夢のネックレス

夢の顛末

 

その夜、亜紀は真夏の高気圧ガールになっていた。目がギンギラギンに輝き、頭は冴えわたり、眠気がまったく襲ってこなかった。ウキウキ、ソワソワと部屋の中でピースとはしゃぎまわった。おじいちゃんは世界一の金持ちと聞いていた亜紀は、お金では買えないオリジナルな誕生日プレゼントはないかと考えた。まだ一度も会ったことがないおじいちゃんだから似顔絵はかけないし、今は病気で寝込んでいるから手作りのクッキーはダメみたいだし、考えれば考えるほど、頭が混乱し、寝付けなくなった。

 

おじいちゃんを励ますには、あ、そうだ、アンパンマンしかいない。“アンパンマンになったおじいちゃん”、これで行こう。そう心で叫んだ亜紀は、ピースをヒョイとベッドに放り投げると机に向かいアンパンマンの下書きを始めた。亜紀は、突然何かひらめいた時は周りが見えなくなる癖があった。いつもの気まぐれが始まったとふてくされたピースは、「いいですよ、お邪魔虫はさっさと寝ますから」とつぶやき、広々としたベッドの真ん中にゴロンと仰向けに寝転がった。

 

8月15日、朝5時に目が覚めた亜紀は、寝る前に準備していた外出着に素早く着替えた。いつもは、紺のショートパンツをはいていたが、少しでもかわいく見えるようにピンクのポロシャツに花柄のキュロットスカートを穿いた。ベッドから亜紀の様子をじっと眺めていたピースだったが、どこかに出かける気配を感じたピースは、置いてきぼりを食らっては一大事とピョンと跳び起きた。

亜紀の足元までかけて行くとお願いした。「おじいちゃんのところに行くんでしょ。一緒に連れて行ってよ。お留守番はいやよ」亜紀は、果たして猫を病院に連れて行けるものか悩んだが、一応小さくうなずいた。ピースを抱きかかえた亜紀は、つぶやいた。「ママにお願いしてみるけど、今日は病院に行くのよ。猫が入れるかどうか、わかんない。ダメって言われるかもしんない。その時は、お留守番ね」

 

亜紀は、朝食が終わり、出かける前にピースのことを尋ねた。「ピースも連れてって、いい?」アンナは、目をつりあげて返事した。「何、バカなこと言ってるの。ダメに決まってるでしょ。さっさと、車に乗りなさい」あっさり拒否され、ピースはしょげてしまった。お留守番を頼まれたピースとスパイダーは、聞きなれたベンツのエンジン音に耳を傾けて、おとなしくお土産を待つことにした。

 

 内科入院患者の病室は東病棟の2階以上にあったが、会長の病室は、極秘入院ということもあって、東病棟の地下二階に設けられていた。正面玄関の北側にある駐車場からアンナと亜紀が、あたりをキョロキョロと見渡しながら正面玄関にやってくると、玄関入口横でさやかが手を振って合図した。ロビーの前方にある総合受付にさやかは軽く会釈するとエレベーターに二人を案内した。

エレベーターで地下二階まで降りると正面左手方向に誰もいない静かな廊下を歩いて行った。しばらく歩くと患者名が表示されていない右側ドアの前でさやかは立ち止まった。さやかは、軽くコン、コン、と2回ノックして、ドアを静かに開いた。さやかの後に続きアンナが病室に足を踏み入れると、目の前には病室とは思えない帝国ホテルの一室と思わせるような豪華な個室が目に飛び込んできた。患者の枕元に立っていたドクターは、アンナに笑顔を見せると静かに部屋を出て行った。

 

王様が寝るような豪華なベッドでは、会長が静かに眠っていた。さやかが会長に声をかけた。「会長。会長。アンナをお連れしました」狸寝入りをしていた会長は、そっと瞼を開いた。さやかは、アンナと亜紀に声をかけた。「桂会長に、ご挨拶して」アンナが足を進めると亜紀はアンナの陰に隠れるように小さくなって歩いた。アンナは、久しぶりに会う会長の顔を覗き見て挨拶をした。「アンナです。ご容体はいかがですか?いろいろとご面倒見ていただき、感謝しています。なんのお礼もできず、恐縮しています。今日は、77歳のお誕生日ですね。おめでとうございます」

 

 アンナは亜紀を左横に呼び寄せると、アンナは、ピンクとグリーンが交差したチェック柄の包装紙に包まれた小箱を、亜紀は、黄色いリボンを結んだ円柱状に巻かれた画用紙を、会長がよく見えるように胸の高さまで持ち上げた。アンナと亜紀は、笑顔を作り誕生日ソングを歌った。「ハッピィバースデイ、トゥ~ユ~、ハッピィバースデイ ディア カイチョウ~、ハッピィバースデイ トゥ~ユ~」歌い終えると亜紀が小さな声で祝福した。「おじいちゃん、お誕生日おめでとう」

会長は、目じりを下げてニコッと笑顔を作り、うなずいた。「ありがとう。この子が亜紀ちゃんだね。どんなプレゼントだろう~ね~、プレゼントを見せておくれ」アンナは、病人でも食べられるようにと糸島牛乳を使った手作りのプリンを箱から取り出し見せた。亜紀は、一晩かけて描いたアンパンマンの絵を両手で持ち上げて見せた。絵の上部には、“アンパンマンになったおじいちゃん“と青のクレヨンで書かれてあった。

 

会長は、黙って二人のプレゼントに見入っていた。「ありがとう。生まれて初めてだよ。こんなに心のこもったプレゼントをいただくなんて。本当に、ありがとう」亜紀が描いた会長の顔が、まん丸のアンパンだったことに笑顔で尋ねた。「おじいちゃんに似ていないね。アンパンマンって、誰だい?」まったくアニメを見ない会長は、アンパンマンを知らなかった。

 

あきれた顔をした亜紀は、即座に答えた。「え、おじいちゃん、アンパンマン、知らないの?正義の味方よ。悪い奴らをやっつけるんだから。すっごく、強いんだから。亜紀、アンパンマン、大好き」亜紀は、あたかもアンパンマンが友達かのように自慢げに話した。目を輝かせた亜紀は、さらに声を張り上げて話し続けた。「おじいちゃん、元気になったら、公園で遊びましょ。ピースもスパイダーも風来坊も、おじいちゃんに会いたがってるんだから」

春日信彦
作家:春日信彦
夢のネックレス
0
  • 0円
  • ダウンロード

17 / 28

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント