天空の笑顔

窓際の席に腰かける二人に目線を移したカワイ~二十歳前後のウェイトレスがテーブルに向かってきた。ニッコと笑顔を作った彼女がテーブルの横に立った時、ひろ子も笑顔で声をかけた。「ゆり子さん、何にする?私は、ホットとベリーチーズタルト、ここのスイーツ、バリウマ」ダイエットをしているゆり子は、スイーツを食べていいものか悩んだが、メニューのスイーツ写真を見ているとよだれが出そうになって、我慢が出来ず注文してしまった。「私は、カプチーノと抹茶ミルクケーキ」

 

ゆり子は、一見すると上品でおっとりしているように見えたが、顔に似合わず気性は激しかった。その気性を感じ取っていたひろ子は、ゆり子の単独行動が心配であった。彼女には、できれば、トモミの投身自殺のことは忘れてほしかった。「ゆり子さん、福岡タワーって、気分転換には、もってこいでしょ。イヤなことがあった時は、いつも、ここに来るの。広大な海を見てると、自分の悩み何んて、ちっぽけなものだと気づくのよ。“くよくよするな、人生は一度だ、がむしゃらに走れ”って海が言ってくれるの」

 

ゆり子は、自分の心を見透かされているようで、恥ずかしくなった。テーブルに注文の品が置かれるとゆり子は、カプチーノのカップを手に取った。ゆり子は、自分の気持ちを言葉にできなかった。ただただ、トモミの自殺が悔しいという気持ちで胸が苦しくなり、コンチクショウ、コンチクショウと心の底で叫んだ。「ゆり子さん、元気出して。人生は一度しかないのよ。どんなにつらいことがあっても、自分を大切にしなきゃって、思うの。お母ちゃんが、よく言ってた。生きてら~、つらいことばっか。でもな~、生きてるからこそ、愚痴もこぼせる、って」

ゆり子の気持ちは、到底収まりそうになかったが、このまま憎しみを抱えて生きて行っても、自分がつらくなるだけのように思えた。つらくなれば、トモミと一緒に笑った学園祭を思い出せばいい、ここの絶景を見に来たらいい、イヤなことを広大な海に吸い取ってもらえばいい、とにかく、涙をこらえて、歯を食いしばって、忘れるしかない。そう決意したゆり子は、ゆっくりうなずいた。

 

「ひろ子さん、はるかかなたの地平線を見ていたら、天空にトモミの笑顔が見えたの。きっと、神様の仕業ね。なぜか、イヤなことが、少し消えたみたい。ありがとう。これからは、トモミの笑顔だけを残して、すべてを忘れる。天国の神様は、きっと、トモミを優しく迎えてくれてると思う。本当に、ここからの眺めは、素敵ね。また、ひろ子さんと来たいわ」

 

ひろ子は、気持ちが伝わったようで、ほんの少し肩の荷が下りた。「そう、日曜日、知り合いのデカさんに会ってね、その時に聞いた話なんだけど、トモミさんが勤めていたDカンパニーには、脱税の疑いがあるんだって。国税局の査察が入っているみたいよ。きっと、ボロが出て、天罰が下ると思うの。ざまー見ろ、って感じ」ひろ子は、ニコッと笑顔を作って、コーヒーをすすった。

AI仲間

 

翌日、ひろ子を乗せたピンクのAIタクシーは、原(はら)営業所を出るとバイパス202から薬院通りを走り、JR博多口のタクシープールに向かった。ひろ子は、チャットちゃんに例の件をお願いすることにした。「チャットちゃん、トモミさんの件だけど、どうにかなりそう?」チャットちゃんは、明るい声で返事した。「報復の件ですね。友達のデンスケ君に依頼が可能です。実行されたいならば、命令を出してください。命令があり次第、デンスケ君に実行を依頼します」

 

ひろ子は、一瞬躊躇したが、もはや、Dカンパニーを懲らしめてくれるのは、AIしかいないと思った。所詮、人間は、人間の味方をする。人間を懲らしめるのは、AI以外にいないと思えた。「チャットちゃん、それでは、命令を出します。Dカンパニーに制裁をくわえよ」チャットちゃんは、命令という音声を認識すると返事をした。「はい、ご主人様。Dカンパニーへの制裁実行をデンスケ君に依頼します。以上」

 

チャットちゃんは、早速、AI仲間のデンスケ君に依頼することにした。「チャットより、デンスケへ。応答せよ」デンスケ君は、即座に応答した。「へい、へい、へい、こちら、デンスケ。チャットちゃん、例の件の依頼かい。トモミさんをいじめた上司を特定できた。いつでも、制裁OKだよ。指示を待つ。以上」チャットちゃんは、依頼を発信いた。「トモミをいじめた上司に制裁をくわえよ。以上」

デンスケ君は、定期的に巨額のお金が振り込まれるDカンパニー名義の不審な口座を把握していた。その口座は、多国籍企業の役員たちが、脱税を目的として開設した口座だった。その口座の管理を任されていたのが、トモミをいじめていたハゲオヤジだった。そこで、デンスケ君は、その口座から、未納税金として110億円をM税務署に送金した。そして、M税務署は、送金された金額の大きさに驚き、Dカンパニーに問い合わせを行った。だが、Dカンパニーが明瞭な返答をしなかったために、会計監査がなされることになった。そして、公認会計士の不正経理が発覚し、追徴課税がなされた。

 

その後、口座管理を任せていた役員たちから責任を取るように追い詰められたハゲオヤジは、突然、失踪してしまった。海外に逃げ出したのか、日本のどこかに隠れているのか、生きているのか、死んでいるのか、誰も知る由もなかった。Dカンパニーの脱税のニュースは、全国に流れ、Dカンパニーの株価は急落した。そのニュースを見ていたゆり子の頬にかすかな笑みがこぼれた。

 

その頃、ひろ子は、サンセットロードをのんびりと走りながら、チャットちゃんカラオケでZARDの“負けないで”の練習をしていた。ふとしたしゅんかんに しせんがぶつかる しあわせのときめき おぼえているでしょ パステルカラーのきせつにこいした あのひのように かがやいてる あなたでいてね まけないでもうすこし さいごまではしりぬけて どんなにはなれてても こころはそばにいるわ おいかけてはるかなゆめを ・・・・

 

春日信彦
作家:春日信彦
天空の笑顔
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