誰か言ったか知らないが、「金属疲労」という言葉、上手いことを言うなと思った。まさに云い得て妙だ。これを聞いて、なんだか納得した自分がいた。
32年間、彼、タモリは、この長い時間の中で、絶え間ない外からの、そして自分という内からの圧力に疲労を感じていたのだろうと思うからだ。
はじめの頃、タモリの番組は新鮮だった。会社で忙しい勤務の昼休みに、フッと気を抜いて、皆と無邪気に笑っている自分を発見したのはこの番組のおかげ。
その頃の明石やサンマとの掛け合いは、話術のマジックだった。これが芸だと感心してしまった。
最近の「笑っていいとも」はまったく面白くない。最近ではなくて、この10年位の間に静かに劣化が進んだというのが当りだろうと思う。
その原因は、タモリ自身の問題ではなくて、フジテレビのプロデユーサーとか、社長を含めた役員に問題があるのだろうと、僕は勝手に思っている。
面白くなくなった原因はマンネリ化だ。昼のタイムゾーンの年間視聴率が6%台だったことが、それを証明している。
この金属疲労の原因を考えてみると、まず出演者がお笑い芸人だらけだという問題が見える。
レギュラーメンバーの大多数が、お笑い芸人では辟易する。勿論、面白いタレントもなかにはいるが、大部分は芸のない上方からのお笑いだ。新人お笑い芸人の発掘が、この番組の狙いではないはずだが、何の反省もなくたくさんのお笑い芸人を作り出した。そして、消えてしまったお笑い芸人を数えてみれば、いかに粗製濫造であったかがよく分かる。
さらに言えば、歌の歌えないへたくそな歌手たちがゾロゾロ出てくる。AKBXXのオバカさんたちの姿にもへきえきする。こんなのを出して、局は視聴者におもねっているのだろうか。本当に、視聴者が楽しめると思っているのだろうか。こちらも、飽きられている。
タモリの「友達の輪」コーナーも、実に「本当の友達の輪ではなくなっている。どこかの芸能プロダクションの宣伝のお先棒を担ぐことになってしまっている。意外性のある「友達の友達たち」は、もう現れない。
何のことはない、フジテレビの意向で、何かの番組、映画、ドラマの宣伝の場にしかなっていない。タモリは不満だったろう。昔ほど、会話を楽しめなかっただろうと思う。「不要品の在庫処分」と、タモリは言きった。
企画面でも、新しい企画は全くなくなった。手を変え、品を変え、しかし、どこかで見たなぁという企画ばかりだ。アッと、驚くアイデアは枯渇したのだろう。32年もやっていれば、いずれそうなるのは当たり前かもしれない。
タモリはいつか話すだろうと思うけど、「笑っていいとも」だけでなく、テレビ朝日の「ミュージックステーション」の司会でも、タモリに疲れが見えている。
音楽のわかるタモリは、ここでも歌えない歌手たちに取り囲まれている。これは日本の音楽界が退歩しているからだろう。本当に安心して聞ける音楽のない「Mステ」では困る。うるさいだけの、AKBXXなどと付き合っていて楽しいわけがない。
それは、視聴者にも責任があるし、作曲家やプロデューサーの責任も大きい。全体的にみると、日本の音楽のレベルが劣化していることの証拠だろう。3オクターブもある広い音域の豊かな音楽の表現を、意図的に消してしまった小室哲也の世代の罪は深い。
さらには、おニャン子…だとか、モーニング娘とか、秋元のAKBXXもふくめて、音楽を台無しにした。
さらに言えば、テレビ界はまったく疲弊している。
お笑い、チャラチャラのAKBXXなど、動物、食物、旅行、韓流ドラマ、再放送に依存している現状に夢は持てない。
一番ひどいと思うのは、美術館めぐりみたいな番組にもお笑い芸人が出てくる。やめてほしい。付け焼刃の解説なんか聞きたくもない。
出来れば、海外にあるような24時間、ニュースを流す局、BBCのように時間をかけて一つの主題をしつこく追いかけていくドキュメンタリー、そんな専門の局があったっていいはずだ。
日本のテレビは面白くないということに尽きる。
P.S.
この文のための関係者への取材はしていません。この文は、すべて私の個人的見解で裏はとれていません。
昨年、むかし一緒に働いていた女性SEたちに会う機会があった。
その人たちに会って話を聞いて感じたのは、SEって本当に女性向の仕事だなぁとの思いだった。
SEと言えば、かなりハードな仕事だと知られているが、実は女性にはとてもいい職業だと思う。時々、語られる女性力の発揮という、今の日本での労働人口の減少問題に対する一つの解であるかもしれない。
専門的な知識が必要で、それは単にITの専門教育を受ける、本や資料を読んでとか、PCを使って自分一人で学べるというものではなく、実務的な経験を得て、初めて得られるノウハウでもある。それを身に付ければ、その人の人生の仕事を永く保障するものだといえる。
<Date Flow Diagram>
必要な実務的な経験は、ITの仲間、先輩、後輩、隣接領域の専門家、そして、お客様であるユーザーとの共同作業で得られるものだ。スキルの中には、対人的なコミュニケーション能力も強く要求される。女性のエンジニアもその例外ではない。
最近のITの環境としては、昔と比べて大きく改善されている。SEが物理的にチームとか、お客様に近いところに居る必要は必ずしもない。PCとネットワークの整備、オンラインで行える共同のプラットフォームがあれば、それをリモートでのテレビ会議などで補完して、ネットを通じて仕事が進められるように環境は変わってきた。
今や、プログラマーの仕事は、在宅で十分にできる環境だ。
だから、他の業種で、女性は結婚で仕事が切れるとか、同じく、出産で仕事を失うとかということは基本的には無い。もちろんその人の属する組織の包容力とその人の意志の持ち方とかによるだろうが…。
子育て後、SEとしての活動を再開した3人の女性SEの実例を紹介しよう。時まさに、就職シーズン。女性のエンジニアには参考になると思う。
Dさん:
ホスト系やワークステーションで動くCADやCAE(Computer Added Engineering)のジャンルに挑戦。楽しんで新しい領域の仕事をこなしていった。
その後、結婚。一時退職したが、子供も育って、時間が出来たのを契機に、地域社会の振興のためのIT関連の仕事に従事している。具体的には地域社会の小さな会社、商店へ、ホームページの作成の普及を促進するIT技術者として活躍中。その地域のマーケティングの拡大を目的に。
最近は、住んでいる地域のみならず、他の地方からもお呼びがかかって、自分のやっていることを、他の地域にも展開できるよう、お手伝いをしているようだ。楽しいに違いない。
Eさん:
ホストの上で動く業務系のアプリケーション開発を経験したSE。人柄も良くて、先輩からもかわいがられて、成長した。
結婚で退職。育児が終った20年後、公益団体で、大学や研究施設の学術データベース検索の手法を開発。その普及と維持を担当。これを皮切りに、SEとしての仕事を再展開。今はIT技術者として、ある国立大学のIT推進を担当している。仕事を楽しんでいるのがよく分かる。
Fさん:
Eさんの同級生で、同じくホスト系の業務アプリケーションの開発保守を経験。この人は、勘定系に特化したスキルを獲得して、一人前のSEとして育った。
その後、結婚で退職。子育てが終わったら、IT企業に再就職して現職のSEだ。生活の基盤を持ちながら、SE業務を楽しんでいるようだ。
こうして見てくると、SEという技術を身に付けておけば、結婚、子育ての後に、簡単に現役に復帰できる事例とも言えるだろう。
もちろん、SEへの向き、不向きもあるが、スキルを身に付けた女性の再就職、さらには在宅勤務を可能にするキャリアーの一つだと言える。
また、老齢化の進む日本での労働力の不足にも、彼女たちの眠っているスキルを活用できれば、大きな力になると思う。
<一生SE>
論理的な頭の構造を持っていると自信がある女性には、こうしたキャリアーを考えて、大学生活や高校時代を過ごしてみてはどうだろう。きっと頑張れば、今の使い捨ての女性とはならないで、自己実現とはいかないまでも、一生、自分の存在の証明し続けることが出来るかもしれない。
ある方のワンちゃんが16歳で立てなくなったという投稿を見て、昔のことを思い出して僕の体験を書きます。参考になれば…。
最近は、「老人ホーム」ならぬ、「老犬ホーム」という言葉が出来ているくらい、ペットの高齢化が進んでいるようです。
飼い主の高齢化は、とりもなおさず、ペットの高齢化を意味するわけで…。
子供が育って家を出ていって、お年寄りだけの家庭が増えているようです。全世帯の三分の一は、65歳以上のお年寄りだけの家庭だと言われています。こうなると、淋しいから、ペットを子供替わりに飼うことになるようです。
ペットがいれば、お年寄り夫婦の間にも、明るい会話が生まれるし、否応なくペットの散歩のために外に出なくてはならなくて、健康管理にもいいという効果もあるようです。もちろん一番は、ペットと楽しいやり取りができるからでしょう。
残念ながら、犬は人間より早く年を取ります。結果として、犬が飼い主を追い越して先に歳を取っていくことになり、飼い主より先に痴呆症になったり、白内障になったり、耳が聞こえなくなったり、病気になったりするわけです。生き物のだからしょうがないのですが…。
小型のイヌの例でみると、1歳で人間の20歳。2歳で人間の24歳。もう立派な成人ならぬ、成犬です。彼らは、こんなに成長が速いのです。その後は1年で人間の4歳分の時間を生きています。人間の4倍で老化も進むわけです。飼い主より早く年取っていくことが分かります。
例えば、近所のシュナウザー・マグちゃん、14歳は、人間でいうと24+4x10=64と、もう64歳にもなっているのです。もちろん、一方では、獣医さんやドッグ・フード屋さん、飼い主さんの努力もあって、犬の平均寿命は延びているようです。
あるデータを見ると、犬の平均寿命が1990年では8.6歳だったものが、2000年では11.9歳にも伸びています。いくら平均寿命がのびても、やはり歳を取るスピードが速いので、犬は飼い主さんを追い越してしまうのです。老老介護の犬版が起きているわけです。
実は僕にも、老犬介護の経験があります。僕は30年間、M. シュナウザーだけを3頭飼ってきました。最初のシュナウにハマッテしまって、他の犬種には移れなかったのです。シュナウザー・バカと言えるでしょう。
<アンナ19歳>
僕の最初のシュナウザー、アンナは僕の娘と同じ年の生まれで、娘と一緒に育ってきました。あとちょっとで20歳。横浜市から20歳表彰される手前の19歳で老衰のために天国に行きました。この間、介護が必要でした。人間で言えば90歳以上の老犬でした。
足と腰が弱ってきて立ち上がれなくなり、後ろ足の腰の骨のあたりに褥瘡(床ずれ)がおきてきました。ジクジクと出血します。パウダーの消毒薬などを使って、血止めをし、キズをふさごうとしましたが、それが、なかなか…。
それで悩んだ結果、次のような補助具を作ってあげました。
・ネット(緑色のゴルフ練習用の網))を買ってきて、ケージの上に張ります
・イヌを抱えて、4足の位置を計ります
・そこに大きめの穴を四つ、開けます
・そこに静かにワンちゃんを降ろします。ハンモックのように
・床からの高さは、ワンちゃんの足が床に届くくらい 届いた方がいいようです
これで床ずれはなくなりました。
このように、老齢化が進むペットたちに飼い主は対応しなければなりません。
次の仔、べーは、14歳のとき病気で、最後のチェルト君は、9歳で癌で亡くしました。
<β>
<チェルト>
本当は4頭目のシュナウザーを飼いたかったのですが、これから飼うと、僕より長生きしそうです。その仔に僕の葬式を出してもらうわけにもいかないので、我慢して、他の家のシュナウザーを撫でさせてもらっています。
高齢化が進むと、いとおしいペットとの生活にも、それなりの寂しさや、悲しさが忍び込んできます。
でも、彼らから貰っている喜びとか、明るい笑い声とか、家族との会話だとか、そんなことを考えると、やはりできる限りの長生きを期待します。
皆さんも、いとおしいペットたちを長生きさせて、ご自分も楽しんで、長生きしてください。
フッと気がつくと、自分もペットも老境を迎えているかもしれませんネ。
僕はもともと、物理的な物に対する欲求は強くはない。それは、僕自身が育った家庭が裕福でなかったことの後遺症かもしれない。
とにかく、大金を払って、みんなに自慢できるような物を持つような欲求はまったく無い。だが、自分が身の回りに置いておきたいと思う、気に入ったものたちはある。
この事を書こうと思ったきっかけ。それは孫が、今年小学4年生になり、その妹が小学校に入学したので、新入学の何かお祝い物を…と思ったことだ。
小学校入学の下のチビにだけプレゼントするのもなぁと思って、結果として4年生の孫に選んだのは、ペリカンの万年筆。といっても、大人用の何万円もする、あのペリカンではない。ペリカンが作っているペリカーノ・ジュニアという万年筆への入門用。メーカーは、ペリカン。僕自身が高校生の頃憧れた、大人の印、ドイツの万年筆だ。孫には、美しいロイヤルブルーのインク・カートリッジをつけて、プレゼントした。
あの喜びを、もう4年生だから味わってもらってもいいだろうと、娘にも相談せずに僕が決めた。その子は喜んでくれて、会って食事をしているあいだじゅう夢中になって、インクの出具合、書く角度などを試していた。おそらく、大人の仲間入りが出来たとの思いと、妹に対するお姉ちゃんとしての優越感もあって、喜んでいたのだと思う。
僕は一言、「インクは液体だから、ボールペンのように乱暴に使うことはできないよ。
シャツなどにインクの染みをつけないようにしなけりゃならないよ…」とだけ言った。
これがきっかけで、僕のものに対するこだわりは何なのだろうと、リストアップしてみた。
・万年筆:ペリカン モンブラン ウオーターマン
ドイツの万年筆は高くてなかなか買えなくて、銀座の伊東屋さんで、きらびやかなショーケースの中に並んでいるのを眺めていた。ペリカンを買ったのは、フランクフルトのDuty Free shopが最初。30歳にはなっていたと思う。でも高かった。
・ボールペン:(ルイジ・コラーニデザインのペリカン) ラミー ウオーターマン
ルイジ・コラーニは、車のデザインで知られた、美しい形をうむデザイナー。ボールペンも美しい。ラミーはちょっといたずら心がある。
・パイプ:ピーターソン シャコム ダンヒル サヴィネッリ ブッショカン 手作り
もうタバコをやめて25年くらい。だから、もうパイプは手元にない。ブログにも出てくるKTのところにある。彼も脳こうそくで、ホームに入っているから、手元には無いだろう。
銀座に出る度に、「菊水」がまだあるかって確かめている。あれば安心。何時だったか、がんばってほしいと店の人に伝えた。手作りは、ブライヤーの原木を買って作ったのだから、入れ込みようは自明。
<パイプたち>
この写真は、flickerよりJ. Shainskyさんのパイプをお借りしました
ライセンス:creativecommons.org/licenses/by/2.1
・腕時計:ポルシェ・デザイン コルム
ロレックスやオメガ、さらにピアジェとかバセロンには全く興味がないけれど、この二つのブランドには興味があった。香港に6週間いた頃、カオルーンで探してみたが、高くて手が出ない。だから、今も僕のところには憧れだけが残っている。僕が持っているのは、スイス国鉄の使っている時計と同じデザインのクオーツだ。
<スイス国鉄の時計>
・ネクタイ:ペイズリー
昔から、ペイズリーに決まっている。一時、全く見かけなくなったけれど、10年周期ぐらいで出回ってくるので、今の僕の20本は、お値打ち品(?)。ストライプはちょっと…ね。
・ウイスキーとジン:タラモアデュウとジュネバー
アイルランドのこのウイスキー、タラモアデゥウはとてもいい。チーバスリーガルにも劣らない深みと軽さがある。Whiskyではなくて、Whiskeyと綴ってある。
ジンは大好きだった。でも今は飲めない。ジュネバーはオランダのジン。独特の風味があって、奥深い。入れ物にも惚れている。
・カクテル:マルガリータとヴェルモット
ジンベースのマルガリータはクラッシュした氷と、塩とがとてもいい。ヴェルモットは、もちろんジンベース。しかし、心臓君の問題があるから、楽には手が出ない。困ったものだ。
・スケッチブック:Gekkoso
何と言ってもスケッチブックGekkosoだ。僕の思いでのスケッチブックは、全て Gekkoso。なんといっても、スケッチブックはGekkoso。
そうそう、最初の話に戻ると、小学校への新入学の下の孫には、パイロットが最近発売し始めたゲル状のクレヨン、24色。女性の口紅のように、上端をくるりと回せば、新しいクレオンの芯が出てくる。彼女も喜んで試し描きを描いてくれた。孫が一人遊びをしてくれたので、おかげで、娘とは大人の話が出来た。
追伸:車については、僕の好みがあるのだけれど、別のエッセイで書いているから、重複は嫌なのでここでは省略。