対馬の闇Ⅱ

 ドアの開く音がした。チャットちゃんのかわいい挨拶の声が響いた。「ようこそ、AIタクシーをご利用くださり、ありがとうございます」ティーンエイジャーと思われる二人の少女が乗り込んできた。ひろ子も笑顔で挨拶した。「こんにちは。どちらまで?」ブルーヘアの少女が甲高い声で答えた。「ドーム、あ、マークイズまでお願いします」チャットちゃんは、即座に返事した。「かしこまりました」AIタクシーは高速に乗りあがると百道ランプに向かった。ブルーヘアが能天気な声で話し始めた。「マークイズいかれました~?あたしたち~、2回目。4階にシネマ、2階にゼップ。最高です。ドームへも2階からいけるんですよ。そう、いずれHKTも隣に戻ってくるみたい。あ~~待ち遠しいな~~」まだ行ってないひろ子は、うなずきながら笑顔を作った。

 

 隣のオレンジヘアが、足を組み替えながら話し始めた。「話は違うんだけど、あのさ~~、ほら、ニュースでやってた、自殺したっていう対馬の警官ね、高校の先輩なのよ。まったく、いい迷惑」ブルーヘアが返事した。「そういや、みゆきは、対馬だったね」オレンジヘアが小さな声で返事した。「そう、小さな島でしょ。変なうわさが広まって。母校の恥さらし。まったく。死にたかったら、車ごと、崖から墜落すればよかったのよ。だったら、交通事故ってことになったのに。マジ、クソヤロ~」ブルーヘアが首を左右に振りボキボキっと音を鳴らせて返事した。「そういいなよ。マジ、悩んでいたんじゃない。でも、孤島のド田舎でも、悩むような事件ってあるんだね」オレンジヘアが顔をゆがめて返事した。「盗撮が、上司に見つかって、クビ~~って言われたのよ。ショックで、投身自殺、そんなとこじゃない」顔を見合わせた二人は、鼻でクスクス笑った。

 

 こっそり聞いていたひろ子は、チョ~ムカついていた。顔は、真っ赤になっていた。一発、パンチを食らわせてやろうかとこぶしを作ったが、母校の後輩たちにとっては、いい迷惑に違いない。つくづく、先輩として情けなくなった。このままだと、出口君は、自殺の汚名を着せられ、対馬の恥さらしにされてしまう。出口君の名誉を挽回するには、自殺ではないことをはっきりさせなければならない。それには、殺害した犯人を検挙する以外にない。一人悶々としていると、チャットちゃんのアナウンスが流れた。「本日は、ご乗車、ありがとうございました。マークイズに到着いたしました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」ドアが開くと二人は立ち上がった。オレンジヘアがひろ子に声をかけた。「顔が赤いですよ、カゼじゃないですか?お大事に」ひろ子は、後輩に同情されて、しょんぼりした顔で言葉を返した。「ありがとうございました。また、ご利用くださいませ」

 


               親友

 

 1210日(月)博多港1320分発のビートルに乗り込んだひろ子は、1530分に比田勝港国際ターミナルに到着した。ひろ子は、バジェットに予約していたレンタカーのスズキ・ソリオに乗り込むと北西に位置する民宿みふねに向かった。道がすいていたためちょっとだけとばした結果、民宿には午後4時前に到着した。4時前10分から玄関前で待機していたさゆりが笑顔で出迎えた。「いらっしゃい、ひろ子」さゆりはひろ子を思いっきりギュッと抱きしめた。荷物を手にしたさゆりは2階の部屋に案内した。「最高に眺めがいい部屋をとっといたから」ひろ子は、少し急こう配の階段を上がっていった。部屋に入ると西向きの窓には、対馬海峡西水道を越えて霞のかかったプサン港の影がぼんやりと浮いていた。「急に無理言って、ごめんね。どうしても会いたかったの」さゆりは小さく顔を左右に振った。「全然。私も会いたかったのよ。夕食は、6時から、1階の食堂。お風呂も1階。8時過ぎたら、暇になるから上がってくる」

 

 食事と入浴を済ませたひろ子は、西側の窓からふんわりと輝くプサン港を眺めながら、さゆりへの質問を考えていた。しかし、これといった糸口となる質問が思い浮かばなかった。ただ、出口君が自分たちと同じクリスチャンであることから、さゆりに何か言い残してはいないかというかすかな期待があった。815分を過ぎると階段を駆け上がってくる足音が響いてきた。ドアが開くとさゆり叫んだ。「ごめん、遅れちゃって、ちょっと、離れに行ってたから。お母ちゃんが、娘を面倒見てくれてるの。今日は、友達が来てるから、一寸遅くなるって、言ってきたのよ」3年前の同窓会の時、大きなお腹をさすりながら、やっと子供ができたと言っていたさゆりの妊婦姿を思い出した。「あ~女の子だったの。ってことは、3歳になるのよね」さゆりは笑顔で答えた。「そう、3歳のおてんば娘。お茶以外、何か飲みたいものある?」

 

お酒を飲みたい気分でなかったひろ子は、コーヒーをお願いした。「コーヒーが飲みたい。キリマンがいいな」さゆりは1階に降りて行った。しばらくするとコーヒーポット片手に、トレイに乗せたコーヒーカップ2つを運んできた。「はい、キリマン」ポットからカップに注ぎ、ひろ子の前に差し出した。目を細めて香りをかいだひろ子は、笑顔ですすった。「さゆりもキリマン飲むの?」さゆりはかぶりを振った。「主人が飲むのよ。私は、モカ。でも、最近は、キリマンの酸味がおいしく感じるの。そう、彼氏、いるんでしょ?」ひろ子は、沢富のことは話したくなかった。というのは、沢富が刑事であることを話したくなかったからだ。「まあ、いることにはいるんだけど、結婚相手かどうか?それより、民宿は、ご主人がやってるの?」

 


さゆりはうなずいた。「父と主人。主人は、板前だったでしょ。だから、料理の評判は結構いいの。父は、すごく喜んでいるみたい。でも、付き合ってた時と比べたら、なんだかね~~」結婚すると男は変わるというけど、やっぱ、さゆりの場合も同じのように思えた。「男って、結婚すると変わるからね~~」さゆりが愚痴をこぼし始めた。「そうね、すごく仕事熱心で、子煩悩なのはいいんだけど、酒の飲みすぎなのよ。それと、こそっと、ネットでボートをやってるみたいなの。のめりこまなければいいんだけど」ひろ子は、尋ねた。「ボートって?」さゆりは即座に返事した。「競艇よ。インターネットで競艇、ロトなんかのバクチができるのよ。男って、どうしてこうなんだろう」ひろ子もなくなった主人のことを思い出した。「そうね、男って動物は、ダメね。事故死したアイツも飲み打つ買うのどアホだったし」

 

さゆりがしかめっ面で話を続けた。「ほんと、困ったものね。もっと、私の気持ちも察して欲しいわ」さゆりが母親に娘の世話をしてもらってると言ってたことを思い出し話題を子供に切り替えた。「ねえ、娘さんの名前は?」さゆりは笑顔で答えた。「聖子。母が聖子がいいって言い張ったのよ。母は、聖子ちゃんファンだったんだって」ひろ子は、笑顔でほめた。「いい名前じゃない。聖子ちゃんか。もしかしたら、アイドルになれるかも」さゆりは、甲高い声で答えた。「なるかも?一日中、歌ってるのよ。今から、歌手になるって言ってるし。ひろ子みたい」ひろ子は自分にたとえられて恥ずかしくなった。「私は、歌手じゃないわよ。カラオケが得意ってだけよ」さゆりは、ワハハ~~と笑い声をあげた。

 

子供が欲しいひろ子は子供の話で盛り上がりたかった。「ね~~、あと何人ぐらい作るつもり。二人、三人」さゆりは、急にしかめっ面になった。首をかしげながらおっくそうに話し始めた。「私は、あと二人は欲しいのよ。でもね~~、肝心の主人が・・」急に暗い顔になったさゆりを見て心配になった。「ご主人に何かあったの?心配事があったら、話してよ。親友なんだから」さゆりは、話すのをためらっているようだったが、決意したのか身を正して話し始めた。「聞いてくれる?それが、主人たら、やる気がないのよ。酒ばかり飲んで、いやになっちゃう」ひろ子は、やる気がないと聞いて、具体的にどういうことか確認した。「やる気がないって、いったい何が?」さゆりが目を丸くして話し始めた。「え、わかるでしょ。子作りよ。もう、子供が欲しくないみたい」

 

 

 


 うなずいたひろ子は、気まずそうに話し始めた。「そうなの。でも、民宿って、赤字じゃないんでしょ。ご主人、車だって、レクサスに乗ってるじゃない。後、二人ぐらい育てられるわよ」さゆりは、うつむいてしまった。これ以上話を続けたくなくなってしまった。ひろ子は、もしかしたら、借金が膨らみ民宿が危ないのかもしれないと不安になってきた。「やっぱ、民宿、うまくいってないの?困ったわね。お金のことは、私にはどうにもできないし」さゆりは、ゆっくり顔を持ち上げ弁解するように話し始めた。「違うの。そうじゃないの。民宿は、もうかってるの。あと二人ぐらい、全く、問題ないのよ。でも、やる気がないのよ。ダメなヤツ。あ~~もう、絶望」絶望と聞いてますます心配になってしまった。「そう、悲観しないでよ。ご主人は、子供が嫌いなの?さっき、子煩悩といってたじゃない」

 

 さゆりは、今にも息が絶えるようなかすかな声で話し始めた。「そのはずなんだけど。まったく、ダメ。なぜだか、わかんないのよ。私のほうが知りたいわよ」ひろ子は、何と言って返事していいかわからなくなった。金銭的な問題でなければ、後は何があるのか?ご主人は、まだ33歳のはず。元気だし、バリバリ働ける。それなのに、なぜ?まさか、勃起不全?「ねえ、ご主人は、どこか具合が悪いんじゃない?病気かもよ?」さゆりは病気といわれてもピンとこなかった。父と一緒に漁にも行くし、元気に働いていたからだ。これといって病気の様子は全く見受けられなかった。「病気?毎日、元気に働いてるわよ。酒の飲みすぎなのよ。だから、あっちができないのよ。あの、バカ」お酒と聞いてちょっと雑誌の記事を思い出した。「そんなに浴びるようにお酒を飲むようになったのは、いつから?」

 

 さゆりは、しばらく考えていた。「そうね~~、1年前からだったような、そうでないような。結婚したころは、そんなに飲んでなかったのよ。僕は、弱いほうなんだ、とか言ってたのに。何よ、嘘つき」やっぱ、アレだとひろ子は直感した。「もしかしたら、アレかも。若年性のアレよ」さゆりは、さっぱりわからなかった。「アレって何よ。わかるように話してよ。まさか、ガンってこと?」ひろ子は、さゆりを覗き込むようにして話し始めた。「落ち着いて聞くのよ。取り乱しちゃだめよ、いい。あのね、アレって、ほら、男がダメになるってやつ。以前、雑誌で読んだことがあるのよ。若くても、タタなくなるってことがあるって。原因は、精神的なも、もしくは糖尿病、とか書いてあったような」さゆりが身をただしてうなずいた。「なるほど。そうかも?だから、酔っ払って、ごまかしているのかもね」

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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