夢のネックレス

さやかは、大きく深呼吸して穏やかに話し始めた。「まあ、おじいちゃん、じゃない、桂会長のことなんだけど。ちょっと、深刻なことになっているの」アンナは、深刻と聞いて身を乗り出した。「深刻って?」さやかは、少し躊躇したが、思い切って話し始めた。「このことは極秘事項よ。アンナだけには、話してもいいとドクターから承諾を得ているの。それというのは、桂会長は、5月から入院してるの。会長の意向では、アンナにもう一度会いたいそうよ。そこで、アンナの気持ちを聞きたいと思って」

 

今のところ、桂会長が父親かどうかは、はっきりしていない。アンナは、特段、会いたいとは思っていなかった。でも、会長が会いたいと言っているのであれば、何らかの理由があるように思えた。また、亜紀にはおじいちゃんがいると言ってしまった手前、一度は会せなければ、嘘をついたことになってしまう。自分はさておき、亜紀に会せるべきか否か、アンナは、ぼんやりと考え込んでしまった。

 

さやかは、アンナが桂会長を父親と認めたくないことは、重々知っていた。この際、亜紀を使って会長と面会させることにした。「どう、アンナ、会長も会いたいっておっしゃられていることだし、亜紀ちゃんも喜ぶと思うんだけど。ここだけの話だけど、会長の命は、そう長くないの。今を逃したら、会えなくなるかも」アンナは、耳を傾けて聞いていたが、命はそう長くない、と聞いてピンと背筋を伸ばし、固まってしまった。

「マジ、命が長くないって、ガンなの?」さやかは、病状のことは伏せておきたかったが、アンナの気持ちをはっきりさせるために、ズバリ告知することにした。「桂会長は、前立腺癌なの。しかも、肝臓にも転移して、末期ガンの重篤」アンナは、会長のことは、極力赤の他人と思い込むようにしていたが、末期ガンと聞いてかわいそうになってしまった。アンナは、さやかの言葉を疑っているわけではなかったが、もう一度、会長の気持ちを確認した。

 

「会長は、本当に、私に会いたいと言ってるの?」さやかは、即座に返事した。「そうよ。もう一度会いたいそうよ。アンナ、会ってあげてちょうだい。この機会を逃したなら、二度と会えないかも。会長はアンナを待ってるわ。アンナ」突然腕組みをしたアンナは、うなずいた。「分かった。亜紀に、おじいちゃんがいると言った手前、会せないわけにはいかないわね。すぐにでも会うわ。どこの病院?」

 

さやかは、ほっとして胸をなでおろし、返事した。「志摩総合病院。早速、ドクターに面会の段取りをつけてもらうわね」さやかは、テーブルのスマホを素早く左手にとって、ドクターに電話した。一度うなずき「ハイ、お願いします」と笑顔で返事したさやかは、アンナに笑顔を向けた。「会長の誕生日、15日の午前中に面会できるように手配するそうよ」アンナは、ちょっと固い表情で返事した。「そう、そいじゃ、誕生日プレゼントを準備しなくっちゃ」

 

アンナが、腰を上げようとした時、亜紀がピースを抱きかかえてリビングにやってきた。さやかを見るなり、さやかのもとにかけてきた。「おじいちゃん、いつ会えるの、明日?もう、聞いてくれたんでしょ。ね~~、いつ?」さやかは、ニコッと笑顔を作り、答えた。「約束はちゃんと守ったわよ。おじいちゃんの誕生日、15日。プレゼントをもって、会いに行きましょう」

 

「ワ~~~、やった~。おじいちゃんに会える。ヤッタ~~」亜紀は、ピースを両手でつかみ、タカイタカ~イを何度も繰り返した。はしゃぐ亜紀を見たアンナは、たしなめる口調で声をかけた。「亜紀、そんなにはしゃいじゃ、おじいちゃんに悪いわ。おじいちゃんは、病気で、入院してるんだから。いい」入院していると聞かされた亜紀は、しゅんとしてしまった。「おじいちゃん、とっても、悪いの?亜紀とお話しできないの?」

 

さやかは、即座に亜紀の気持ちを汲み取った。「大丈夫。ちゃんと、亜紀ちゃんとお話しできるわよ。会長は、首をナガ~~クして、待ってるんだって。よかったね」亜紀は、ピースをギュッと抱きしめると、満面の笑顔でリビングから飛び出していった。アンナは、ベッドに寝込んだ会長に何と言って声をかけようかと考えると、胸が苦しくなった。さやかは、ポンとアンナの背中を押してあげた。「何も考えなくてもいいの。笑顔を見せてあげるだけでいいのよ、アンナ」

夢の顛末

 

その夜、亜紀は真夏の高気圧ガールになっていた。目がギンギラギンに輝き、頭は冴えわたり、眠気がまったく襲ってこなかった。ウキウキ、ソワソワと部屋の中でピースとはしゃぎまわった。おじいちゃんは世界一の金持ちと聞いていた亜紀は、お金では買えないオリジナルな誕生日プレゼントはないかと考えた。まだ一度も会ったことがないおじいちゃんだから似顔絵はかけないし、今は病気で寝込んでいるから手作りのクッキーはダメみたいだし、考えれば考えるほど、頭が混乱し、寝付けなくなった。

 

おじいちゃんを励ますには、あ、そうだ、アンパンマンしかいない。“アンパンマンになったおじいちゃん”、これで行こう。そう心で叫んだ亜紀は、ピースをヒョイとベッドに放り投げると机に向かいアンパンマンの下書きを始めた。亜紀は、突然何かひらめいた時は周りが見えなくなる癖があった。いつもの気まぐれが始まったとふてくされたピースは、「いいですよ、お邪魔虫はさっさと寝ますから」とつぶやき、広々としたベッドの真ん中にゴロンと仰向けに寝転がった。

 

8月15日、朝5時に目が覚めた亜紀は、寝る前に準備していた外出着に素早く着替えた。いつもは、紺のショートパンツをはいていたが、少しでもかわいく見えるようにピンクのポロシャツに花柄のキュロットスカートを穿いた。ベッドから亜紀の様子をじっと眺めていたピースだったが、どこかに出かける気配を感じたピースは、置いてきぼりを食らっては一大事とピョンと跳び起きた。

春日信彦
作家:春日信彦
夢のネックレス
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