対馬の闇Ⅱ

 うなずいたひろ子は、気まずそうに話し始めた。「そうなの。でも、民宿って、赤字じゃないんでしょ。ご主人、車だって、レクサスに乗ってるじゃない。後、二人ぐらい育てられるわよ」さゆりは、うつむいてしまった。これ以上話を続けたくなくなってしまった。ひろ子は、もしかしたら、借金が膨らみ民宿が危ないのかもしれないと不安になってきた。「やっぱ、民宿、うまくいってないの?困ったわね。お金のことは、私にはどうにもできないし」さゆりは、ゆっくり顔を持ち上げ弁解するように話し始めた。「違うの。そうじゃないの。民宿は、もうかってるの。あと二人ぐらい、全く、問題ないのよ。でも、やる気がないのよ。ダメなヤツ。あ~~もう、絶望」絶望と聞いてますます心配になってしまった。「そう、悲観しないでよ。ご主人は、子供が嫌いなの?さっき、子煩悩といってたじゃない」

 

 さゆりは、今にも息が絶えるようなかすかな声で話し始めた。「そのはずなんだけど。まったく、ダメ。なぜだか、わかんないのよ。私のほうが知りたいわよ」ひろ子は、何と言って返事していいかわからなくなった。金銭的な問題でなければ、後は何があるのか?ご主人は、まだ33歳のはず。元気だし、バリバリ働ける。それなのに、なぜ?まさか、勃起不全?「ねえ、ご主人は、どこか具合が悪いんじゃない?病気かもよ?」さゆりは病気といわれてもピンとこなかった。父と一緒に漁にも行くし、元気に働いていたからだ。これといって病気の様子は全く見受けられなかった。「病気?毎日、元気に働いてるわよ。酒の飲みすぎなのよ。だから、あっちができないのよ。あの、バカ」お酒と聞いてちょっと雑誌の記事を思い出した。「そんなに浴びるようにお酒を飲むようになったのは、いつから?」

 

 さゆりは、しばらく考えていた。「そうね~~、1年前からだったような、そうでないような。結婚したころは、そんなに飲んでなかったのよ。僕は、弱いほうなんだ、とか言ってたのに。何よ、嘘つき」やっぱ、アレだとひろ子は直感した。「もしかしたら、アレかも。若年性のアレよ」さゆりは、さっぱりわからなかった。「アレって何よ。わかるように話してよ。まさか、ガンってこと?」ひろ子は、さゆりを覗き込むようにして話し始めた。「落ち着いて聞くのよ。取り乱しちゃだめよ、いい。あのね、アレって、ほら、男がダメになるってやつ。以前、雑誌で読んだことがあるのよ。若くても、タタなくなるってことがあるって。原因は、精神的なも、もしくは糖尿病、とか書いてあったような」さゆりが身をただしてうなずいた。「なるほど。そうかも?だから、酔っ払って、ごまかしているのかもね」

 

 

 

 


 これは一大事件だと思ったひろ子は、さゆりに対策案を提案した。「これは、ほっといたら、大変なことになるわよ。まずは、身体検査をして糖尿病かどうかを調べることね。糖尿病でなかったら、精神的なものだから、スポーツをしたり、家族でピクニックに出かけたり、ストレスの発散をすることね。それより、何といっても、大切なことは、セックスアピールね。ガンバ、さゆり」セックスアピールと聞いて、愕然とした。最も苦手なことだったからだ。「ちょっと、そのセックスアピールって何よ。母親なのよ。色摩みたいなことはできないわよ」ひろ子は、クリスチャン夫婦であることに問題があるような気がしてきた。そもそもカトリックは、禁欲的な宗教。ご主人は敬虔なクリスチャン。ならば、カトリックが勃起不全の原因かもしれない。治療は、困難なように思えてきた。

 

 ひろ子は、ご主人は外見よりも禁欲的だったのかもしれないと思った。さゆりもそうなのかもしれない。ならば、さゆりが開放的にならなければ、ご主人の勃起不全は治らないように思えた。「さゆり、もっと柔軟な発想をしないと。別に色摩じゃないわよ。女の色気って、やつよ。ベッドで色っぽい声を出すとか。なまめかしいしぐさをするとか。そういうことよ」さゆりは全身に虫ずが走った。「何よ、気持ち悪い。いやよ」これは、さゆりの気持ちを変えなければ、ご主人はアルコール依存症、博打依存症に陥ってしまうんじゃないかと不安になった。「さゆり、そう固く考えないで。男ってのは、女の色気を喜ぶんだから。男を興奮させるのも、女の役目じゃない。もっと、パッパラパ~になって。さゆり」

 

 さゆりは、パッパラパ~になれと言われ気絶しそうになった。同じクリスチャンの言う言葉かと耳を疑った。女性は、節操が一番大切と信じているさゆりは、文句を言った。「もういい。ひろ子に相談したのが間違いだった。今までの話は、神様には聞こえていないでしょうね。あ~~なんとみだらな会話なこと。神様、淫乱のひろ子をお許しください」さゆりは、十字を切って、神に祈った。ひろ子は、あきれ返ってしまった。これは、かなりの重症と思った。これじゃ、ご主人は勃起不全になるはずと納得した。さゆりの性格を攻撃しても逆効果になると判断したひろ子は、話を変えることにした。「悪かったわ。要は、気分転換よ。家族でピクニックに行くとか、カラオケに行くとか、泳ぎに行くとか。そう、家族でテニスでもやればいいじゃない」

 


 うなずいたさゆりは、最近の生活を考えてみた。子供が生まれて子供にかかりっきりで、主人との会話もなくなっているように思えた。民宿が忙しく、家族で旅行にもいってない。主人も私も、毎日仕事。子供は、母親任せ。これで家族なの?なんだか、主人が遠い人のように思えてきた。「ひろ子、私、何か、間違っているような気がする。主人が、酒浸りになったのは、私に原因があるんだわ。どうすればいい。あ~~悲しくなってきた」確かに一つには、さゆりの性格が原因かもしれないと思ったが、これは、夫婦のどちらにも原因があるように思えた。「さゆり、以前より、暗くなったような気がする。子供の世話におわれ、仕事につかれて、周りに話し相手もいなくて、気がめいっているんじゃない?」さゆりは、うなずいた。「主人に愚痴はこぼせないし、相談に乗ってくれる友達はいないし。ひろ子が、対馬から逃げ出すからよ」

 

 対馬を逃げ出した点を突かれると返す言葉がなかった。事実、この韓国に占領されたような対馬から逃げ出したかった。現に、毎年、若者が対馬から逃げ出している。このままいけば、老人だけになってしまうような気がした。「そう、責めないでよ。対馬には、若者に未来はないじゃない。だから・・。そう、話は変わるけど、事情があって、来年は対馬に戻ることになったの。その時は、よろしく」さゆりは、自分の耳を疑った。対馬に戻ってくる。対馬を嫌っているひろ子が。「今の、マジ。本当に、来年は、対馬に戻ってくるの。いつから」ひろ子は事情は話せなかったが、明るい声で返事した。「予定では、年明け早々に、戻ってくる」さゆりは、突然、立ち上がると両手をあげてジャンプした。「やった~、ひろ子が戻ってくる。マジよね。嘘じゃないよね」

 

 さゆりの喜びようは、テニスの県大会でベストエイトで勝った時と同じ様だった。ひろ子は、さゆりの心に何が起きたのだろうと目を丸くした。発狂したかのようなさゆりに声をかけた。「ちょっと、落ち着きなさいよ。肝心な話があるんだから。ほら、出口君の話」出口君と聞いたさゆりは、突然動きを止めた。静かに腰を下ろし、ひろ子を見つめた。「そうよ。出口君よ。絶対、おかしいわよ。崖から落っこちたっていうの?まったく、信じらんない」ひろ子もうなずき質問した。「出口君の服装は、私服だったような?」さゆりはニュースを思い出しながら答えた。「うん、私服だった。やっぱ、転落事故かな~、それとも自殺?」ひろ子も、もしかしたら、自殺かもと思った。「さゆり、出口君とはミサで会わなかったの?」突然、さゆりは、目を丸くして返事した。「そう、出口君は、ここ数年、ミサに来てなかったみたい。ところが、10月の日曜日、出口君、ミサに来ていたの」

 

 

 

 


 ひろ子は身を乗り出し質問した。「そいで、何か言ってた?」さゆりは、上目づかいで首をかしげしばらく考えていた。「う~~、あ、そう、ひろ子のこと・・」ひろ子は、話を急き立てた。「私のこと、何か言ってたの?」ポンと手をたたいたさゆりは、ひろ子を見つめ話し始めた。「ひろ子さん、お正月、帰ってくるかな~、そんなことぽつりと言ってた」ひろ子は、意味が全く飲み込めなかった。「え~、どういうこと。まあ、帰る予定にはしてたけど。出口君とは、お正月に会う約束してないし~~。何よ、それって」さゆりは、あきれた顔でひろ子をにらみつけた。「ちょっと、それって、冷たすぎない。出口君は、ひろ子に会いたいっていってるんじゃない。ほんと、冷酷なんだから」ひろ子は、甲高い声で反論した。「なにが、冷酷よ。出口君は、彼氏じゃないし。付き合ったこと、一度もないし~~」

 

 さゆりは、ひろ子の鈍感なところを指摘し始めた。「まあ、ひろ子はそうだろうけど。出口君の気持ちも少しは察してあげなよ。きっと、中学校の時から、ひろ子のこと、好きだったと思うよ。目を見りゃ、わかんでしょ」ひろ子は、非難されてムカついた。「何よ、それって。出口君は、中学校の時から、女子と口をきいたこともないし、私に、一度も声をかけたことない。一度でも、デートに誘われたんだったら、一寸は、気にかけてもいいかなって思うけど。いつも、ブスッとして、陰気なヤツだったじゃない」さゆりは、ひろ子は男子の気持ちがわからないマジ鈍感な女子と思った。「ひろ子ね~、男子ってのは、好きだから、必ずデートに誘うとは限らないのよ。出口君とは、中学校からの付き合いでしょ。好きかどうかぐらい、雰囲気でわかるものよ。まったく」

 

 ひろ子は、不感症のように言われ頭に血が上った。「どうして、私が悪者になるのよ。出口君とデートする義務があるっていうの?ばっかじゃない」さゆりは、全く女性としてのやさしさがないとあきれ返った。「そういうことを言ってんじゃないの。まったく。もういい。とにかく、出口君は、自殺する前に、お正月に、一目、ひろ子に会いたかったんじゃないかってことよ。すっごく、深刻な顔をしてたんだから」冷静さを取り戻したひろ子は、なんだか自分はバカだったように思えた。なぜ、自殺する前に自分の名前を出したかを考えなかったひろ子は、つくづくと自分がバカに思えた。なんだか自分が嫌になったが、とにかく真相を突き止めるための手掛かりを探さなければと気持ちを切り替えた。

 

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
0
  • 0円
  • ダウンロード

7 / 29

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント