危険なビキニ

 ヤコブは、顔をゆがめ返事した。「確かにブサイクは、天才だ。でも、ブサイクだけには、気を許すな。ちょっとした言動から、素性がばれる。ヤツは、安部教授に逐一俺たちのことを報告しているかもしれん。もしかしたら、ゆう子も安部教授とつながっているかもしれん。ゆう子とブサイクは、高校時代からの友達というじゃないか。とにかく、油断は、禁物だ。そう、安部教授は、病院建設予定地として九州の土地を買い占めている。まさか、桂コーポレーションに依頼されて、病院の地下にAI兵器開発研究所を作るつもりじゃないだろうか?その代償として、多額の研究費を得ているのでは?」

 

 イサクは、大きくうなずいた。「それは、考えられる。桂コーポレーションは、AI兵器のパイオニアだ。俺たち以上の研究をやっていてもおかしくない。もしかしたら、安部教授は、桂コーポレーションから得た多額の研究費で天才遺伝子開発をしてるのでは?」生物兵器開発プロジェクトリーダーのヤコブが興味を示し即座に質問した。「どういうことだ?」イサクはうなずいた。「俺たちも議論していた頃があったじゃないか。グリア細胞を活性化させるニューロンの形成だ。そして、IQ1000の超天才科学者を作り出そうというわけだ。でも、そう簡単に解決される課題ではない。安部教授でも、時間のかかる研究だ」顔を紅潮させたヤコブは、語気を強めて話し始めた。「その研究は、俺もやりたい。でも、本部の命令は、AI脳兵士開発だ。安部教授がうらやましいよ」

 

 イサクはヤコブをなだめるように返事した。「脳の研究をしているヤコブの気持ちはわかる。でも、何度も言うように、生物学的に不可能なことに時間をかけるより、AIとニューロンをリンクさせたAI脳を開発したほうが、兵器として利用できる。とにかく、一刻も早く、AI脳の完成に向けて研究を進めよう。そのためにも、科学者を九州に集結させなければ」一度うなずいたヤコブだったが、未練がましく話を続けた。「確かにAIの脳への利用は、実用的だ。だが、ニューロンをもっと利用するためにグリア細胞をいかに活用するかの研究も大切だ。俺は、この研究にこだわりたい」


 イサクは、また同じことを繰り返しているとあきれた顔で返事した。「ヤコブの悔しい気持ちはよくわかる。だが、俺たちは、不可能に近いことに費やす時間はない。世界をユダヤ帝国にするには、まずは、人間を操作できなければならない。そのためには、一刻も早くAI 脳を開発することじゃないか?ヤコブ」ヤコブは、納得がいかない表情だったが、大きくうなずいた。「そうだな。俺たちは、結果を出さなければならない。まずは、政治家たちの脳をコントロールして国家を操作すること。そして、地球を支配するユダヤ帝国をつくること。そういっているイサクこそ、ゆう子に惚れて、裏切者になるんじゃないぞ」

 

 心のゆるみを突かれたイサクは、顔をゆがめて頭をかいた。気まずそうな顔でイサクは話し始めた。「いや~、痛いところを突かれた。あ、そう、腰を抜かすような話があるんだ。今週の火曜日に、偶然、ゆう子と校門前で出会ったんだ。8月のデートで攻略できそうな気がしたもんだから、ゆう子をデートに誘おうと思い、9日、日曜日の予定を聞いたんだ。ところが、デートの約束があるというんだ。その相手というのが、だれだと思う、あのブサイクなんだ。青天の霹靂とはこのことを言うんだな。全く、自分の耳を疑ったよ」ヤコブが、ワハハ~~と笑い声をあげた。「それって、冗談だろう。まさか、あんなブサイクが、彼氏?それはない、ゆう子は、アイドルだろ。冗談がすぎないか」

 

 イサクは、首をかしげて返事した。「いや、俺も、冗談だと思いたいさ。でも、鳥羽とは、高校から付き合っているんだとさ。ヤマト撫子の心は、なぞだな。まったく、まいるよ」ヤコブが、腕組みをして考え込んだ。何かひらめいたかのような顔で話し始めた。「おい、ちょっと警戒したほうがいいぞ。もしかすると、ブサイクは俺たちに接近しようとしているのかもしれん。イサク、ゆう子にも、要注意だ」イサクもマジな顔つきになり返事した。「いや、俺もうかつだった。確かに、ゆう子に関しては、油断していたような気がする。ところで、ゆう子の友達だという鳥羽なんだが、実に興味ある人物だ。ヤツは、姫島という孤島で生まれている。しかも、幼少のころに母親は失踪し、その後は漁業で生計をたたていた父親の男手一つで育てられた。さらに不運なことに、中学3年生の時に、父親も漁に出たまま失踪している」

 

 


 ヤコブは、身を乗り出し大きな目をむき出して耳を傾けていた。「ほう~、まさしく、ミステリアスなヤツだ。かわいそうな気もするが。ほかには?」イサクは、低い声で淡々と話を続けた。「そして、なぜか、当時、担任をしていた小柳ルミ子教諭が、彼を養子として引き取り、糸島高校に進学させている。また、高校2年生の時、数学オリンピックで金メダルを取っている。現在、安部医科大学に在籍しているが、安部教授が特待生として入学させている。まったく、謎の天才だな」ヤコブは、何度もうなずき真剣なまなざしで聞き入っていた。「孤島の天才か。まさにミステリアスなヤツだ。それにしても、あんな孤島に天才が生まれるだろか?父親は、漁師だろ~、漁師の子が天才だとはな~~」

 

 イサクが、思い出したような表情で話し始めた。「いや、言い忘れていた。彼の父親は、漁師だったが、Q大の理学部で物理を専攻している。まあ、秀才ではあるわけだ。はっきりしたことはよくわからないんだが、学生時代、革マル派の彼は、過激な革命運動をやっていたらしい。いつごろからかは、はっきりしないが、姫島にやってきて、漁師になったということだ。姫島では、青年団のリーダー的存在だったらしい。そう、肝心なことを言い忘れていた。噂らしいんだが、結婚後5年たっても、子供ができないといって近所に愚痴をこぼしていたらしい。ところが、志摩総合病院で不妊治療をしたところ、突然、妊娠したらしい。生まれた子が、天才ブサイクだ。これも、奇妙なことだ」

 

 日本人離れした鳥羽を思い浮かべていたヤコブは、ますます彼の素性に興味がわいた。「志摩総合病院か。ということは、その時、安部教授がかかわっていたと考えても不思議ではない。安部教授は、脳外科医であり、遺伝子研究の第一人者だ。となれば、失踪したという母親は、遺伝子操作実験に利用された可能性もある。その結果、誕生したのがブサイクということだ。そう考えても、決して不可思議ではない。いや、その可能性は高い。天才でブサイク。肌はライトブラウン、筋肉はしなやかで強靭。どう考えてみても、ヤマト民族の遺伝子ではない。きっと、遺伝子操作がなされている。だから、あんな孤島で天才が生まれたんだ。イサク、安部教授は、とんでもないことをやってるぞ」

 


 イサクも日本人離れした鳥羽の姿を想像していた。遺伝子操作で何かの異変が起きブサイクな顔の天才が誕生したに違いない。安部教授は、東京だけでなく糸島という片田舎に医科大学と総合病院を建設している。これも何か謎めいている。やはり、桂コーポレーションがかかわっているのか。鳥羽は、安部教授の弟子だ。ということは、安部教授の研究にも携わっているに違いない。ならば、研究内容について何らかの情報を持っているはず。「まったく、鳥羽といい、安部教授といい、不思議な連中だ。ちょっとあくどいやり方だが、鳥羽をひっ捕まえて、安部教授の研究について吐かせてみるか?」

 

 ヤコブは、即座に返事した。「まあ、そんなことをしても無駄だな。たとえ、拷問を受けたとしても、俺たちにゲロすることはないだろう。ヤツは、そこいらの学生たちとは訳が違う。安部教授に操作されているロボットのようなものだからな」イサクも納得した表情で本来の使命を口にした。「そうだな。余計な寄り道をしている時間はない。一刻も早く、九州を第二のイスラエルにしなければ。そのためには、日本の同志を増やし、彼らをモルモットとして利用することだ。ところでヤコブ、ユダヤAIチップの右脳への設置はうまくいきそうなのか?」

 

 ヤコブは、ほぼ人体実験の段階に入ったことを説明することにした。「ユダヤAIチップは完成している。あとは、右脳に設置するだけだ。問題は、アウトプットさせる左脳がAIの信号に従って正確に機能するかなんだ。右脳は機械で左脳は生物だ。この関係が正常に機能してくれるかは、人体実験して見なければわからない」イサクは、うなずき人体実験の計画を尋ねた。「人体実験に日本人を使う予定なんだな。安田と三島も」ヤコブは、顔を左右に振った。「いや、しばらくは、彼らには設置しない。彼らは、ベンチャー企業で働いてもらい、優秀な若者を採用してもらう。採用された若者から、特に優秀な人物に実験する。AIを設置された被験者は、IQ10000の頭脳を持つことになる」


春日信彦
作家:春日信彦
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