対馬の闇Ⅱ

 このような悪行を11回も繰り返しておきながら、弁解がましいことを言うようですが、自分が運び屋をやっていることを知ったのは、平成30年の10月に車を運んだ時だったのです。というのは、博多港にやってくる整備士の運び屋は、ギンジというのですが、なぜか、平成30年の10月に限って、彼の代わりにケイスケという若者がやってきました。僕は、車が好きで、メカのことにも興味がありました。そこで、ケイスケに、一緒について行ってもいいかな~、と何気に、聞いてみました。すると、即座に、いいよ、って言ったのです。今日は、ついてると思い、素早く助手席に滑り込みました。ケイスケは、平然とした顔で車を走らせました。車は中洲方面に10分ほど走るとかなり古びた小さな整備工場に到着しました。

 

 整備工場の中に車が運び込まれると整備の邪魔にならないようにと少し離れたところから作業を見学しました。僕は、整備というからエンジン関係かと思っていましたが、彼は助手席のドアの内側のカバーを取り外し始めました。カバーを取り外すとそこには白い袋がありました。僕は目を疑いました。あれは、いったい何だ?と思った時、一瞬、声が出そうになりました。でも、必死に、声を抑えました。ギンジの代わりのケイスケは、僕が麻薬を運んでいることを知っている、と勘違いしていたのです。当然、僕は麻薬がドアの内側に隠されていることなど知りません。上司は、そのようなことは一切口にしませんでした。ただ、車を整備に出してほしい、と言っただけでした。

 

 もし、白い袋を見た瞬間、驚いて、それは何ですか?などとケイスケに尋ねていたなら、その場で拉致されていたことでしょう。でも、僕は素知らぬ顔で修復された車に乗り込み、逃げるように博多港に戻りました。フェリーに乗り込んでも、厳原港に到着するまで、僕の様子に疑いを持ち、後を追ってこないかと内心びくびくしていました。対馬に戻ってからは、毎日、僕は、どうすべきかを考えました。一時は、判断がつかず、自殺も考えました。でも、自殺してしまえば、上司の悪行が暴かれることもなく、これからも僕の代わりが運び屋をやらされる。そう考えると、次から次に、僕のような犠牲者が出ると思いました。そして、自首するのが人間としての道だ、という答えにたどり着きました。


 僕は決意しました。11月に入ったら、自首することを上司に伝える。そして、法の裁きを受け、さらに、神の裁きを受ける。たとえ、どんな事情があったとしても、悪行が許されることはありません。僕は、地獄に落ちなければなりません。決して、神は許されないでしょう。素直に、僕は、神の裁きを受けたいと思います。ただ、僕は、悲しいです。なぜ、僕は、このような不運の星に生まれたのでしょう。高校1年生の時、漁に出た父親を水難事故で失い、正義のために働ける念願の警察官となり、清い社会を作るぞと意気込んでいた矢先、知らなかったとはいえ、麻薬の運び屋をやってしまうとは。悔やんでも悔やみきれません。でも、事実は、消し去ることはできません。一つだけ、心残りがあります。自分の気持ちを打ち明けられなかったことです。

 

       ひろ子さん、ごめんなさい。さようなら。

 

 じっと便せんを見つめていたひろ子にドギャン・シタトネ神父が、声をかけた。「文末に書かれているひろ子さんというのは、あなたでしょうか?」見覚えのあるへたくそな字、父親の水難事故死、警察官、これらをつなぎ合わせれば、明らかに、野球小僧は出口君。そして、このひろ子は、自分のことだと思った。この懺悔が、出口君のものだと確信した時、ひろ子には、涙でしか返事できなくなっていた。ドギャン・シタトネ神父は、話を続けた。「懺悔は、公開することはできません。でも、あくまでも私の直感ですが、この懺悔は、ひろ子さんへの懺悔のように思えたのです。手紙は、教会で保管いたします。警察に見せることもできません。お願いなのですが、この懺悔の手紙を見せたことは、極秘にしていただけませんか。警察にも知らせないでほしいのです。このようなことは、初めてです」

 

 ひろ子は、今にもあふれ出そうな涙を必死にこらえていた。右手の指先で太ももをギュッとひねると目を吊り上げて返事した。「はい。一切、だれにも他言いたしません。このひろ子は、私ではないかもしれません。でも、幼馴染の野球小僧の気持ちは、しっかり、受け取りました」ドギャン・シタトネ神父は、今の言葉から、文末のひろ子は、この人だと確信し、ホッとした表情を見せた。ドギャン・シタトネ神父は、ひろ子から受け取った便せんを封筒に押し込み、バッグに入れるとお礼を言った。「ありがとうございました。この手紙が来てから、夜も眠れませんでした。今、ひろ子さんに読んでいただき、心が安らいでまいりました。きっと、野球小僧さんに、神のご守護がございましょう」ドギャン・シタトネ神父は、胸の前で十字を切った。


              孤独な戦い

 

 ドギャン・シタトネ神父と別れたひろ子は、タクシーに乗り込み、自分の考えを整理した。知らなかったとはいえ、麻薬の運び屋をやってしまった出口君は、自首することを上司に伝えた。それを聞いて、自首されると自分も逮捕されると思った上司は、引き留めたに違いない。でも、正義感の強い出口君は、自首する意思を変えなかった。そこで、口封じのために、上司が自ら殺害した。もしくは、仲間に依頼して殺害した。この憶測は、まず、間違いないように思えた。でも、出口君が麻薬の運び屋をやっていたことも、その方法も、たとえ婚約者のサワちゃんであっても知らせることはできない。ひろ子は、神に祈った。「神様、出口君は、悪行を働きました。だから、裁かれても仕方ありません。でも、出口君を利用したのは、上司の極悪警察官です。彼は、許されてもいいのでしょうか?神様、出口君に、ご慈悲を」

 

 亡くなった出口君からの情報は、だれにもしゃべることができない。となれば、敵を討つには、自分ひとりでやらなくてはならない。懺悔の内容から判断して、出口君は亡くなったわけだから、彼の代わりの運び屋が作られるはず。また、麻薬の運搬は来年の2月からだが、警戒して、6月から再開するように思えた。出口君と同じように、4月から巡査長に昇進した警官が、運び屋になる可能性は高い。サワちゃんも4月から赴任するから、内部調査はやりやすくなる。やるべきことは、まず、運搬に使われている車を取り押さえ、現行犯逮捕すること。そのためには、確かな情報が必要。それと、どこで、ドアの内側に麻薬を隠す工作をやっているのか。整備工場、倉庫、ガレージ、などが考えられる。さらに、だれが、どこから、工作場所に麻薬を運びこんでいるのか、これらのことを突き止めなければならない。

 

 果たして、これらのことができるのだろうか?たとえ、サワちゃんと伊達刑事の力を借りても至難の業のように思えた。考えれば考えるほど気持ちが落ち込んでいった。でも、運搬に使われている車を取り押さえることは可能のように思えた。重要な点は、巡査長を利用して麻薬を運んでいる点。次からも、非番の日に、巡査長に麻薬を運ばせると考えると、第一に、巡査長の非番の日を徹底調査すればいい。非番の日に、巡査長が上司の車を博多港に運べば、その車の中に麻薬が隠されていると考えていい。それには、巡査長の非番情報を入手しなければならない。どうすれば、巡査長に接近できるか?そうか、ナイトクラブを使えばいい。それには、サワちゃんと伊達刑事の協力が不可欠。ひろ子の気持ちは、すでに、名探偵コナンになっていた。

 

 

 


 

 1223日(日)クリスマスイブの前日、伊達と沢富は、いつもの屋台でぼやくことにした。タイミングよく席が取れた二人は、伊達はムギ、沢富はイモのお湯割りとバラ、ズリ、キモ、ネギマ、カワ、を二本ずつ注文した。来年からの対馬出向と出口巡査長の死が、二人の心を落ち込ませていた。スキンヘッドの大将が、声をかけた。「ヘイ、お湯割り」グラスを受け取った二人はグラスを持ち上げ、伊達が元気のない乾杯の音頭をとった。「ツシマ、カンパ~~イ」沢富も落ち込んだ声で後に続いた。二人は、ここ数日、対馬での仕事のことを考えていたが、いったいどうなることかと不安でいっぱいだった。密輸グループの情報は、つかめるのか?麻薬の密輸は、摘発できるのか?内部犯行であれば、捜査の途中で消されるかも?二人は、内心ビビっていた。

 

 沢富は、出口巡査長の死が気になっていた。もし殺害だったとして、彼はなぜ殺害されたのか?誰かの犯行を目撃したのか?彼も犯罪にかかわっていたのか?いったいどんな犯罪にかかわっていたのか?疑問は膨らむばかりだった。「先輩、出口巡査長の死は、謎ですよね。警察は、事故死として処理しましたが、どう考えても、腑に落ちません。自殺ってことも考えられますが、どうですかね~~。やはり、先輩は、殺害の線が強いと思われますか?」伊達は、事故死でもなければ、自殺でもないと考えていた。でも、殺害と決定づける証拠がない。今のところ、単なる憶測でしかなかった。「いやな、殺害と言ったのは、単なる刑事としての直感だ。今のところ、なんの手掛かりもない。警察だって、殺害の目撃情報があれば、捜査を続行するだろうが、全く、事件に絡んだような目撃情報はない。これじゃ、事故死と処理する以外ないだろう」

 

 沢富もうなずき返事した。「そうですよね。だれ一人来ないようなところの崖から放り投げられたら、それですべては、闇の中ってこといですよ。万が一、内部犯行だったら、殺害の線は、確実に消されますね」伊達は、心細い声で話し始めた。「やるだけのことはやるさ。でも、今回の仕事は、無駄に終わるかもしれん。いや、下手をすれば、第二、第三の、事故死が出るかもしれん。まったく、不吉な仕事だ」沢富もなんとなく不吉な予感がしていた。「内部犯行と考えると、犯人は北署にいることになりますか?」伊達は、しばらく考え込んだ。一口焼酎をすすり、返事した。「おそらくな。北署の警官が、直接手を下したかどうかは、わからんが、北署の警官が絡んでいるとにらんでいる。とにかく、一から情報集めだ。サワの腕にかかってるからな、頼むぞ」

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
0
  • 0円
  • ダウンロード

24 / 29

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント