現在の精神病の治療においては、投薬が中心になっている。しかし、ほとんどの場合精神安定の効果はあっても、精神の回復はなされていない。それどころか、薬が麻薬の働きをしてしまい、薬依存症に陥ってしまっている。そこで、ドクターが新しい治療方法として考えていたのが、精神病の治療にモルモットの人間を使うことだった。モルモット拓也を使ったことによって、宗教に洗脳された佳織の精神回復が図られたことは、ドクターにとって大きな成果であった。
人は、精神的苦痛を和らげるために、また、現実の苦悩から逃避するために“精神的麻薬”である宗教にのめり込む。この現象は、古代から続いているように見受けられる。私の小説は、宗教、権力、名誉、恋愛など精神的麻薬をいろんな角度からとらえ、考察していくものです。作家は、人間の未来を考える上で、精神的麻薬を客観的に解析し、それに伴う禁断症状と自ら格闘する必要があるのではなかろうか?
C.「スラム街の天使」では、貧困社会がもたらす家族の悲劇を描いてみました。主人公は、蝋人形のような笑顔を失った少女スアール。スモーキーマウンテン地区で生活していた貧困家庭の少女スアールは、母親の薬代を得るために借金したが、返済期日までに返済することができず人身売買ブローカーに引き取られた。そして、彼女はマフィアに売られ、彼らのコールガールとなった。
日本に連れてこられた笑顔を失った14歳の少女スアールは、マンションの一室に軟禁され、キムという通訳に監視されていた。美貌の少女に興味を抱いたヒカル監督は、キムから彼女の身の上を聞き出すことにした。女優の優希の助けを得て、キムから得た情報は、ヒカル監督に衝撃を与えた。その内容とは、マフィアに利用された後は、口封じのために殺される運命にある、ということだった。思い悩んだ挙句、ヒカル監督は、必ずスアールを世界的女優にするという約束で、彼女を買い取ってほしい、と社長に願い出た。
土下座をしてお願いしたヒカル監督の情熱に押し切られた社長は、5000万円を捨てる思いで、彼女を買い取った。ヒカル監督は約束を果たすべく、彼女を映画「スラム街の天使」の主演女優として出演させた。その映画は、世界的ヒットとなり、彼女は社長に恩返しを果たすことができた。しかし、そのころ、ヒカル監督は、AV界から姿を消し、彼の所在を知るものは誰もいなかった。
新興国の貧困地帯では、一般的に知られていない人身売買、内臓の売買、など非人道的な売買が日常的に行われている。スモーキーマウンテン地区の売買された笑顔を失った少女スアールの運命を通して、資本主義経済が生み出す貧困が被害者と犯罪者を生み出していること、また、国家と内通する犯罪組織、マフィアや暴力団が、国際ビジネスに深くかかわっていることを浮き彫りにしてみました。