ゴータマ師は、ヴァイシャリー市郊外の林間にあったアームラバーリーの道場で、数十人の修行者達と生活していた。
小じんまりした道場だったが、名士や比較的知名度の高いヨーガ行者などがたまに来訪することで知られ、見物や相談に来る一般人も多かった。
修行者達は道場の前面にあるマンゴー林を伐採しただけの庭で修行していたが、彼らの風体は一様にみすぼらしく、容貌や表情も今一つ垢抜けしてはおらず、切り株にしゃがんで瞑想している修行がほとんどで、その風景からは訪問者が興味をそそるような要素を見つけることが困難だった。
当時の常識として、修行者は苦行しているほど徳が高くありがたみがあるとされていたので、大方の訪問者達は拍子抜けした。
もし、この道場が病気治療に卓越した実績がなかったならば、彼らの多くはみすぼらしい道場の内部に進む意欲をなくしてしまったかもしれなかった。
しかし、この道場の布教活動は当時のインドでは革新的なものだった。
この当時、修行者達のあらかたは、自分の霊格向上を至上の目的として、自らを律して厳しい修行にあけくれたが、他人のためにどうするという発想は持たなかった。
修行者のサポーター達は彼らの修行ぶりを見て、尊敬の念から一方的に奉仕をし、修行者も当然のごとくそれを受け取り、たまに病気の治療などをすることもあったが、基本的にはサポーターに何らかの福徳を授けることはなかった。
有力なバラモン(註:聖職階級)やヨーガの達人には弟子を受け入れる者もいたが、彼らも懇願されて弟子入りを認めてやるパターンを取っていた。
高名な修行者は気紛れにしか弟子を取らなかったが、謝礼を条件に比較的簡単に弟子入りを認める者もいた。
ところが、ゴータマ師は、弟子達に一切の謝礼を要求しない代わりに、積極的な布教活動を命じていた。
依頼者から要請がなくても、積極的に大衆の中に近づいて、悩める者の心を慰め、また、入門者の募集活動も行うよう指示したのだった。
以上のような理由で、教団にはさまざまなレベルの弟子がいたので、全員に対する最低限の規律を徹底させるために、単純化された三種の方針を基本教理を掲げていた。
「覚者であるゴータマ師に絶対服従すること。
ゴータマ師の教理を無条件で信じること。
教団の方針に従うこと」
以上を三つの宝と称し、弟子達は必ず三宝を守るように厳命されていた。
インドのように人口過剰な地域には、人や動物ばかりではなく肉体を持たない様々な種類の霊体も数多く存在した。
それらの霊体の中で、自ら発するエゴイズムの想念で他の霊体を汚染するものを修行者達は悪魔と呼び、恐れた。
悪魔はエゴイズムの快感にひたれる肉体を渇望しており、霊的な修行をしている人間は霊体と生体とが分離しやすい状態になっているために、悪魔達からみれば憑依する格好の存在だった。
また、弟子達の内でも、未熟な者はエゴイズムの罠に陥り、一般人とトラブルを起こした。
これらはゴータマ師の評判を不快に思う他教団からの中傷の材料となった。
そのため、ゴータマ師は弟子達の霊格向上の妨げとなる障害を排除するための修行カリキュラムを考案した。
その方法は、精神状態を「真空」と呼ばれる状態に誘導することによって、宇宙に内包する無限の知識を理解させるというものだった。
この理論はインドのインテリ間では常識的な内容だったが、これを獲得するための実践法としては瞑想と苦行が中心だったものを、ゴータマ師は戒律を守る修行法と講義による学習に変え、更には一般人との接触を重要視し、ボランティア活動・宣伝活動・寄付活動などを積極的に行わせた。
資金集めに関しては弟子達も熱心だったので、資金繰りは見た目よりも潤沢だった。
「真空」についてゴータマ師は次のように解説している。
「私は瞑想によって次のことを知った。
自分の心を常に何ものにも邪魔されない自由の境地に誘導すると、静かな無の瞑想の中に入ってはいるが、同時に宇宙空間に記録された膨大な知識や能力を知覚できるようになった。
『無』すなわち『真空』の中には宇宙の全てがあったのだ。
と同時に、今まで知覚されていた世界が、実は流動的で不安定な現象の空間であることがわかった。
この『真空』の状態になると、人にものをやっても惜しいなどというけちな料簡はなくなり、私の定めた規則を抵抗なく守ることができるようになる。
忍耐力が飛躍的に増強されて、どのようなことでも我慢できるようになる。獲得された様々な能力は、この現象空間でも行使できるようになる。
つまり、正確に宇宙構造の認識することによって、エゴイズムを離れた精神状態に到達するということだ。
一度この状態になると再び無知の精神状態に逆戻りする心配がなくなり、他者にこの状態を説明することもできるようになる。
宇宙で起こる全ての現象がわかるようになり、同時に全ての人間の本質もわかる。
この状態になると、自分が現象空間の世界での世間一般の人間よりも優れた存在であることが自覚できるようになり、身分制度など無意味であることがわかる。
宇宙知識はこれを理解した者の肉体にも影響を与える。
肉体は強靭になり、容姿は端麗になる。
世俗的なアクセサリーで身を飾らなくても、肉体からほとばしるオーラ(註:半物質状の光線。様々な波長が混在しており、肉眼で確認できるものから、霊視によって見えるものまである)が燦然と輝くのである。
真空を理解した者は高級霊からも賞賛され、このサハー銀河(註:地球が所属する銀河系)の中心部まで名声が轟くことになる。
その精神状態は例えればダイヤモンドの結晶構造のようなものである。
宇宙知識は永遠不滅であり、全宇宙を覆っている。宇宙知識の波動は精妙甘美であり、それを感知した者は恍惚状態になる。
現象世界の因果関係を理解して、さまざまな間違った解釈を否定しているから、存在の有無に固執する相対的な価値観に陥ることはない。
真空の説明を求められれば、恐れを抱くことなく説明することはできるが、世間一般の人間がその説明を聞いても、理解することはできない。
真空の存在を一般の人間に理解させるためには、実践的な行動を取る必要がある。
それは海底を熟知した老漁夫が、経験の浅い若者達に場所を教えて、海の幸を採らせる行為に似ている。
真空を理解した者はボランティア霊となり、低次元の霊界やそこにいる霊の心の働きをよく知り、相対的関係から超越した自由自在な能力が備わるのである。
ボランティア霊になれば再び低次元の霊界に再生することはないが、彼らの多くは再び低級霊界に転生して低級霊の向上のために尽力する。
低級な未熟霊は己れの霊性の変質のために、全てが病気の状態にある。
ボランティア霊は病気の症状に応じて、真空のエネルギーを変化させ治療に当たる。
ボランティア霊は全宇宙に存在し、職能に応じて救済活動に勤めている。
ボランティア霊の中で一定の実績をあげた者は、覚者に昇格し、宇宙と合体して真空に戻るのである」
サハー銀河内に存在するボランティア霊はその資質に応じておよそ次のような担当を任されていたが、その職務権限はいずれもこの銀河内に限定されていた。
系内巡回査察担当・特別捜査担当・現象空間制御担当・
宇宙法担当・宇宙法検査担当・系内エネルギー送信担当・
系内エネルギー変圧担当・系内エネルギー増幅担当・
エネルギー貯蓄担当・エネルギー自動制御担当・一般エネルギー手動制御担当・
特殊エネルギー手動制御担当・エネルギー長距離制御担当・系内補修担当・
エネルギー探査担当・エネルギー開発担当・エネルギー解析担当・
系内記録担当・系内記録整理担当・系内霊別記録担当・
系内特別記録担当・巨大構造担当・微細構造担当・
無自覚記録保管担当・空間物質担当・霊界担当・
未熟霊担当・電気エネルギー担当・治療担当・
音量制御担当・広報担当・ブラックホール担当・
嗅覚信号解析担当・教育担当・労働担当・
芸術担当・宇宙法整備検討担当・空間移動制御担当・
時間移動制御担当・法構造担当・対ボランティア霊配置担当・
残務処理担当・対ボランティア霊厚生担当・勤務査定担当・
査定監査担当・次期覚者担当・マネージメント担当
などが主立った担当で、この組織に所属する高級ボランティア霊はこの銀河内に三万二千体存在した。
ボランティア霊は原則として人間の霊格が進化することによって誕生したものだったが、この宇宙には当初から物質的手段によらず誕生した霊体も多く存在した。
その一つが原初大霊の分霊であるブラフマンで、銀河系内に一万体いた。
彼らも資質に応じて様々な職能を持っていたが、銀河内の職務に限定されているボランティア霊と異なり、彼らには宇宙全体の維持運営に関わる仕事が委ねられていた。
さらには、ブラフマン系から分離したインドラ系と呼ばれる警備組織が存在し、独立した系統として各銀河の治安を担当していた。
その他サハー銀河内には、肉体を持つ様々な高級知性体、肉体を持たない霊体、半物質状態の霊体、人類とは別系統の霊界から進化した霊体、植物系の霊体、この宇宙以前から存在した霊体などがそれぞれの職能に応じた仕事を受け持っていた。
ゴータマ師はこの道場で定期的にセミナーを開催していたが、彼は難解な教義を避け、一般受けする寓話を中心に説法したので、毎回向学心に燃える大勢の聴衆が集まった。
聴衆は様々な階層に及んだが、普段教育の道を閉ざされているシュードラ(註:隷属民階級)の者も多く訪れた。
この日も幾百の人達に取り巻かれて、ゴータマ師はこの人達のために説法していたが、オーラを確認できる者が見れば、その威厳ある姿は、銀河中心核のバルジを彷彿させるようだった。
ゴータマ師は藁で編まれたみすぼらしい茣蓙の上に座っていたが、彼の全身から溢れるオーラは茣蓙を荘厳に飾り、さらには説法を聴きに来た聴衆を照らしていた。
このような説法会では、始める前に儀礼として参加者の中から祝辞を述べることになっていたが、今回はヴァイシャリー市内の有力地主の息子でバラモンのクシティガルバが選ばれ、仲間の青年達を伴ってゴータマ師に祝辞を述べた。
彼らは礼拝してから瑪瑙や瑠璃の宝玉を携えゴータマ師の足元に置いた。
また彼らは修業の成果を誇示するために精神集中して頭頂から発するオーラの光を全身に覆わせ、宝玉で飾ったように輝かせた。
するとゴータマ師は微笑んで彼らの英気を集め、会場全体に拡散させた。
もっとも、大部分の聴衆は彼らの行動を理解できず、単に難解な儀礼を行なっているのだろうと解釈した。
聴衆の中には霊格が高く、宇宙エネルギーを理解している者もいた。
その時彼らは、宇宙全体が同様の気で満ちていることを認識した。
宇宙エネルギーの構造は巨大でもあり微細でもあった。
宇宙構造の個々の銀河やその一つ一つにある銀河のバルジ中心部やシンクロトロン放射、散開星団・球状星団・散光星雲・惑星状星雲・暗黒星雲・円盤部・外周部などが熟練者には透視できたが、同時に各惑星内にある、大海・川・泉・沼なども認識され、恒星・惑星・衛星に住む人間や霊人、都市・政庁などが克明に知覚され、更に全宇宙の覚者達や、その覚者達が民衆を指導している模様さえ知覚できた。
そのような霊能者達はゴータマ師のこの強力なパワーを目のあたりにして賛嘆し、掌を合わせて彼を礼拝すると、瞬ぎもしないで、じっと彼の顔を仰ぎ見た。
クシティガルバを始めとする青年達は、実は全員ボランティア霊だったので、このような現象を目のあたりにしても動じることはなかった。
クシティガルバはゴータマ師の前に進みでて祝辞を述べた。
「蓮華は宇宙知識を現わし、その全てを見渡すあなたの目は澄み渡っている。
真空内の静止エネルギーは別の宇宙まで達している。
人間世界で最高存在のあなたは、不死が真空の中に存在することを知っている。
あなたは宇宙と合体し、最高の真理を説法する。
真空世界は現象と反現象の中央に位置し、現象や反現象は原因によって生じる。
その原因の中で主観の本質は無であり、客観の本質も無である。
にもかかわらず、善悪の区別は存在するとあなたは説く。
強力な力を持つあなたはエゴイズムを征服し、静止の中で、宇宙知識の中に入り主観を消滅させた。
あなたは
『この世は修行の場である。
修行の原因は恒常性の欠如と人間のエゴイズムである。
修行が成り、エゴイズムが消滅した時、宇宙知識が知覚され合体する』
と説き、エゴイズムを消滅させる方法として、
『宇宙知識に関する正確な情報を学ぶ。
宇宙知識に関する思考法を学ぶ。
宇宙知識に関する思考を正確に言語表現する。
宇宙知識に関する思考法に従い行動する。
宇宙知識に関する思考法に従い生活する。
宇宙知識に関する思考法に従い判断する。
宇宙知識に合体する努力をする。
宇宙知識の存在を絶えず意識する。
宇宙知識の合体した状態を想像する』
という八通りの実践法を示した。
あなたが宇宙知識を人々に教える時、私達から苦悩は去り、永久の安息を得る。
あなたは人々の苦の不安を癒す最高の医師である。
あなたはどれほど人から尊敬されようと態度を変えることなく、認識の正しい者にもそうでない者にも平等に接する。
ゴータマ尊師よ、ヨーガ王という称号はあなたのためにある。
あなたの肉体にはヨーガ王の全ての特徴が顕れている。
あなたによって語られた言葉は、聴く人間の精神レベルに応じて自在に理解される。
あなたの言葉は聴く者を真理へも導き、堕落から救う。
心の中の煩悶も消滅する。
あなたは十通りの力によって人々を教え導く。
すなわち、
『正確に真理と反真理を洞察する力。
正確に過去・現在・未来の因果関係を理解する力。
正確に修行の全行程を把握し、修行者の習得情況を理解する力。
正確に人の能力を測定する力。
正確に人の判断を予想する力。
正確に人の行動を予測判断する力。
正確に自然現象や社会現象の因果関係を理解する力。
正確に前世を理解する力。
正確に人の誕生と死を理解し、霊界での処遇を予想する力。
正確に自己存在への固執から脱出する方法を熟知する力。』
これらによって人間は恐怖から逃れることができる。
あなたは自己存在への固執から脱出する方法を発見した。
あなたの意識は他の宇宙まで到達している。
あなたは肉体をこの地球上にありながら、心は宇宙と合体している。
水に生えた蓮華が水に汚染されないように、あなたの精神は永遠の英知を獲得した。
私欲の無いあなたの力は誠に偉大で、私は心からあなたを尊敬いたします」
こうして、クシティガルバは、これらの祝辞を述べてから、ゴータマ師に申し上げて言った。
「尊師。
この青年達はいずれもすでに宇宙知識の習得を求め、どうしたら宇宙の進化に貢献できるか知りたいと願っております。
ですから、尊師、私達がすべき修行の方法を教えてください」
そこでゴータマ師が言った。
「それはなかなか感心な心がけだね。
それでは教えてあげるから、これから言うことをよく聴いて、よく考えなさい」
そこで、ボランティア霊の青年達はゴータマ師の言葉を受けて、一心に耳を傾けた。
ゴータマ師は言った。
「宇宙は生命存在全体のエネルギーフィールドによって創られていることは知っているね。
しかし、ここでは君達が直接関われる人間に限って話をしよう。
君達が民衆を教化することは、宇宙の進化を維持することにつながるし、民衆が進化の法則を理解して自分の間違いを正すようになれば、正確な宇宙進化が行なわれるようになる。
君達が民衆に対して最初にしなけれなばらないことは、民衆が覚者の教化を受けられるように民衆の手助けをすることなんだよ。
君達がすでに行なっている宇宙進化を維持する仕事も勿論大事だが、君達に備わってるような能力を民衆に持たせるにはどうすればよいかを考えることも大切なことなんだよ。
宇宙知識に関心のある者が増えればそれだけ宇宙は進化したことになるから当たり前だね。
これは例えば、空き地に住宅を建てようとする時、金と暇さえあれば、人は思いのままどのようにでも建てることができるが、空中には絶対建てることができないのと同じようなものだ。
宇宙知識を求める者も、このように世の人達の霊格を完成させるために、進んで宇宙を建設するが、その場所は空中のような世の人と関わりの無いところじゃだめだということだ。
さて君達は、私がこれから言うことをよくわかってくれなきゃ困るよ。
宇宙を進化させるということは、覚者を誕生させることに他ならない。
君達の中から宇宙の英知にかなう精神状態に到達する者が出現した時、宇宙はさらなる進化を遂げたことになるんだ。
その精神状態とはいろいろあるが、一つは『綺麗な心』だね。
これを広めることが宇宙を進化させたことになるんだ。
これを完成した人が覚者になる時がくれば、宇宙の中に嘘偽りの無いフィールドが誕生したことになる。
同じように、
『一つの道を極めようとする心』
『宇宙知識を求めて世の人を救おうとする心』
『自覚への導きを目指す心』
『全ての恩恵を他者に振り向けて与える心』
などの精神を完成させた人も宇宙進化に貢献するんだ。
君達の行動も重要な要素なんだよ。
『規則を守ること』
これだって大切だ。
これをできる人が覚者になれば『合理的進化の道』をやり遂げるフィールドが誕生したことになるんだ」
この覚者とボランティア霊達とのやり取りを、最前列で熱心に聞いていた一般聴衆の青年が質問した。
「尊師、その『合理的進化の道』とはどのようなことですか?」
尊師の説法の途中で邪魔をすることは非礼に当たったので、周囲の者は青年に非難の視線を送った。
しかし、青年は自分の向学心に捉われて意に介さない様子だった。
ゴータマ師は青年に向かって穏やかに話した。
「『合理的進化の道』とは『進化を合理的に行なうための手段』という意味で、全部で十あるけれども、全てもう君が知っていることばかりなんだよ。
つまり、
『生物をむやみに殺さない。
盗みをしない。
やたらとセックスしない。
嘘をつかない。
二枚舌を使わない。
悪口を言わない。
無駄口をたたかない。
欲張らない。
怒らない。
自分勝手なことをしない』
ということなんだ」
青年は納得して拝礼した。
ゴータマ師は説法を再開した。
「『よく堪え忍ぶこと』
これも大事だね。
これをできる人が覚者になれば、覚者の身体的特徴を備えたフィールドが誕生したことになる。
同じように、
『よく勤め励むこと』
『心静かに瞑想すること』
『根本能力』
などを極めた人が顕れることも重要なことなんだ。
『誰にでも無差別に恵みを与るボランティア活動』も大切だ。
これをやった人が覚者になれば、このボランティアの楽しみを与え、苦悩を除き、人の楽しみを見て喜び、どんな人にも平等に接する心を完成したフィールドが誕生したことになる。
『世の人に宇宙知識を教え、優しい言葉をかけ、利益を与え、苦楽をともにしてやる方法』
このやりかたでも同じ結果が得られる。
『巧みな手段を使うこと』も重要だ。
これができる人が覚者になれば、どんなものに対しても妨害されることなく宇宙知識を説くことのできるフィールドが誕生したことになる。
ところで、今日は特にまだ初心の諸君のために、覚者になるための基本能力を手に入れるのに必要な三十七種類のステップを説明しておこう。
すでにわかっている諸君は初心に還って復習してもらいたい。
最初のステップは四種類のイメージを頭の中に固定することだけれども、これはそんなに難しいことではないから心配はいらないよ。
つまり、
『肉体の本質は不浄であると思うこと。
感覚の基本は苦の知覚であると思うこと。
自分の心の本質は無であると思うこと。
存在するものは自分ではないと思うこと』
ということだ。
これができたら、次は正確な行動をするための四種類の努力をすることだ。
『悪いと思ったことは絶対にしないこと。
悪いことをしたと気付いたらすぐやめること。
正しいと思ったことは必ず実行する。
良いことをしたらそれを続ける努力をすること』
今度は基本的な個人能力を養うための四種類の方法を訓練することになる。
『自分の達成したい目標を宇宙知識に対して祈ること。
それが達成できるように努力すること。
達成した状態を心に念じること。
精神統一して自分のイメージを宇宙知識に伝えること』
これができると、いよいよ本格的な訓練だ。
今度は宇宙エネルギーを作用させる能力を開発する五種類の訓練法を行なうわけだ。
『宇宙エネルギーの存在を信じること。
信じる訓練を持続させること。
心の内面に意識を送り込むこと。
心の奥にある宇宙エネルギーの存在する場所を発見すること。
そのエネルギーを自分の意識に取り込む技術を学ぶこと』
ということになる。
この『技術』とは知恵の完成に必要な七種類の能力を開発することだ。
すなわち、
『記憶した内容を忘れなくする能力。
物事の真偽を見極める能力。
正しい知識を理解する能力。
正しい知識を理解することによって宇宙エネルギーを体内に取り込む能力。
常時リラックスできる能力。
自分の意識を消滅する能力。
意識と無意識のバランスを保つ能力』
という内容だ。
最後は宇宙知識を正確に理解する八種類の能力を開発するステップについてだ。
すなわち、
『正確に判断する訓練。
正確に考える訓練。
正確に喋る訓練。
正確に行動する訓練。
正確に日常を送る訓練。
正確に努力する訓練。
正確な考えを続ける訓練。
正確な瞑想をする訓練』
ということになる。
以上の能力をマスターすることによって覚者が誕生する。
最後の方の訓練は民間の人ではちょっと厳しいかもしれないな。
中には熟練者の補助がないと難しい訓練もあるから、もっと詳しいことを知りたい人は、後で教団の関係者に質問してくれ。
それでは話を元に戻そう。
『知恵の完成を妨げる八つの障害を除く方法を民衆に教えてやること』
これも大切なことだ。
これをマスターした人が現われたら、そのフィールドには、罪の報いによって導かれる三種類の収監惑星や八つの苦難はなくなる」
ここまで話して、ゴータマ師は聴衆の表情を伺った。
ボランティア霊達はおおいに納得している様子だったが、先ほど質問した青年を始め多くの聴衆は不安な表情をしていた。
彼らは師の教えを聴いてから日が浅かったので、三種類の収監惑星と八つの苦難というゴータマ教団の基本教理に対する知識がなかったのだった。
先程質問した青年も今度はばつが悪そうに黙っていた。
そこでゴータマ師は彼らのために説明してやった。
「今私が言ったことがわからない人もいるようだからもう少し詳しく話そう。
三種類の収監惑星とは、ナーラカ星・プレータ星・ティリヤンチ星のことで、このサハー銀河内で霊格を低下させてしまった者達が行く星なんだ。
一種の病院みたいなものと思いなさい。
ある程度霊格が回復するまではそこから出られないから、一度そこへ行くとやっかいなことになる。
症状の違いによってどの星に行くかが決まってくる。
どこに送るかを判断するのはヤーマという保護司さんだ。
ナーラカ星にはエゴイズムに凝り固まって中毒状態になってしまった者が行く。
一番重傷の患者だね。
プレータ星には物質に執着しすぎた者が行く。
ティリヤンチ星には無気力な者が行く。
症状は大したことないけれども本人が自分の病状を自覚しにくいから、実に治りにくい。
いずれの空間の患者も治ったらもう一度別の空間に生まれてやり直しだ。
ご苦労さんなことだね。
次に八つの苦難の説明をしよう。
この場合の苦難とは、宇宙知識を理解するのを邪魔する要因という意味だ。
その内の三つは、
この世にいる内に精神がさっきの三つ空間に行ってしまう場合。
実際に行くのよりは幾分かはましだけれども、ものを教わる態勢にはまずなれないね。
次は楽な状態。
楽ならいいじゃないかと思うかもしれないが、人間は苦労しないと向上心も湧いてこないんだ。
このサハー銀河系北部地域をクル州と言うんだが、あの辺りの星の人間はなまじ文明が進歩しすぎて生活が楽だから、それが禍いして未開なこのあたりよりも覚者になる人間は少ないんだ。
次は体が丈夫で長生きな状態。
これも一見よさそうだが、時間にゆとりがあると思うと安心してしまって進歩しないというのが人間の悲しい実態なんだ。
ここよりも霊波動の高い空間はいっぱいあるけれども、そこにいて宇宙知識を極めた霊は意外と少ないんだ。
次は身体に障害があって知能や知覚が閉ざされている場合。
これは特殊な状態で、一種の修行には違いないが、この世で宇宙知識を充分理解することはできない。
次は間違った情報を持つ傍系の宇宙霊とコンタクトしてしまった場合だ。
なまじ自分は頭がいいと思っているとこの罠から抜け出せなくなる。
誤った想念でも増殖するシステムがあると、それが独自の宇宙空間を創ってしまうんだ。
次は、ちょうど覚者がいない銀河に生まれてしまった場合。
これも修行の一部なんだが、当然教えてくれるものがいなければ宇宙知識を理解することはできない。
わかったかな。これらを八つの苦難というんだ」
ゴータマ師がこのように説明すると、聴衆から不安の表情が消えた。
ゴータマ師は再び説法を始めた。
「さっき『規則守ること』が大切だと言ったけれどもけれども、規則を守らない人を非難したりするのはよくないことなんだ。
非難するんじゃなくて、わからない人にはわかるように教えてやることが必要なんだ。
これができる人が覚者になれば、規則を犯したという声が聞かれないフィールドを創ることになる。
『規則を守ること』によって『合理的進化への道』を実行することができるようになることはすでに話したね。
これによって現われる理想の宇宙を君達のイメージに近付けて例えれば、
『若死にということがなく、財産に恵まれ、猥褻なことをする者もなく、言葉に真実がこもっていて、気候はいつも温和で、親しい人と離別することがなく、争いや訴訟もなく、言った言葉が必ず他人に利益を与え、妬んだり怒ったりする必要もなく、正確な見解を備えている人が誕生してくる』
といった感じのフィールドになるんだ。
さて、このあたりで今まで話したことをまとめてみよう。
このように君達が綺麗な心になれば、正しい行動がとれるようになる。
それができると、今度は宇宙知識を知りたくなる気持ちが生じてくる。
その気持ちが深まると、心が宇宙知識と一体化してくる。
そうなると宇宙知識の意のままに行動できるようになり、それによって得られた宇宙エネルギーを他者に振り分けられるようになる。
最初は振り分けかたがわからなくてうまくいかないこともあるが、慣れるにしたがっていろいろなテクニックが身につくようになる。
そのころには民衆の霊格も向上し、その時はフィールド内の宇宙知識も整備されて、それによって宇宙エネルギーも綺麗になる。
そうなれば結果として宇宙全体が綺麗になるというわけだ」
この時高弟のシャーリプトラはこのように思った。
「ボランティア霊の心が綺麗になった結果宇宙も綺麗になるのなら、尊師が昔ボランティア霊だった時はお心があまり綺麗でなかったのだろうか?
そして、またその影響でこの世界もこのように汚いのだろうか?」
ゴータマ師はシャーリプトラの心を読み取って、彼に向かって話した。
「それなら君に尋ねるが、太陽や月は汚いものかね?
そして、目の不自由な人が太陽や月を見ないのはそれらが汚いからかな?」
「いいえそうではありません。
それは目の不自由な人に原因があるのであって、日や月が汚れているわけではありません」
「シャーリプトラ君。
この世界が汚く見えるのは、そのように住民に原因があって、そのために本当の世界の姿が見えないだけのことなんだよ。
別に私がいるから汚いわけじゃないんだ。
私のいるこの宇宙も本当は綺麗なんだけれども、まだ君にはそれを見るだけの力量がないだけだ」
その時シキンという名のブラフマンがその場に居合わせていて、シャーリプトラに言った。
「シャーリプトラ君、君は尊師の高弟のくせにこの惑星が汚いなどと考えてはいかんよ。
なぜといって、私の見るところ、尊師のいる地球が綺麗なことは、アカニシュタ星(註:サハー銀河の中枢星)の宮殿と同じだね」
シャーリプトラにはシキンの姿が恰幅のよい中年のバラモンのように見えた。
シキンはゴータマ師が菩提樹の木陰で宇宙知識を理解した時に、そのまま真空に移行しようとした師を思い止まらせ、教えを世に広めるよう説得した霊だった。
しかし、そのようなことをシャーリプトラが知る由もなかった。
シキンの言い方が高圧的だったので、いささか気分を害したシャーリプトラは抗弁した。
「アカニシュタ世界の話はうかがっておりますが、私がこの世界を見たところでは、ここにはゴミでできた岡や、死体や汚物を投げた川や、荒れ果てた土地や、砂・小石・土・石・禿山などや汚いものが満ちています」
シキンが哀れむように言った。
「君は、心にこだわりがあって、真空の目で世界を見てはいない。
だから、この地球を見て、汚いと思っているに過ぎないんだよ。
ねえ、シャーリプトラ君。
ボランティア霊は世の全ての人に対して平等で、深く道を追究する心も綺麗だから、真空の目で見る時は、この宇宙の純粋さがわかるんだよ」
シャーリプトラはシキンの言っている意味が理解できず、困惑の表情をした。
その時、ゴータマ師は軽く爪先で大地を踏んだ。
すると、たちまち、全宇宙が数千色の微妙なオーラで飾られた。
セミナーに集まっていた聴衆は一様に驚いた。
熟練したボランティア霊でさえもこれほど鮮明に宇宙全体を認識する機会は初めてだった。
インド以外の場所を知らない一般聴衆は、宇宙の容量について認識することはできなかった。
彼らの脳裏には空間が限りなく爆発したように感じられた。
シャーリプトラにしても、知識としては知っていた三千大世界を初めて体験し、度胆を抜かれた。
ゴータマ師の足元から発した宇宙エネルギーは瞬間にして胡坐を組んでいた聴衆の尾骨にあるチャクラ(註:身体内部にある霊エネルギーのセンター。脊柱から頭頂にかけて七つあり、上にあるセンターほど波動が高くなる)に吸収され、頭頂のチャクラを突き抜け天に戻っていったのだった。
その間聴衆は覚者と同じ次元を体感したことになった。
場内はしばらく沈黙し、その内どよめきが起こった。
先程のエネルギーの残照が聴衆の尾骨のあたりに赤く輝いていた。
ゴータマ師はシャーリプトラに向かって言った。
「君は今、この宇宙が厳かに飾られているのを見たことだろうね?」
「はい、確かに見ました。
尊師。今まで見たことも聞いたこともないものですが、今この宇宙が厳かに飾られてことごとく顕れました」
そこでゴータマ師はまだ動揺しているシャーリプトラにこう言った。
「この宇宙は本当はいつでもこのように綺麗なんだけれども、未熟な霊格の連中を宇宙知識へ導いてやらなければならないから、自分達の霊格を自覚してもらうために、さまざまな悪で汚れた宇宙を現わし出しているんだ。
これも宇宙知識の一部だから、宇宙そのものであることには違いないけれどもね。
例えて言えば、この太陽系の霊体は、太陽からエネルギーを得ているけれども、その霊格に応じて吸収するエネルギーの質も高くなる。
質の高いエネルギーほど綺麗なことは言うまでもないが、霊格の低い者が質の高いエネルギーを無理して食べると消化不良を起こして苦しむことになるね。
消化不良を起こさないためには訓練するしかないんだ。
こんなふうに、綺麗な食事ができれば綺麗な世界も見られるというものなんだよ。
君達にはもっと綺麗な世界を見せてあげたいんだが、そのためにはそれなりの努力をしてもらう必要があるんだよ。」
ゴータマ師が宇宙エネルギーを送り聴衆を宇宙知識に触れさせた時、クシティガルバとその友人の青年達は自分達の目的を確認して深い安心感を得た。
まだボランティア霊に到らない多くの聴衆も目の前の現象がまやかしにすぎないことに気付き、真実を知りたいと思う気持ちがつのった。