ガンプラの日

あまりのアホらしさに亜紀は、唖然とした。秀才の鳥羽が、どうして、メールを忘れたのだろうかと不思議でならなかった。確かに、人には、うっかり、ということがあるが、アキバ行という重要な伝達を忘れるなんて、正真正銘のバカじゃないかと思った。隣の鳥羽の顔をじっと見つめて、秀才はウソで、本当は、バカなのかもしれない、と内心思ってしまった。

 

 福岡空港上空は北風で、飛行機は旋回し、南から北に向かって着陸態勢に入った。静かなランディングをした飛行機は、ゆっくりと滑走路を走行しはじめた。鳥羽は、CAからの携帯電話使用許可のアナウンスを聞くや否や、スマホを右胸ポケットから取り出し、未送信メールを開いた。そして、謝罪文を追加した。“今、福岡空港に到着しました。本当に、ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい”送信にタッチすると、また、頭をガクンと落とした。

 

 タクシー乗り場にやってきた二人は、運良くすぐに、AIタクシーに乗ることができた。死にそうな顔をした鳥羽としかめっ面の亜紀を見た運転手は、声をかけた。「あら、アキちゃんじゃない、どこまで、行ってきたの?」亜紀は、ひろ子さんだと気づき、元気良く返事した。「あ、おね~ちゃん、久しぶり。二人ね、アキバからの帰り。ガンプラエキスポに行ってきたの。すっごく、楽しかった。ね~、おにいちゃん」

 

鳥羽は、家に帰ってのことを思うと恐怖を感じ、固まっていた。どうにか、苦笑いを作って、返事した。「は~~、どうにか、無事、帰ってこれました」元気のない声で返事をした鳥羽に声をかけた。「あら、元気、ないじゃない。たまに、都会に行くと、疲れるでしょ。迷子にならなくて、よかったじゃない。まあ、田舎者は、こんなものよ。まあ、何度か行ってたら、なれるわよ」

 

 鳥羽は、もう、二度と行きたくなかった。自分の愚かさに、つくづく、嫌気をさしていた。亜紀は、鳥羽がどうして元気が無いか、話すことにした。「あのね、おにいちゃんがね、元気が無いのは、」と話し始めたとき、鳥羽が、「ちょっと、ダメ、シ~~」と唇に人差し指を当てた。その様子を見ていたドライバーのひろ子は、ますます聞きたくなった。「何よ、隠さなくてもいいじゃない。隠し事は、よくないわよ。話しなさいよ」

 

 亜紀は、鳥羽の顔色をうかがい、一度うなずくと話し始めた。鳥羽は、頭を抱え、ガクンと頭を落とした。「あのね、アキバに行ったこと、空港について、今ごろ、ママにメールしたの。おにいちゃんたら、今朝、メールするの、忘れてたんだって。まったく、ドジったら、ありゃしない」今ごろメールしたということは、朝からずっと、母親は、心配していたに違いないと思った。「ということは、アキちゃんは、ママに黙って、家を出てきたってこと?」

 亜紀は、うなずいた。「そうなの。おにいちゃんが、こっそりアキバに行こうって言ったの。その方が、スリルがあるからって。だから、今朝の5時ごろ、こっそり家を抜け出して、おにいちゃんと一緒にタクシーで空港に行ったの。だから、ついさっき、ママは、アキバ行をしったの。おにいちゃんは、ちゃんと、ママにメールしとくって言ったのよ。それなのに、忘れるなんて。おにいちゃんって、ほんと、バカ。アキは、悪くないもん」

 

 ひろ子は、もしかすると警察沙汰になっているんじゃないかと思った。鳥羽を怒鳴りつけようかと思ったが、今ごろになって、怒鳴っても、事態は収まらないと思い、二人に事の重大さを話した。「鳥羽君は、もう、高校生でしょ。黙って、連れ出すってことは、誘拐と同じなのよ。きっと、大騒ぎになって、警察沙汰になってるわよ。どうするの。分かってるの、鳥羽君」

 

 鳥羽は、頭を抱えて、ウ~~~とうなっていた。「ごめんなさい。僕が、すべて悪いんです。やっぱ、警察が来ているでしょうか?捜索願が出されているでしょうか?ア~~、どうしよう。ア~~、バカ、バカ、バカ」鳥羽は、自分の頭を何度もたたいた。亜紀は、自分は悪くないと思ったが、なんとなく、自分も悪いような気がして、泣き出しそうになった。ひろ子は、このまま帰れば、鳥羽君は、警察に事情聴取されて、気の強いアンナさんにボコボコにやられると思った。

 ひろ子は、話を続けた。「今、メールはしたのね。ってことは、そのことは、警察には、連絡されたと思う。でも、鳥羽君がやったことは、誘拐事件と同じなんだから、アンナさんに、ボコボコにされるわ。覚悟は、できてるわね」鳥羽は、ア~~~、とうなり、「ひろ子さん、助けてください。見殺しにしないでください。お願いです」と涙を流し、お願いした。

 

 亜紀も鳥羽が、かわいそうになってきた。アキバに行ったのは、二人だし、おにちゃんは、亜紀のために、お小遣いをはたいて、アキバに連れて行ってくれた。黙って行ったことは、悪いことだけど、おにいちゃんは、とっても優しい人だと思った。おにいちゃんに責任を押し付けた自分が、恥ずかしくなってきた。「おにいちゃん、アキもアキバに行ったんだから、一緒に謝る。おにいちゃんが、殴られるんだったら、アキも殴られる。おにいちゃん、泣かないで」

 

 きっと、警察沙汰になっていると思ったひろ子は、自分も一肌脱ぐことにした。「二人とも、こうなったら、覚悟を決めなさい。確かに、悪いのは、トバ君だけど、アキちゃんのために、アキバに行ったんだから、トバ君も、優しいところ、あるじゃない。きっと、警察は来てると思うけど、そこは、何とかなるわ。おね~ちゃんは、デカには、顔がきくんだから、安心して。男でしょ、潔く、謝りなさい。ママも、分かってくれるって。もう、泣くのは、ヤメ」

春日信彦
作家:春日信彦
ガンプラの日
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