中学校の時から、ひろ子のこと、好きだったと思うよ。目を見りゃ、わかんでしょ」ひろ子は、非難されてムカついた。「何よ、それって。出口君は、中学校の時から、女子と口をきいたこともないし、私に、一度も声をかけたことない。一度でも、デートに誘われたんだったら、一寸は、気にかけてもいいかなって思うけど。いつも、ブスッとして、陰気なヤツだったじゃない」さゆりは、ひろ子は男子の気持ちがわからないマジ鈍感な女子と思った。「ひろ子ね~、男子ってのは、好きだから、必ずデートに誘うとは限らないのよ。出口君とは、中学校からの付き合いでしょ。好きかどうかぐらい、雰囲気でわかるものよ。まったく」

 

 ひろ子は、不感症のように言われ頭に血が上った。「どうして、私が悪者になるのよ。出口君とデートする義務があるっていうの?ばっかじゃない」さゆりは、全く女性としてのやさしさがないとあきれ返った。「そういうことを言ってんじゃないの。まったく。もういい。とにかく、出口君は、自殺する前に、お正月に、一目、ひろ子に会いたかったんじゃないかってことよ。すっごく、深刻な顔をしてたんだから」冷静さを取り戻したひろ子は、なんだか自分はバカだったように思えた。なぜ、自殺する前に自分の名前を出したかを考えなかったひろ子は、つくづくと自分がバカに思えた。なんだか自分が嫌になったが、とにかく真相を突き止めるための手掛かりを探さなければと気持ちを切り替えた。

 

 

 

 

 


 ひろ子は疑問を投げかけた。「今、お正月に一目会いたかった、って言ったのよね。でも、死亡したのは、11月じゃない。自殺だったら、ちょっと、へんじゃない。仮によ。出口君が私に一目会って自殺しようと思っていたのであれば、自殺するのは、お正月以降じゃない。ということは・・」さゆりもそのことを言いたかった。「そうなのよ。そこなのよ。絶対へん。もしかして、自殺じゃなくて、殺害された?」ひろ子は、うなずき自殺じゃないように思えた。「確かに、自殺にしては、つじつまが合わない。仮にだけど、お正月に一目会いたかったというのは、自殺を考えていたんじゃなくて、自首する前に、一目会いたかったと考えられない。出口君は、何らかの不正行為に加担させられていて、これ以上、悪行を働きたくないから、自首しようとしたんじゃないかしら」

 

 さゆりは、目を輝かせうなずいた。「なるほど。考えられる。あ、そうか。彼は生真面目な警官じゃない。だから、自首する前に上司に自首することを打ち明けたと思う。ところが・・」ひろ子は、その先を考えた。「つまり、上司に自首を打ち明けたところ、不正を指示していた上司は、自首に反対した。ところが、正義感の強い出口君は、自首するな、という上司の命令に背き、絶対、自首すると言い張った。その結果・・」さゆりは、なんとなくこの憶測が当たっているように思えて、うつむいてしまった。無口で正義感の強い出口君が不憫に思えた。さゆりは、顔を持ち上げさみしそうにつぶやいた。「もし、そうだったら、かわいそすぎる。出口君は、不正をわかっていて、不正をやるような人じゃない。きっと、わからずに不正をやったのよ。それが、偶然、自分のやっている不正に気付いたのよ。だから、自首をすると言い張ったに違いない」

 

 ひろ子も同感だった。正義感の強い出口君が自ら不正をするはずがない。きっと、わからずに上司の命令でやらされていたと思えた。「自殺か?殺害か?はっきりしないけど、何か、出口君は、自分の罪を懺悔するために、何か言い残していると思う」さゆりもそのように思った。お正月にひろ子に会って何か言いたかったように思えた。「思うんだけど、きっと、ひろ子に何か言いたかったのよ。たとえ片思いだったとしても、ひろ子に自分の不正を打ち明けたかったのかもしれない。そして、自首するつもりだったのかも?」そう言われたひろ子は、出口君の気持ちを受け止められなかった自分にも責任があるように思えてしまった。「やはり、自殺だったら、11月に死んだのは、確かに、へんよね。やっぱ、自首するつもりだったのよ。男気のある出口君は、自殺なんかしない。きっと、上司よ。不正をやらせた上司が、口封じのために、出口君をやったのよ。きっとそう。でも、敵をとるには、確固たる証拠がなくては」

 

 


 さゆりも敵を討ちたい気持ちで胸が締め付けられた。「とにかく、手掛かりを探す以外ない。出口君は、家族とかには、不正を打ち明けることはないと思う。唯一打ち明けるとなれば、幼馴染のひろ子だけ。でも、ひろ子に打ち明ける前に死んじゃったか。それじゃ、お手上げなのかな~~」ひろ子も誰にも不正は打ち明けてないように思えた。すべての罪を背負い自首しようとしたに違いない。ただ、不正をしていたとしても、上司の命令による不正であったことは間違いないと思えた。上司といえば、巡査部長、警部補、警部、あたりが考えられた。でも、警察官が不正を働いたと仮定しても、犯人を捕まえるのは、同じ警察官。自分たちは、全くの無力のように思えた。ひろ子は、神様に訴えるようにつぶやいた。「出口君、どうして、死んじゃったの?神様、教えてください」

 

 仮に、出口君が殺害されていたとしても、さゆりも自分たちではどうすることもできないと思えた。でも、出口君の死の真相を突き止めるためにいろいろと調査してあげることは、出口君への供養になるのではないかと思えた。「いいじゃい。ダメもとで。やれるだけのことは、やってあげようよ。何か悩みがあったはずなんだから。悩みを知ってあげるだけでも、出口君の供養になると思う。でも、いったいどこから手を付ければいいか?まさか、警察に聞き込みに行くわけにはいかないし」ひろ子は、注意するように話しかけた。「当然よ。万が一、警察官に殺害されていたのなら、調査しているこちらも、やられちゃうわよ。絶対ダメ。誰か、いないかな~~」

 

 しばらく二人は、首をかしげて考え込んだ。目を丸くしてマジな顔つになったさゆりが話し始めた。「そうね、警察はまずいね。でも、内部犯行だったら、警察内部の情報をとらなければ、意味ないじゃない。そうはいっても、そう簡単にはできっこないし。もしかしたら、彼女だったら・・」ひろ子は、身を乗り出してさゆりを覗き見た。「彼女って、誰?」さゆりは、壁に耳あり障子に目あり、といわんばっかりに周りを見渡し、つぶやくように言った。「後輩の陣内。ほら、お父さんが、南署の刑事だったはず。北署ではないけど、北署の情報は南署にも伝わってるんじゃないかしら。一度当たってみようか?」ひろ子もつぶやくように話し始めた。「う~~、いいような、悪いような。あの生真面目なふゆみか。でも、調査していることが、父親にばれてもまずいし。ちょっとね~~」さゆりがつぶやいた。「私たちが出口君を調査しているってことは、父親には言わないように、くぎを刺せばいいんじゃない。どう?」

 

 

 

 

 


 ひろ子は、首をかしげて考え始めた。今回は、さゆりに絞っての聞き込みだったから平日にやってきた。でも、ふゆみは仕事をしているはずだから、平日の聞き込みはまずいような気がした。もし、聞き込みをするにしても土曜日か日曜日でないと無理のように思えた。改めて対馬にやってくるとなれば、再度休暇を申請しなくてはならなくなる。今回も無理を言って休暇を取っているから、12月に再度休暇を取るのは、ちょっとムリっぽい。やはり、来年対馬に引っ越してから腰を据えて調査するのか賢明のように思えた。「そうね、それも悪くないかも。でも、ふゆみの聞き込みは、来年にしよう。対馬に引っ越してからのほうが、いいと思う。ところで、ふゆみは、確か、佐須奈中学の先生だったよね?」さゆりは、即座に返事した。「今は、特別支援学校の先生みたい」

 

 ひろ子は、聞きなれない学校名に質問した。「何、それ?」さゆりが答えた。「障がい者の学校みたいよ。あまりよくわかんないけど」どこにあるのか興味がわいた。「その学校って、どこにあるの?」さゆりが即座に返事した。「対馬高校にあるんだって」ひろ子は、何度かテニスの練習試合で行ったことのある対馬高校を思い出した。「そうなの、ふゆみの聞き込みについては、来年ということで、さゆりはそれまで待ってて。単独行動は絶対ダメ。いい。出口君の事件は、かなりヤバい事件のような気がするから。わかった。約束よ」さゆりもそのことは十分承知していた。「わかった。軽はずみな真似はしない。ひろ子が戻ってくるまで待ってる。必ず、戻ってくるのよ。嘘ついたら、針千本の~ます。約束よ」ひろ子は笑顔でうなずいた。

 

 出口君の徹底調査は来年にすると決めたひろ子は、明日、火曜日の予定を考えた。なぜだか、母校の上対馬高校に行くと何か手掛かりがつかめるような予感がした。「さゆり、明日、テニス部を見学してみようか?まだいるかな~~、オカマ鮎太郎監督」さゆりが笑顔で返事した。「いるんじゃない。後輩たち、頑張ってるみたいよ。今年も、県大会に行ったみたい」ひろ子は、ワクワクしてきた。「よっしゃ~~、いっちょ、鍛えてやるか」さゆりが血相を変えて話し始めた。「何、バカ言ってるの。私たちは、おば~ちゃんじゃない。テニスなんかやったら、骨折しちゃうわよ。バカなこと言わないでよ」ひろ子がケラケラ笑いながら返事した。「冗談よ。ちょっと、監督に挨拶するだけよ。それと、担任の武田先生は、今でもいるかな~~」四角い顔を思い浮かべたさゆりは、返事した。「いるんじゃない。どうして?」

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
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