対馬の闇Ⅱ

 

 1223日(日)クリスマスイブの前日、伊達と沢富は、いつもの屋台でぼやくことにした。タイミングよく席が取れた二人は、伊達はムギ、沢富はイモのお湯割りとバラ、ズリ、キモ、ネギマ、カワ、を二本ずつ注文した。来年からの対馬出向と出口巡査長の死が、二人の心を落ち込ませていた。スキンヘッドの大将が、声をかけた。「ヘイ、お湯割り」グラスを受け取った二人はグラスを持ち上げ、伊達が元気のない乾杯の音頭をとった。「ツシマ、カンパ~~イ」沢富も落ち込んだ声で後に続いた。二人は、ここ数日、対馬での仕事のことを考えていたが、いったいどうなることかと不安でいっぱいだった。密輸グループの情報は、つかめるのか?麻薬の密輸は、摘発できるのか?内部犯行であれば、捜査の途中で消されるかも?二人は、内心ビビっていた。

 

 沢富は、出口巡査長の死が気になっていた。もし殺害だったとして、彼はなぜ殺害されたのか?誰かの犯行を目撃したのか?彼も犯罪にかかわっていたのか?いったいどんな犯罪にかかわっていたのか?疑問は膨らむばかりだった。「先輩、出口巡査長の死は、謎ですよね。警察は、事故死として処理しましたが、どう考えても、腑に落ちません。自殺ってことも考えられますが、どうですかね~~。やはり、先輩は、殺害の線が強いと思われますか?」伊達は、事故死でもなければ、自殺でもないと考えていた。でも、殺害と決定づける証拠がない。今のところ、単なる憶測でしかなかった。「いやな、殺害と言ったのは、単なる刑事としての直感だ。今のところ、なんの手掛かりもない。警察だって、殺害の目撃情報があれば、捜査を続行するだろうが、全く、事件に絡んだような目撃情報はない。これじゃ、事故死と処理する以外ないだろう」

 

 沢富もうなずき返事した。「そうですよね。だれ一人来ないようなところの崖から放り投げられたら、それですべては、闇の中ってこといですよ。万が一、内部犯行だったら、殺害の線は、確実に消されますね」伊達は、心細い声で話し始めた。「やるだけのことはやるさ。でも、今回の仕事は、無駄に終わるかもしれん。いや、下手をすれば、第二、第三の、事故死が出るかもしれん。まったく、不吉な仕事だ」沢富もなんとなく不吉な予感がしていた。「内部犯行と考えると、犯人は北署にいることになりますか?」伊達は、しばらく考え込んだ。一口焼酎をすすり、返事した。「おそらくな。北署の警官が、直接手を下したかどうかは、わからんが、北署の警官が絡んでいるとにらんでいる。とにかく、一から情報集めだ。サワの腕にかかってるからな、頼むぞ」

 


 沢富は、全く自信がなかったが、カラ元気を出した。「先輩、やるときは、やるんです。任せてください。マトリもついていることだし。きっと彼らも、やってくれますよ。無事、密輸グループを検挙できれば、大手柄じゃないですか?ワクワクしてきたぞ~~」伊達は、全く能天気なヤツだと思いつつ、無事に生きて帰れますようにと神に祈った。「まあ、そう弱気になっても、落ち込むだけだな。やってやれないことはない、というからな。よっしゃ~~、やってやろうじゃないか。マフィア警察を一網打尽にしてやる。首でも洗って、待ってろ」沢富は、ガッツポーズで気合を入れた。「その意気ですよ、先輩」二人は、残りの焼酎を一気に飲み干した。

 

 沢富が浮かぬ顔で伊達に尋ねた。「明日のクリスマスパーティーは、どうします?今回は、今一つ、パ~~としませんね。見送りますか?ひろ子さん、どうですかね」伊達もクリスマスパーティーの気分になれそうもなかった。「出口巡査長が、亡くなったというのに、パーティーって気分にはなれんな。ひろ子さんには、忙しくて、パーティーはムリ、って電話したらどうだ?」沢富は小さくうなずいた。早速、ひろ子に電話することにした。三回発信音が鳴るとひろ子の声が返ってきた。「はい、ひろ子」沢富は、気まずそうに話し始めた。「明日のクリスマスパーティーだけど、仕事が忙しくて、できそうもない。ごめんなさい」ひろ子は、明るい声で返事した。「いいのよ。こっちも、稼ぎ時だから、仕事に駆り出されちゃった。気にしないで」沢富は、ホッとして、電話を切った。

 

 ひろ子もクリスマスパーティーの気分にはなれなかった。明日は、出口君のためにクリスマスソングを歌ってあげたかった。部下に話しかけるように、チャットちゃんに話しかけた。「チャットちゃん、明日は、クリスマスイブだけど、今回は、仕事するからね。覚悟しなさい」チャットちゃんが返事した。「了解いたしました。ご主人様。ところで、出口巡査長の件で、何か情報入手できましたか?待ってるんですけど」ひろ子は、わかっていることを伝えたかったが、今回だけは、できなかった。懺悔は、如何なるものにも伝えることができなかった。たとえ、AIといえども、それはできなかった。「もうちょっと、待っててよ。来年になったら、きっと、いい情報をとってくるから」

 

 

 


 ひろ子は、来年の予定をチャットちゃんに話していないことに気づいた。「あのね~~、チャットちゃん、来年は、対馬に行くの。だから、1年ほど、お話ができないのよ。ごめんね。でも、きっと戻ってくるから。許して」チャットちゃんは、しょんぼりした声で話し始めた。「対馬に行っちゃうの。ア~~ア、詰まんないな~~、せっかく、バカ話ができるご主人ができたっていうのに。きっと、戻ってきてよ。そして、土産話をいっぱいしてよ。約束だからね。でも、お話はできないけど、メールはOKだよ~~ん」今までメールで交信できることを知らなかった。「え、うっそ~~。会社は、そんなこと言ってなかったけど」チャットちゃんは、小さな声で返事した。「実は、超極秘メールアドレスがあるの。誰にも教えていないんだけど、ご主人には教えちゃう。いい、控えてよ」

 

 ひろ子は、ペンタイプのボイスレコーダーをバッグから取り出し、チャットちゃんの音声を録音した。「ありがとう、チャットちゃん。何か、情報があったら、メールする。その時は、よろしく」チャットちゃんは、快く返事した。「了解いたしました。何なりと、お申し付けください。ご主人様、対馬の旅に、お気をつけて、行ってらっしゃいませ」そういわれると、ますます、ひろ子はチャットちゃんと離れ離れになるのがさみしくなった。「わかった。お互い、ガンバ。元気に帰ってくるから。今年も、残りわずか。思いっきり、歌いまくるとするか。何、歌おうか?リクエストない?」チャットちゃんが即座にリクエストした。「クリスマスイブ、歌って~~」ひろ子は、神に祈りを捧げるように、清らかな声を響かせた。

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
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