対馬の闇Ⅱ

 お客が降りるとまたもやひろ子は考え込んだ。出口君はUSBに上司の不正を書き残したように思ってはみたが、そうではないかもしれない。ほかにどんな方法があるか?誰かに手紙で知らせたのか?あ、愛読書のページの間に秘密のメモを隠し、誰かに手渡したのかも?要は、だれに不正を知らせるのが最も効果的か?身内や友達に知らせても彼らが危険にさらされるだけだし、かといって、警察官に知らせても握りつぶされるだけ。こう考えていくと誰にも知らせる人がいなくなる。警察の悪行ということは、国家の悪行ということ。そうか、もしかしたら、国家の悪行を、世間に知らせるために、世間の関心を引くために、自殺したのかもしれない。出口君が上司の不正にかかわっていたのなら、自分を罰するための自殺の可能性は高い。でも、遺書はなかったみたいだし。いや、もしかしたら、遺書を誰かに郵送しているのかもしれない。でも、いったい誰に?

 

 ふと気づくとAIタクシーは空港のタクシー乗り場で御客待ちをしていた。ひろ子は、ちょっとチャットちゃんに質問してみたくなった。「ね~、チャットちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」チャットちゃんは元気よく返事した。「はい、何なりとおっしゃってください。ご主人様」あまりにも漠然とした質問だから、質問しづらかったが、事故死か?殺害か?についての質問を始めた。「あのね~、対馬の友達が最近亡くなったのよ。そのことが気になって、夜も寝れなくて困ってるの。そこでなんだけど、友達は事故で亡くなったのか?殺害されたのか?どちらだと思う?」チャットちゃんは、すでに対馬の事件についての情報を仲間のイッコー君から入手していた。「ちょっと、チャットはAIなのよ。ちゃんとした情報をインプットしてから、質問してよ」

 

 ひろ子はしかめっ面で返事した。「それがね~~。まったく情報がないのよ。チャットちゃんだったら、何かいい情報を手に入れてるんじゃないかな~~と思って、聞いてみたの」チャットちゃんは、返事した。「まあ、ないこともないけど、でも、がっかりする回答かも。それでもよければ、答えます」ひろ子は、即座に返事した。「なんでもいいのよ。わかったことを教えて」チャットちゃんは、一呼吸おいて返事した。「警視庁のAIイッコー君の情報によると出口巡査長は事故死、もしくは自殺ということで処理されています。殺害の可能性はないとのことです」ひろ子は、やっぱり事故死として処理されたかとがっかりした。「ありがとう。思った通りだった」

 

 


 チャットちゃんは、話を続けた。「ご主人様、何か他に情報はないのですか?情報さえあれば、チャットが推論してあげます。どんな情報でもいいからインプットしてください」ひろ子は、うなずき返事した。「そうよね。とにかく出口君に関する情報を集めなくちゃ。わかったわ。ちょっと、休暇を取って出口君の情報を集めてくる。それまでちょっと待ってて」チャットちゃんは、即座に返事した。「はい、お待ちしています。ご主人様」そうは言ってみたもののどうやって情報を入手すればいいか迷ってしまった。警察官に聞いたりしたら、即座に出口君の調査のことが知られてしまう。では、いったい誰に聞けばいいか?友達か?彼女か?友達といっても漠然としてるし、彼女がいたとしてもだれかわからないし。

 

 くよくよしても始まらない。とにかく実行しようと決めた。まずは、クラスメイトであり、高校の時ソフトテニス部でペアを組んでいた美船さゆりに当たってみることにした。幸いにも彼女の父親は上対馬鰐浦で民宿を経営していた。そこに二泊して聞き込みを開始することにした。比田勝港からだと30分ぐらいだから、ビートルに乗って、到着したら港の近くのバジェットでレンタカーを借りて民宿みふねに向かうことにした。幸い、1210日(月)が非番だったことから火、水の休暇を申請することにした。民宿は午後1時から午後3時ごろまでは若干暇と聞いていたので、早速、さゆりに電話した。2回発信音が鳴るとさゆりの明るい声が跳ね上がってきた。「は~~い、さゆり。今頃、何?」早速、予約の話をした。「宿泊の予約をしようと思って。1210日月曜と1211日火曜日、予約できる?」

 

 さゆりは即座に確認した。「二人なの?」ひろ子も即座に返事した。「いや、一人。できる?」てっきり彼氏と二人だと思ったさゆりは、意外な感じで返事した。「いいけど、一人って、どういうこと。実家とうまくいってないの?」ひろ子は、簡単に事情を話した。「そうじゃないの。さゆりと話がしたいの。ほら、クラスメイトの出口君がなくなったじゃない。そいで、出口君についてちょっと聞きたいのよ」さゆりも出口君については納得がいかなかった。「わかった。10日と11日ね。予約OK. 何時ごろチェックインする?」ひろ子はビートルを使うことを話した。「ビートルで行くから、まあ、午後4時ごろになると思う。いい?」さゆりは明るい声で返事した。「わかった。ちょうど、話し相手が欲しかったところ。楽しみにしてるわ」

 


 ドアの開く音がした。チャットちゃんのかわいい挨拶の声が響いた。「ようこそ、AIタクシーをご利用くださり、ありがとうございます」ティーンエイジャーと思われる二人の少女が乗り込んできた。ひろ子も笑顔で挨拶した。「こんにちは。どちらまで?」ブルーヘアの少女が甲高い声で答えた。「ドーム、あ、マークイズまでお願いします」チャットちゃんは、即座に返事した。「かしこまりました」AIタクシーは高速に乗りあがると百道ランプに向かった。ブルーヘアが能天気な声で話し始めた。「マークイズいかれました~?あたしたち~、2回目。4階にシネマ、2階にゼップ。最高です。ドームへも2階からいけるんですよ。そう、いずれHKTも隣に戻ってくるみたい。あ~~待ち遠しいな~~」まだ行ってないひろ子は、うなずきながら笑顔を作った。

 

 隣のオレンジヘアが、足を組み替えながら話し始めた。「話は違うんだけど、あのさ~~、ほら、ニュースでやってた、自殺したっていう対馬の警官ね、高校の先輩なのよ。まったく、いい迷惑」ブルーヘアが返事した。「そういや、みゆきは、対馬だったね」オレンジヘアが小さな声で返事した。「そう、小さな島でしょ。変なうわさが広まって。母校の恥さらし。まったく。死にたかったら、車ごと、崖から墜落すればよかったのよ。だったら、交通事故ってことになったのに。マジ、クソヤロ~」ブルーヘアが首を左右に振りボキボキっと音を鳴らせて返事した。「そういいなよ。マジ、悩んでいたんじゃない。でも、孤島のド田舎でも、悩むような事件ってあるんだね」オレンジヘアが顔をゆがめて返事した。「盗撮が、上司に見つかって、クビ~~って言われたのよ。ショックで、投身自殺、そんなとこじゃない」顔を見合わせた二人は、鼻でクスクス笑った。

 

 こっそり聞いていたひろ子は、チョ~ムカついていた。顔は、真っ赤になっていた。一発、パンチを食らわせてやろうかとこぶしを作ったが、母校の後輩たちにとっては、いい迷惑に違いない。つくづく、先輩として情けなくなった。このままだと、出口君は、自殺の汚名を着せられ、対馬の恥さらしにされてしまう。出口君の名誉を挽回するには、自殺ではないことをはっきりさせなければならない。それには、殺害した犯人を検挙する以外にない。一人悶々としていると、チャットちゃんのアナウンスが流れた。「本日は、ご乗車、ありがとうございました。マークイズに到着いたしました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」ドアが開くと二人は立ち上がった。オレンジヘアがひろ子に声をかけた。「顔が赤いですよ、カゼじゃないですか?お大事に」ひろ子は、後輩に同情されて、しょんぼりした顔で言葉を返した。「ありがとうございました。また、ご利用くださいませ」

 


               親友

 

 1210日(月)博多港1320分発のビートルに乗り込んだひろ子は、1530分に比田勝港国際ターミナルに到着した。ひろ子は、バジェットに予約していたレンタカーのスズキ・ソリオに乗り込むと北西に位置する民宿みふねに向かった。道がすいていたためちょっとだけとばした結果、民宿には午後4時前に到着した。4時前10分から玄関前で待機していたさゆりが笑顔で出迎えた。「いらっしゃい、ひろ子」さゆりはひろ子を思いっきりギュッと抱きしめた。荷物を手にしたさゆりは2階の部屋に案内した。「最高に眺めがいい部屋をとっといたから」ひろ子は、少し急こう配の階段を上がっていった。部屋に入ると西向きの窓には、対馬海峡西水道を越えて霞のかかったプサン港の影がぼんやりと浮いていた。「急に無理言って、ごめんね。どうしても会いたかったの」さゆりは小さく顔を左右に振った。「全然。私も会いたかったのよ。夕食は、6時から、1階の食堂。お風呂も1階。8時過ぎたら、暇になるから上がってくる」

 

 食事と入浴を済ませたひろ子は、西側の窓からふんわりと輝くプサン港を眺めながら、さゆりへの質問を考えていた。しかし、これといった糸口となる質問が思い浮かばなかった。ただ、出口君が自分たちと同じクリスチャンであることから、さゆりに何か言い残してはいないかというかすかな期待があった。815分を過ぎると階段を駆け上がってくる足音が響いてきた。ドアが開くとさゆり叫んだ。「ごめん、遅れちゃって、ちょっと、離れに行ってたから。お母ちゃんが、娘を面倒見てくれてるの。今日は、友達が来てるから、一寸遅くなるって、言ってきたのよ」3年前の同窓会の時、大きなお腹をさすりながら、やっと子供ができたと言っていたさゆりの妊婦姿を思い出した。「あ~女の子だったの。ってことは、3歳になるのよね」さゆりは笑顔で答えた。「そう、3歳のおてんば娘。お茶以外、何か飲みたいものある?」

 

お酒を飲みたい気分でなかったひろ子は、コーヒーをお願いした。「コーヒーが飲みたい。キリマンがいいな」さゆりは1階に降りて行った。しばらくするとコーヒーポット片手に、トレイに乗せたコーヒーカップ2つを運んできた。「はい、キリマン」ポットからカップに注ぎ、ひろ子の前に差し出した。目を細めて香りをかいだひろ子は、笑顔ですすった。「さゆりもキリマン飲むの?」さゆりはかぶりを振った。「主人が飲むのよ。私は、モカ。でも、最近は、キリマンの酸味がおいしく感じるの。そう、彼氏、いるんでしょ?」ひろ子は、沢富のことは話したくなかった。というのは、沢富が刑事であることを話したくなかったからだ。「まあ、いることにはいるんだけど、結婚相手かどうか?それより、民宿は、ご主人がやってるの?」

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
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