狂人たち

 安田は、自分と同じことを考えていると思い、笑いが込み上げてきた。「鳥羽もそう思うか。そうだよな。ゆう子のヤツ。今年流行のビキニを着るんだってさ。野獣に食べてくださいって、言ってるようなもんだよな。ゆう子もどうかしてるよ」鳥羽の指先が小刻みに震えていた。鳥羽の頭の中のビキニ姿のゆう子が、徐々にクローズアップされ、目の前に股間が一気に迫ってきた。鳥羽は、頭を掻きむしり、悲鳴のようなア~~~と大きな叫び声をあげた。「先輩、僕も行きます。虹の松原に。ゆう子姫がやられるのを指をくわえて見ているわけにはいきません。イケメンやろ~~、指一本でも振れたら、ぶんなぐってやる」

 

 鳥羽の気持ちもわからなくもなかったが、鳥羽が出しゃばってしまえば、デートはぶち壊しになってしまう。「おい、そう、むきになるな。大丈夫だ。俺がついている。万が一、デートをぶち壊してしまえば、一生、お前は、ゆう子に恨まれることになるんだぞ。それでもいいのか?今回は、とにかく、俺に任せろ。いいな」鳥羽は、悔しそうな表情を見せたが、デートをぶち壊してしまえば、ゆう子姫に憎まれるのは目に見えていた。だが、イケメンと安田の二人だけが、ビキニの恩恵を受けるのがどうしても許せなかった。「あ~~、僕も見たいんです。ゆう子姫のビキニ姿。ア~~見たいな~~、ゆう子姫のビキニ姿」

 

 あまりにも未練がましい鳥羽を見ていると同情心が起きてしまった。「そんなに、ビキニが見たいか。それじゃ、遠くから双眼鏡で見るがいい。それだったら、ゆう子にも気づかれないからな」鳥羽は、身を乗り出し目を輝かせた。「そうですよね。見つからなければいいんですよね。となれば、僕はどうやって虹の松原に行けばいいか?先輩の車に乗れないわけ出し、僕は車を運転できないし。先輩、どうしましょ?」呆れた顔の安田は、即座に返事した。「原チャリに決まってるだろ。一足先に、虹の松原に行ってろ。俺たちが到着したら、どこのあたりで泳ぐか、電話する。まあ、好きなだけ、ゆう子のビキニを鑑賞するんだな」


 ゆう子のビキニを見られることになった鳥羽は、ニッコと笑顔を作り、話し始めた。「リノさんもビキニですか?二人のビキニを同時に見られるなんて、こんな幸せはないですね。早く、11日が来ないかな~~」リノと聞いた時、安田は、大きな問題を打ち明けることにした。昨夜、リノにダブルデートの相談をすると、断られたのだった。つまり、現在、安田には、デートの相手がいない状態だった。デートの相手を一刻も早く作らないとダブルデートは、実現しないことになり、ゆう子の監視もできないことになってしまうのだった。安田は、昨夜からデートの相手をやってくれそうな女子を思い浮かべては、頭を掻きむしり、一睡もできずに天井を見つめ続けていた。

 

 「それがだな~~、ちょっと困ったことになった。リノが、ダブルデートを渋っているんだ。このままじゃ、ダブルデートは、夢となってしまう。監視もできなくなってしまう。だれか、俺とデートしてくれる女子はいないものか。あくまでも、お芝居のデートだ。鳥羽、誰かいないか?」監視ができなくなると聞いて、鳥羽の顔は引きつった。「え、リノさんが、嫌がってるんですか?また、どうして?ビキニに自信がないってことですか?似合うと思うんだがな~~」首をかしげた安田は、解せない顔で返事した。「いやな、ゆう子の彼氏はイケメンか?と聞くからな、イスラエル人のイケメンだ、と答えたんだ。すると、ちょっと、レベルが高すぎる。今回は、無理、っていうんだ」

 

 安田の顔をまじまじと見つめうなずいた鳥羽は、返事した。「そういうことですか。まあ~、そういわれてみると・・わからなくもないですが。とにかく、先輩とデートしてくれそうな女子ですよね。だれか~~いませんかね~~」鳥羽は、腕組みをして考え始めた。ポンと手をたたいた鳥羽は、ニコッと笑顔を作った。「いるじゃないですか。ほら、ビキニが似合いそうな女子。ほら、巨乳の柏木さん。彼女だったら、うまくお芝居をやってくれますよ。とにかく、頼んで見られてはどうです。当たって砕けろですよ」大きくうなずいた安田は、少しホッとしたような表情で返事した。「なるほど、書記の柏木か。とにかく、頼んでみるか」

 

 


 86日(月)早速、安田は九学連の書記をしている柏木に相談することにした。その日、九学連執行部役員会を終え、柏木を中央図書館横のフォレストに誘った。改まった誘いに首をかしげ、柏木は、怪訝な顔をして安田の後について行った。入口から離れた西北の片隅に二人は腰掛けた。「悪いな。ちょっとお願いがあって、まあ、いやだったら、断っていいんだ。無理とは言わん。まあ、何と言っていいか、今週の土曜日、11日だが、ちょっと、俺に付き合ってほしいんだ。無理にとは言わん。ちょっと、見栄を張って、ダブルデートの約束をしたんだ。どうだろうか?」柏木は、甘いマスクの安田のことが好きだった。だが、安田には婚約者がいることを知っていて、好きだという気持ちは表には出さなかった。

 

 「先輩、でも、私とデートしたら、大変なことになるんじゃないですか?婚約者のリノさんが許さないでしょ。それに、私も、横恋慕みたいなことはしたくありません。きっと、トラブルになります。遠慮します」安田は、思っていたような返事に頭を抱えた。このまま素直に引き下がっても、次の当てがあるわけではない。とにかく、事情を話して、協力を願うことにした。「そうなんだが、これには深いわけがあるんだ。リノにデートを頼んだのだが、リノの都合がつかず、リノに断られたんだ。でも、どうしてもダブルデートは断られないんだ。深い事情は聞かず、どうだろう。俺を助けると思って、デートのお芝居をやってくれないか。頼む。この通り」両手を顔の前で合わせ、頭を下げてお願いした。 

 

 突然、頭を下げられ、柏木は困惑してしまった。お芝居のデートは、別にかまわなかったが、後でトラブルになるのだけは避けたかった。「先輩、もう一度、リノさんにお願いされたらどうですか?真剣に、事情を話せば、リノさんはわかってくれると思いますよ。私がでっしゃばったら、きっとトラブルになります」安田は、少し冷静さを取り戻した。確かに、リノ以外の女子とデートすれば、浮気したことになる。たとえお芝居のデートであっても、このような行為をリノが許すはずがない。最悪な場合、婚約解消になることも考えられた。「そうだな。君に迷惑をかけるわけには、いかん。わるかった」安田は、もう一度リノに事情を話し、説得することにした。

 

 


 その日の夕方、さしはら旅館に到着すると、早速、リノをティールームに誘いダブルデートの事情を話し始めた。「悪いな、忙しいところ。ほら、この前の話だけど。デートの話。あれだけど、どうかな~~。やっぱ、無理か?」リノは、首をかしげ、問い返した。「虹の松原でダブルデーね~~、悪くはないけど。ゆう子はどうなの?嫌がってるんじゃない?」安田は、監視についての事情を話すことにした。「それは、心配ない。ゆう子もOKだ。実を言うと、ダブルデートには、事情があるんだ。それというのは、ゆう子を守るためなんだ。ほら、彼氏っていうのが、名前はイサクっていうんだが、全く素性のしれないイスラエルの留学生だろ。いくら頭がいいからといって、変なことをしないって保証はない。そこで、万が一のことがあってはいけないと思い、ダブルデートってわけだ」

 

 リノは、安田の言っていることも一理あると思った。リノは、今でもダブルデートには乗り気ではなかったが、ゆう子のことも心配になってきた。外人のデートは、セックスがつきもの、とどこかの記事で読んだことがあった。「そうね、その留学生は、ホテルに連れていくつもりかもしれないわね~。今のところ彼女がいないとなれば、セックスしたくてウズウズしてるだろうし。う~~、これはヤバイかも。ゆう子は、全く、男のスケベ心を知らないし、やられるかも?」リノは、コーヒーを一口すすり、安田に協力することにした。「よっしゃ、一肌脱ぐとするか。ゆう子は、男子のことになると、からっきいしダメ。そう、そう、デートは、いつ?」

 

 承諾の返事を聞いた安田は、ホッとした笑顔を見せた。「今週の土曜日、11日だ。俺は、9時に、前原駅で二人をヴェルファイアに乗せることにしている」リノは、うなずき、頭の中では、どのビキニを着るか想像し始めていた。「わかった。イサクとやらをガッツリ観察するか。それと、ゆう子には、イサクの言葉を真に受けないようにって、忠告しとくし。ハルちゃんって、意外と心配性なんだね。ちょっと、かわいい。これで話は終わり?仕事しなくっちゃ。そいじゃ」リノは、すっと立ち上がり、駆け足で立ち去った。肩の荷が下りた安田だったが、稼ぎ時の夏では、皿洗いと清掃のお手伝いの激務が待っていた。若旦那が板についてきた安田は、自分の部屋に戻ると作業着に着替え、厨房にかけていった。


春日信彦
作家:春日信彦
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