ピース

 神妙な顔をして近づいてきた千夏を見て、テーブルのピエロは、首をかしげた。白い鳥は、驚く様子はなく、微動だにしなかった。ちぎられた小さなパンを三個つまみポイっとテーブルに放り投げた。ピエロは、即座に駆け寄りにおいをかいだ。エサではないと判断したピエロは、白い鳥の横に戻ってうつぶせになった。「ハトちゃん、お食べ。パンよ。ちょっと大きすぎるかな」白い鳥は、全く食べようとはしなかった。お腹がすいてないと思った千夏は、そっとガラス戸を閉めてリビングのテーブルに戻ってきた。

 

 テーブルに戻った千夏は、全くエサに反応を見せなかった白い鳥にますます興味がわいた。普通の野鳥だったら、人が近づけば一瞬にして飛んで逃げる。お腹がすいているハトであればエサにがっつく。神社にいるような人慣れしているハトなんかは、エサをもっている人の頭や手に乗ってくる。なのに、あの白い鳥は、人間以上に知的な瞳で、冷静にじっと人を観察している。生まれながらに備わっているであろう本能的な警戒心から逃げようともしない。野鳥でもないし、人懐っこいハトでもない。このような鳥は初めてであった。

 

 「食べなかったね。見向きもしなかったよ。あのハト、パンが嫌いなのかな~~。神社のハトなんか、一斉に集まってきて、我先に喜んで食べるのに。でも、山鳩じゃないと思うよ。人を怖がらないんだもの。スズメなんか、すぐに逃げるじゃない。人を怖がらない野鳥って、いるのかな~~。誰かが飼っているハトだったら、決められたエサしか食べないってこともあるね。おじいちゃん、わかる?」

 

 千春の心の中では、あの鳥はハトではなく、カラスだという思いがますます強くなっていった。あの真っ白い鳥を真っ黒な鳥としてイメージした時、まさに、カラスになるのだった。「おじいちゃんはね、あの鳥はハトじゃないと思う。きっと、カラスだよ。白いから、ハトに見えるだけなんだ。千夏、あの鳥が真っ黒だとイメージしてごらん。カラスになるだろう。大きなくちばしにぶっちょい体型。まさに、カラスだ」

 

 

 千夏は、あの白い鳥が真っ黒の鳥に変身した姿をイメージしてみた。真っ黒い鳥が頭に浮かび上がると、まさしくカラスの姿だった。千夏はつぶやいた。「あ、カラス」千夏は信じられないという顔で千春に問いかけた。「でも、白いカラスって、いるの?カラスは、黒じゃない。ヘ~~白いカラスか。もしかして、あの白い鳥って、白鳥の親戚かも。そうだ、動物園から逃げてきたのよ。きっと、そうよ」

 

 千夏の意見ももっとものように聞こえた。もしかしたら、新種の白い鳥で動物園から逃げ出してきたのかもしれない。千春はカラス説に自信がなくなってきた。やはり、決め手は鳴き声だと思った。鳴き声さえ聞くことができれば、即座に、カラスかどうかが判明する。千春はつぶやいた。「鳴いてくれなかな~、あの鳥。カ~と鳴いてくれたら、カラスとわかるんだが。鳴かせる方法はないものか?」

 

 ハトにしてはどうも様子がおかしいと二人は疑い始め始めたと風来坊は感じ取った。もうそろそろ逃げ出さないと素性がばれる恐れがあると察した風来坊は、ピエロに最後の激励の言葉をかけた。「気をしっかり持つんだ。まずは、事実確認だ。家出は、それからでいい。早まるんじゃにぞ」元気をなくしたピエロは、涙目でか細い声で返事した。「わかったよ。もし、主人に裏語られたら、伊都タワーから飛び降り自殺して、主人に化けて出てやる。ネコの怨念を思い知らせてやる」

 

 伊都タワーと聞いて、鉄塔の足場で寝転がっていたあの奇妙な老人を思い出した。もう、すでに消え失せていると思ったが、なんとなく気になった。「とにかく、早まるんじゃない。俺はもう帰る。素性がばれると、ヤバイからな。そいじゃ、また」風来坊は、何か急に忘れ物を思い出したかのように両手の翼を広げパタパタと羽ばたく音を響かせ、北の方角に飛んで行った。その時、千夏は、あの時、カ~聞こえた鳴き声は、あの白い鳥の鳴き声ではなかったかと一瞬思った。

 

             マスコミ

 

 ピースの家庭でも国会前でのデモが話題になっていた。ネコたちにとっては、誰が政権を取ろうがどうでもいいことだったが、若者の貧困化が深刻になり、ネコやイヌの生活まで貧困化するのではがないかと不安になっていた。能天気なスパイダーまでも約5万人のデモ集団のTV中継を見ては、ワンワンと叫んで飛び跳ねていた。拓実までもスパイダーと一緒になって、リビングを走り回り、デモの真似をしていた。

 

 朝食を済ませたアンナ、さやか、亜紀たちは、デモにも大いに関心はあったが、それ以上に、ピースの結婚の話題で盛り上がっていた。まさに夢のような話だが、ピースの結婚が実現しそうになっていた。というのも、ヒフミンは、中学一年生にもかかわらず、三段リーグ全勝の成績でプロになったからだ。史上最年少天才プロ棋士の誕生ということで、日本だけでなく欧米の将棋ファンまでもを熱狂させていた。

 

 プロになったヒフミンは、記者会見で信じられないアホなことを後先考えず口走ってしまった。それは、今後の抱負を聞かれたときに「将来、大好きなネコのピースと結婚します」と公表したのだった。この冗談のような話はバカ受けすると考えたマスコミは、無責任にもこの結婚発言を世界中に発信した。ところが、世界中の愛猫家たちが、何を血迷ったのか、マジに祝福したのだった。もうここまで結婚話が盛り上がってしまうと、結婚プランナー、ホテル、国際観光協会、世界動物愛護協会までも、本気になって結婚実現に乗り出してしまった。

 

 このニュースを知った時、亜紀は、地獄に突き落とされたように落ち込んでしまった。亜紀は、いずれピースとの結婚をあきらめさせようと密かに考えていたからだ。一方、ピースにしてみれば、人間のたわごとなど特段気にしていなかった。ところが、世界中の愛猫家の話題になってしまった今では、嫌が上でもピースはヒフミンと結婚せざるを得なくなってしまった。

 

 

 

 愚かにもヒフミンはピースの写真を公開しただけでなく住所までも教えてしまった。そために、4月に入ってからいろんな雑誌社からの取材申し込みが殺到していた。でも、アンナはいろんな事情を作っては取材を断っていた。いったん取材を受けてしまえば、あることないこと書かれ、ますます結婚せざるを得なくなるようでアンナたちは怖くなっていた。世間ではネコと天才棋士との結婚を面白おかしくとらえて盛り上がっていたが、話題のネコにさせられたピースにとっては、この上ない迷惑だった。

 

ヒフミンも意外な展開に困惑していた。あくまでもネコのピースが好きということで、ぜひピースを譲ってほしいという気持ちから結婚という言葉をつい口にしたに過ぎなかった。史上最年少天才プロ棋士とネコとの結婚の組み合わせが、ここまで世間をにぎわせ、経済効果をもたらすとは、マスコミも夢にも思っていなかった。N経済総合研究センターよると、世界におけるヒフミン経済効果は、約1000億円に上ると予測された。

 

 頭を抱えた亜紀はさやかに助けを求めた。「どうすればいい。ピースは、世界的大スターになってしまって、逃げ出したくても、逃げ出せなくなってしまったよ。これ以上取材を断れないよ。ヒフミンたら、本当にアホなんだから」さやかもアンナもどうしていいかわからなかった。アンナにしてみれば、エサをちゃんと与えてくれる愛猫家にもらわれるのであれば、別段、結婚に反対する理由はなかったが、当のピースが嫌がっているのであれば、ほっとくわけにもいかなくなっていた。

 

 さやかはヒフミンのことが気に入っていて、結婚には賛成だったが、やはりピースの気持ちを第一に考えるべきだと思った。最近のピースは元気がなく、食事ものどに通らなくなり、やせ始めてきた。今朝も、ほんの少し水を飲んだだけで、病気になったかのようにソファーに倒れこんだ。さらにスパイダーまでも、ピースのことが心配になってしまったようで、元気に外で遊ぶこともなくなり、引きこもるようになってしまった。

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
ピース
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