赤い糸

 寮に戻った鳥羽は、勉強机の椅子に腰かけると「ハ~~~」とため息をついた。まったく人騒がせなヤツだと思いつつ、机の上に置いた小箱を見つめた。いったい何をくれたんだろうと思うと、一刻も早く見てみたくなった。左手の親指の先で上蓋を開くと、ビニールに包まれたピンク色の布が入っていた。ビニール袋を取り出し、中のものを取り出してみると小さな女子用のショーツだった。なんだこりゃと思った鳥羽は、ポイと机の上に放り投げた。いったいどういうつもりなんだ、何が、お土産だ、人を馬鹿にするにもほどがあると思ったとたん、急激に、怒りが込み上げてきた。血が上った鳥羽は、美緒に電話した。3度呼び出すと美緒の返事の声が返ってきた。鳥羽は、即座に怒鳴った。「美緒、どういうつもりだ。なんだ、これは」

 

 美緒は、文句を言ってくるのを予測してたかのように即座に返事した。「鳥羽君の欲しがっていたものよ。気に入らないの?」鳥羽は、自分が変態だと思われていると思い、怒鳴りつけた。「おい、俺は、変態じゃない。美緒のショーツをもらって、喜ぶとでも思っているのか。バカにするんじゃない」ハハハハハと美緒の笑い声が左耳に飛び込んできた。鳥羽の怒りは頂点に達していた。「何がおかしいんだ、こんなもの、生ごみと一緒に捨てるからな。いいな」ハハハハハと笑い声が再び聞こえてきた。「え~~生ごみと一緒に捨てるの?いいの、捨てたりして、それって、ゆう子先輩のショーツなのよ」美緒はクスクスと笑い声をあげた。ゆう子先輩のショーツと聞いた鳥羽は、一瞬息が止まった。

 

 鳥羽は、言葉に詰まってしまった。しばらくピンクのショーツを見つめると返事した。「本当に、ゆう子先輩のモノか?どうして、美緒が持ってるんだ」また、クスクスと笑い声をあげた美緒は、事情を説明することにした。「美緒はね、鳥羽君に、中年はやめとけ、って言われたじゃない。そいで、ゆう子先輩にも相談しようと思って、翌日の日曜日にゆう子先輩のうちに行ったの。月曜日は体育の日で祭日だったから、その日は泊まったの。そいで、一緒にお風呂に入って、ゆう子先輩の背中を洗いながら、中年について聞いたの。そしたら、ゆう子先輩も、鳥羽君と同じ意見だった。やっぱ、鳥羽君のアドバイスは、正しかったとつくづく思ったのよ。そいで、鳥羽君へのお礼に何がいいかな~、鳥羽君が喜ぶものは何かな~、って思った時、これだって思ったのよ。頑張ったんだから。それ、いらないの?本当に捨てる気?」

 


 本当にゆう子先輩のショーツであれば、捨てることができるはずがなかった。「今の話は、マジなんだな。正真正銘のゆう子先輩のショーツなんだな」美緒は、柄にもなくマジな表情で強い口調で返事した。「マジよ。嘘なんか言うわけないじゃない。鳥羽君に喜んでもらおうと、勇気を出して、ネコババしてきたんだから。いらないんだったら、返してよ。捨てたりしたら、ゆう子先輩に申し訳ないわよ」いったい何といって返事していいか、頭が混乱してしまった。ショーツをありがたくもらうといえば、変態のようだし、でも、正真正銘のゆう子先輩のショーツと知ると、家宝にしたい気持ちにもなった。

 

 気まずそうに鳥羽は話し始めた。「いや、ゆう子先輩のショーツとわかれば、捨てないさ。まあ、何といえばいいか、美緒が俺のためにネコババしてくれたとなれば、感謝しなければならないし、そうだよな、美緒に感謝して、ありがたく頂戴いたします。でも、俺は、変態じゃないからな。ゆう子先輩のショーツを家宝と思い、大切に保管するということだ。さっきは、怒鳴って、悪かったな」クスクスと小さな笑い声が鳥羽の耳に入ってきた。ベッドに腰掛けていた美緒は、うまくいったと笑みを浮かべていた。「もらってくれるのね。よかった。大切にしてね」鳥羽は、ピンクのショーツを右手で握りしめ返事した。「ありがとよ。そいじゃな」美緒が電話を切ると鳥羽も切った。

 

 ピンクのショーツをゆう子姫のものと真に受けた鳥羽は、ショーツの股間部分をかいでみたくなった。自分は変態ではないと思いつつ、やはりゆう子姫が穿いていたと思うといてもたってもいられなくなった。机にショーツを広げ股間部分に鼻をくっつけてみた。イヌのようにクンクンとかいでみると甘いバラのにおいがした。香水の匂いのようであったが、ゆう子姫の匂いだと思うと夢心地になった。匂いにしびれてしまった鳥羽は、指を振るわせながらショーツをそっと折りたたみビニール袋に入れた。その袋を両手でそっと持ち上げると軽くお辞儀して小箱に戻した。袖の一番下の引き出しを引くと小箱を丁重に置き、静かに引き出しを戻した。頭の中には、ピンクのショーツにピンクのブラのゆう子姫が浮かび上がっていた。


             幸運

 

 1021日(日)ひろ子にプロポーズした沢富は、ようやくひろ子から結婚承諾の返事を得たが、沢富はそのことを母親に報告すると、ひろ子の家系と素性が気に入らないらしく、母親はひろ子に直接会って断りを入れると言い出した。困り果てた二人は、伊達夫妻の援護を求めるためにやってきたのだった。仲人ができると喜んでいた伊達夫妻だったが、母親に反対されては、すべてが水の泡になると思い、必死になって対応策を考えていた。ひろ子がバツイチであること、職業がタクシーの運転手であること、家系が漁業であること、それらのことが反対の理由と思われたが、二人は、いかなる理由で反対されたとしても、結婚の意思は、ダイヤモンドよりも固いと、伊達夫妻に伝えた。

 

 伊達夫妻もこの結婚は、必ず、成就させたかった。仲人に成功すれば、沢富家とのつながりができ、出世も確実なものになると思われたからだ。沢富は、絶望的な声で伊達に話しかけた。「どうしましょう。せっかく、ここまでたどり着いたのに、いったいどうすればいいんですか。母は、いったん言ったことをそう簡単に変えるような人じゃないんです。福岡にまでやってくるということは、きっぱりケリをつけるということです。ア~~、こんなことがあっていいんでしょうか。おそらく、父親も反対しているということです。もう、僕の人生は終わりです」伊達夫妻も困り果てた顔でうなずいていた。伊達は、打開策がわかったわけではなかったが、返事した。「そうか。反対されたか。お母さんが相手じゃ、俺らだって、何と言って説得すればいいか、よくわからんな~~」

 

 ナオ子も母親相手じゃ、どう対応していいか、困惑してしまった。仲人したいばかりに、下手に二人の結婚を支援して、母親に嫌われてしまえば、出世どころではなくなってしまう。警察署長は、夢で終わってしまうように思えた。ナオ子も困り果てた顔で話し始めた。「お母さまがね~~。反対ですか。ひろ子さんは、素晴らしい人なのに。どこが、気に入らないっていうのかしら。タクシーの運転手だって、りっぱな職業じゃない。サワちゃん、ひろ子さんのこと、しっかり褒めたの。お母さまに、ひろ子さんの良さが、伝わってないんじゃないの。でも、本当に困ったわ。お母さまに、何と言って説得すればいいか?あ~~、困った。困った」

 

 

 


 二人は、うつむいて今にも死にそうな表情でため息ばかりついていた。伊達夫妻は、必死に結婚の許しをお願いすべきだと思ったが、単にお願いだけでは納得しそうに思えなかった。ひろ子さんの素晴らしいさを披露する以外ないように思えた。「ひろ子さんは、歌は上手なのよ。まずは、歌が上手だということを訴えることね。次に、料理はどうかしら。ひろ子さん、歌以外に何か、得意なことはないの?」ひろ子は、さみしそうな顔で答えた。「すみません、歌以外、得意なことといわれても、これといったものは」ナオ子は、とにかく材料を探さねばと必死になった。「そう、習い事に通えばいいのよ。今からでも、遅くないわ。とにかく、料理に、お花に、お茶に、着付けに、お母さまが喜びそうな習い事に通うのよ。ひろ子さん、いい」

 

 ひろ子は、顔をゆがめて返事した。「でも、タクシーの仕事があるから、それは、ちょっと。料理ぐらいだったら、どうにか」うなずいたナオ子は、ほかに何かいい方法はないか頭をひねった。「あなた、名案はないの?ボ~~としていても、いい知恵は浮かばないのよ。どうよ、何か思いついた?」伊達は口をとがらせ反論した。「バカ言うんじゃない。俺だって、真剣に考えてるさ。でも、どうしろっていうんだ?ひろ子さんは、今のままでいいんじゃないか?歌はうまいし、やさしいし、思いやりはあるし、美人だし、こんなに素晴らしい女性は、いないんじゃないか。だから、俺たちは、ひろ子さんを選んだんじゃないか?なにも、小細工なんかしなくていい。正々堂々と胸を張って、飾ることなく、立ち向かえばいいんだ。学歴とか、家柄とかで、結婚するんじゃない。二人の気持ちだ、そうだろ。ナオ子」

 

 ナオ子もうなずいた。結婚は二人の気持ち。愛し合っていれば、家庭は守っていける。ナオ子は、自分が浅はかだったことに気づいた。「そうよね。学歴があっても、家系が良くても、愛がなければ、家庭は崩壊する。ひろ子さん、素直な気持ちで、自分をさらけ出して、本当の自分を見せればいいのよ。それでも、お母さまに反対されれば、駆け落ちしなさい。サワちゃん、覚悟はできてるでしょ」伊達は、マジな顔で力強く返事した。「はい。覚悟はできています。刑事をやめてでも、ひろ子さんと結婚します。僕は、どんな仕事でも、やって見せます」ひろ子は、心ではうれしかったが、駆け落ちだけはしたくなかった。沢富には、やらなければならない将来の仕事があると考えていたからだ。

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
赤い糸
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