対馬の闇Ⅱ

                 うわさ

 

  ひろ子は、誰にも言わないようにと念を押されて、”内部犯行かも”と沢富から耳打ちされて以来、毎日、水死体で発見された出口巡査長のことが頭から離れなかった。もし、警察内部の犯行であれば、表向きには殺害の可能性を考えて捜査するだろうが、最終的には事故死で処理されるのは目に見えていた。このままでは、出口君は浮かばれない。なぜ、殺害されたかまでは突き止めることができなくとも、殺害されたと思われる手掛かりだけでもつかみたかった。几帳面な出口君であれば、きっと、日記をつけていたはず。日記帳に書いていたなら、すでに犯人に没収されているだろう。パソコンに日記を保存していたのであれば、すでに、犯人が抹消しているに違いない。危険を感じた出口君が、万が一のことを考えてUSBメモリーに日記を保存し、どこかに保管していたのかもしれない。その可能性のほうが高いように思えてきた。

 

 犯人もその可能性を考えて、部屋は隅から隅まで探索したに違いない。警察のやり方を知っている出口君は、そのようなことは当然予想して、部屋には隠していないはず。でも、隠すといっても誰かに知らせなければ意味がないから、信頼できる誰かが発見できる場所に隠したのか?万が一があった場合、日記を読んでくれるように頼んで、信頼できる人に手渡したのか?出口君のことだから、何か手掛かりを残しているはず。出口君に彼女はいたのだろうか?身内といえば、母親と妹がいたはず。でも、すでに犯人は彼女らにも接近しているかもしれない。そのことも想定して、USBは彼女らには手渡していないような気がしてきた。信頼できる人といえば、だれか?同じ警察官か?それとも友達か?3年前のクラス同窓会で巡査長に昇進できたことを数人の仲間たちで祝福した。その時の仲間の誰かなのか?

 

出口君は上司の不正を知ったから殺害されたに違いない。となれば、出口君を調査していることが犯人に知られたならば、自分も殺害されることになる。ひろ子は、だんだん怖くなってきた。でも、このまま出口君を犬死させたくなかった。きっと、どこかに手掛かりがあるはず。ひろ子は、神に祈った。”神様、出口君の無念を晴らしてください。私に力を貸してください。私を守ってください。どうか、手掛かりを発見させてください。”静かに祈っているとチャットちゃんの軽やかな声が響いた。”福岡空港国内線ターミナルに到着しました。”ひろ子は、ハッとした。お客のことをすっかり忘れていた。

 

 


 お客が降りるとまたもやひろ子は考え込んだ。出口君はUSBに上司の不正を書き残したように思ってはみたが、そうではないかもしれない。ほかにどんな方法があるか?誰かに手紙で知らせたのか?あ、愛読書のページの間に秘密のメモを隠し、誰かに手渡したのかも?要は、だれに不正を知らせるのが最も効果的か?身内や友達に知らせても彼らが危険にさらされるだけだし、かといって、警察官に知らせても握りつぶされるだけ。こう考えていくと誰にも知らせる人がいなくなる。警察の悪行ということは、国家の悪行ということ。そうか、もしかしたら、国家の悪行を、世間に知らせるために、世間の関心を引くために、自殺したのかもしれない。出口君が上司の不正にかかわっていたのなら、自分を罰するための自殺の可能性は高い。でも、遺書はなかったみたいだし。いや、もしかしたら、遺書を誰かに郵送しているのかもしれない。でも、いったい誰に?

 

 ふと気づくとAIタクシーは空港のタクシー乗り場で御客待ちをしていた。ひろ子は、ちょっとチャットちゃんに質問してみたくなった。「ね~、チャットちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」チャットちゃんは元気よく返事した。「はい、何なりとおっしゃってください。ご主人様」あまりにも漠然とした質問だから、質問しづらかったが、事故死か?殺害か?についての質問を始めた。「あのね~、対馬の友達が最近亡くなったのよ。そのことが気になって、夜も寝れなくて困ってるの。そこでなんだけど、友達は事故で亡くなったのか?殺害されたのか?どちらだと思う?」チャットちゃんは、すでに対馬の事件についての情報を仲間のイッコー君から入手していた。「ちょっと、チャットはAIなのよ。ちゃんとした情報をインプットしてから、質問してよ」

 

 ひろ子はしかめっ面で返事した。「それがね~~。まったく情報がないのよ。チャットちゃんだったら、何かいい情報を手に入れてるんじゃないかな~~と思って、聞いてみたの」チャットちゃんは、返事した。「まあ、ないこともないけど、でも、がっかりする回答かも。それでもよければ、答えます」ひろ子は、即座に返事した。「なんでもいいのよ。わかったことを教えて」チャットちゃんは、一呼吸おいて返事した。「警視庁のAIイッコー君の情報によると出口巡査長は事故死、もしくは自殺ということで処理されています。殺害の可能性はないとのことです」ひろ子は、やっぱり事故死として処理されたかとがっかりした。「ありがとう。思った通りだった」

 

 


 チャットちゃんは、話を続けた。「ご主人様、何か他に情報はないのですか?情報さえあれば、チャットが推論してあげます。どんな情報でもいいからインプットしてください」ひろ子は、うなずき返事した。「そうよね。とにかく出口君に関する情報を集めなくちゃ。わかったわ。ちょっと、休暇を取って出口君の情報を集めてくる。それまでちょっと待ってて」チャットちゃんは、即座に返事した。「はい、お待ちしています。ご主人様」そうは言ってみたもののどうやって情報を入手すればいいか迷ってしまった。警察官に聞いたりしたら、即座に出口君の調査のことが知られてしまう。では、いったい誰に聞けばいいか?友達か?彼女か?友達といっても漠然としてるし、彼女がいたとしてもだれかわからないし。

 

 くよくよしても始まらない。とにかく実行しようと決めた。まずは、クラスメイトであり、高校の時ソフトテニス部でペアを組んでいた美船さゆりに当たってみることにした。幸いにも彼女の父親は上対馬鰐浦で民宿を経営していた。そこに二泊して聞き込みを開始することにした。比田勝港からだと30分ぐらいだから、ビートルに乗って、到着したら港の近くのバジェットでレンタカーを借りて民宿みふねに向かうことにした。幸い、1210日(月)が非番だったことから火、水の休暇を申請することにした。民宿は午後1時から午後3時ごろまでは若干暇と聞いていたので、早速、さゆりに電話した。2回発信音が鳴るとさゆりの明るい声が跳ね上がってきた。「は~~い、さゆり。今頃、何?」早速、予約の話をした。「宿泊の予約をしようと思って。1210日月曜と1211日火曜日、予約できる?」

 

 さゆりは即座に確認した。「二人なの?」ひろ子も即座に返事した。「いや、一人。できる?」てっきり彼氏と二人だと思ったさゆりは、意外な感じで返事した。「いいけど、一人って、どういうこと。実家とうまくいってないの?」ひろ子は、簡単に事情を話した。「そうじゃないの。さゆりと話がしたいの。ほら、クラスメイトの出口君がなくなったじゃない。そいで、出口君についてちょっと聞きたいのよ」さゆりも出口君については納得がいかなかった。「わかった。10日と11日ね。予約OK. 何時ごろチェックインする?」ひろ子はビートルを使うことを話した。「ビートルで行くから、まあ、午後4時ごろになると思う。いい?」さゆりは明るい声で返事した。「わかった。ちょうど、話し相手が欲しかったところ。楽しみにしてるわ」

 


 ドアの開く音がした。チャットちゃんのかわいい挨拶の声が響いた。「ようこそ、AIタクシーをご利用くださり、ありがとうございます」ティーンエイジャーと思われる二人の少女が乗り込んできた。ひろ子も笑顔で挨拶した。「こんにちは。どちらまで?」ブルーヘアの少女が甲高い声で答えた。「ドーム、あ、マークイズまでお願いします」チャットちゃんは、即座に返事した。「かしこまりました」AIタクシーは高速に乗りあがると百道ランプに向かった。ブルーヘアが能天気な声で話し始めた。「マークイズいかれました~?あたしたち~、2回目。4階にシネマ、2階にゼップ。最高です。ドームへも2階からいけるんですよ。そう、いずれHKTも隣に戻ってくるみたい。あ~~待ち遠しいな~~」まだ行ってないひろ子は、うなずきながら笑顔を作った。

 

 隣のオレンジヘアが、足を組み替えながら話し始めた。「話は違うんだけど、あのさ~~、ほら、ニュースでやってた、自殺したっていう対馬の警官ね、高校の先輩なのよ。まったく、いい迷惑」ブルーヘアが返事した。「そういや、みゆきは、対馬だったね」オレンジヘアが小さな声で返事した。「そう、小さな島でしょ。変なうわさが広まって。母校の恥さらし。まったく。死にたかったら、車ごと、崖から墜落すればよかったのよ。だったら、交通事故ってことになったのに。マジ、クソヤロ~」ブルーヘアが首を左右に振りボキボキっと音を鳴らせて返事した。「そういいなよ。マジ、悩んでいたんじゃない。でも、孤島のド田舎でも、悩むような事件ってあるんだね」オレンジヘアが顔をゆがめて返事した。「盗撮が、上司に見つかって、クビ~~って言われたのよ。ショックで、投身自殺、そんなとこじゃない」顔を見合わせた二人は、鼻でクスクス笑った。

 

 こっそり聞いていたひろ子は、チョ~ムカついていた。顔は、真っ赤になっていた。一発、パンチを食らわせてやろうかとこぶしを作ったが、母校の後輩たちにとっては、いい迷惑に違いない。つくづく、先輩として情けなくなった。このままだと、出口君は、自殺の汚名を着せられ、対馬の恥さらしにされてしまう。出口君の名誉を挽回するには、自殺ではないことをはっきりさせなければならない。それには、殺害した犯人を検挙する以外にない。一人悶々としていると、チャットちゃんのアナウンスが流れた。「本日は、ご乗車、ありがとうございました。マークイズに到着いたしました。お気をつけて、行ってらっしゃいませ」ドアが開くと二人は立ち上がった。オレンジヘアがひろ子に声をかけた。「顔が赤いですよ、カゼじゃないですか?お大事に」ひろ子は、後輩に同情されて、しょんぼりした顔で言葉を返した。「ありがとうございました。また、ご利用くださいませ」

 


春日信彦
作家:春日信彦
対馬の闇Ⅱ
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