天空の笑顔

常識的な理屈を自慢げに話す二人には、女性の気持ちは伝わらないとつくづく思った。遺影を胸に抱えた悔しそうな表情の母親の顔が脳裏に浮かぶとドッと涙があふれてきた。ハンカチで目頭を押さえると顔を左右に振り、一度うなずくとハンカチを握りしめ報復の決意をした。「親身に相談に乗ってくださって、本当に感謝します。親友の彼女には、お二人のご意見を伝えておきます」ひろ子は、リップサービスとしてお礼を言った。

 

ひろ子の涙が、自分たちへの感謝と勘違いした二人は、満足げな笑顔を作った。ナオ子は、ひろ子の悔し涙を察知し、これ以上、ひろ子を悲しませないように話題を変えた。「ひろ子さん、お見合いが成功するように、今夜は、ドンチャン騒ぎしましょう」ジャンプするように席を立ったナオ子は、IHクッキングヒーターに置いていた鍋を運んでくるとひろ子に声をかけた。「さあ、おなかが爆発するぐらい、バンバン食べて」ひろ子も、こうなったら、とことん飲んで、はだか踊りでもやってやるか、とやけくそになった。

 

天空のトモミ

 

翌日、17日(月)は、二日酔いで頭がガンガンしたが、運良く、非番だったため、ゆり子さんの報復の気持ちを確かめようと、会って話をすることにした。ゆり子さんに電話すると、午後3時には、講義が終わるということで3時半にF大学キャンパス西側にある正門入口でゆり子を拾う約束をした。6月まで中洲のマンションに住んでいたひろ子だったが、7月に城南区七隈(じょうなんくななくま)のマンションに引っ越した。七隈のマンションからは、同じ七隈にあるF大学までは、5分もあれば到着した。

午後3時20分に真っ赤なスイスポに乗り込むとアクセルをふかした。信号が運よく青が続いたため、4分10秒で正門に到着した。車を降りたひろ子は、入口横で15階建ての文系センター棟をぼんやり眺めていた。15分ほど待つとジーンズ姿のゆり子が、長い髪を風になびかせ、大股で駆け寄ってきた。「お待たせしました。教授に呼び止められて、立ち話をしてたもので。ごめんなさい」ひろ子は、仕事柄、待つことには慣れていて、15分ぐらい待たされることには、まったく苦にはならなかった。

 

ゆり子の目は、真っ赤なスイスポに引き寄せられた。「あら、スイスポじゃない、ひろ子さん、スズキファンなの?私もよ。わたしは、ライトブルーのラパン。だから、気が合うのかしら」二人は、スイスポに乗り込むと、気分転換にはもってこいの福岡タワーに向かった。ひろ子は、ゆり子にタワー最上階から広々とした博多湾を眺めさせ、心を浄化させたかった。おそらく、ゆり子は、Dカンパニーへの憎しみを引きずり、今でも、報復の念で心がよどんでいると思ったからだ。

 

スイスポは、福大通(ふくだいどおり)を西に向かい、干隈三差路(ほしくまさんさろ)を右折し、R263を北上した。荒江(あらえ)交差点、さらに脇山口(わきやまぐち)交差点を突っ切って、百道浜(ももちはま)にある海浜タワーとしては、日本一の福岡タワーに到着した。展望すると2時間無料になるタワー専用第一パーキングにスイスポを置くと天空を突きさす全長234メートルの福岡タワーを二人は見上げた。

二人は、スペースシャトルに乗り込むかのような心持で、ガラス張りのエレベーターに乗り込むとその透明のボックスは、天空に連れて行くかのように静かに上り始めた。70秒間のエレベーターからのパノラマに目を奪われていると地上123メートルの最上階に到着した。そこからは、飛行機から下界を見下ろしているかのような絶景が広がっていた。二人は、顔を見合わせるとニッコと子供のような笑顔を作った。

 

北側に能古島(のこのしま)、志賀島(しかのしま)が浮かぶ博多湾、東側は高層ビルがひしめき合う天神街、西側はおしゃれな白いヨットが浮かぶヨットハーバー、南側は脊振山系をバックにしたマンモスF大学。二人は、福岡市の美観に改めて感動した。ひろ子は、何かイヤなことがあるといつも福岡タワーの最上階から、真っ青なピカピカと光り輝く海を眺めた。そして、小さな離島で生まれ育ったひろ子は、ポツンと浮かぶ能古島を見るたびに対馬(つしま)で今でも漁師をやっている両親を思い出していた。

 

ゆり子が天空に溶け込む地平線にじっと目を据え、悲しそうな表情を垣間見せたとき、ひろ子は4Fのスカイラウンジ、“ルフージュ”に彼女を誘った。運良く、博多湾が一望できる窓際の席が一つ空いていたので、ひろ子はその特等席が取られないように一心不乱にかけて行った。キョロキョロとあたりを見渡し、ひろ子の後をゆっくり追ってきたゆり子は顔を赤らめて恥ずかしそうに腰かけた。

窓際の席に腰かける二人に目線を移したカワイ~二十歳前後のウェイトレスがテーブルに向かってきた。ニッコと笑顔を作った彼女がテーブルの横に立った時、ひろ子も笑顔で声をかけた。「ゆり子さん、何にする?私は、ホットとベリーチーズタルト、ここのスイーツ、バリウマ」ダイエットをしているゆり子は、スイーツを食べていいものか悩んだが、メニューのスイーツ写真を見ているとよだれが出そうになって、我慢が出来ず注文してしまった。「私は、カプチーノと抹茶ミルクケーキ」

 

ゆり子は、一見すると上品でおっとりしているように見えたが、顔に似合わず気性は激しかった。その気性を感じ取っていたひろ子は、ゆり子の単独行動が心配であった。彼女には、できれば、トモミの投身自殺のことは忘れてほしかった。「ゆり子さん、福岡タワーって、気分転換には、もってこいでしょ。イヤなことがあった時は、いつも、ここに来るの。広大な海を見てると、自分の悩み何んて、ちっぽけなものだと気づくのよ。“くよくよするな、人生は一度だ、がむしゃらに走れ”って海が言ってくれるの」

 

ゆり子は、自分の心を見透かされているようで、恥ずかしくなった。テーブルに注文の品が置かれるとゆり子は、カプチーノのカップを手に取った。ゆり子は、自分の気持ちを言葉にできなかった。ただただ、トモミの自殺が悔しいという気持ちで胸が苦しくなり、コンチクショウ、コンチクショウと心の底で叫んだ。「ゆり子さん、元気出して。人生は一度しかないのよ。どんなにつらいことがあっても、自分を大切にしなきゃって、思うの。お母ちゃんが、よく言ってた。生きてら~、つらいことばっか。でもな~、生きてるからこそ、愚痴もこぼせる、って」

春日信彦
作家:春日信彦
天空の笑顔
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