知らぬが仏

亜紀は、家族のことを友達には話したくなかった。実父と実母は失踪し、実弟は餓死したことを思い出したくなかったからだ。突然、亜紀は、うつむいてしまった。亜紀は、暗闇の世界に一人取り残されたような気持になってしまった。やっぱ、家族のことを聞くべきではなかったと感じ取った秀樹は、つくり笑顔でペットの話をすることにした。「そういえば、毛並みのいい、ちょっと気取った猫がいないね。名前、何と言ったっけ」

 

亜紀の耳に猫という言葉が飛び込んできて、ぱっと笑顔が浮かんだ。「ピースね。時々、お散歩に出かけるのよ。夜遅く帰ってくることもあるの。ほんと、気まぐれなんだから。今朝、黒猫のお友達が来たみたいで、一緒に、遊びに行ってるみたい」明るい声で話し始めた亜紀を見て、秀樹はほっとした。秀樹は、家族の話を避けようと、次は、スポーツの話をすることにした。

 

「亜紀は、どんなスポーツが得意なの?僕は、サッカーチームに所属しているんだ。すっごく楽しい」亜紀は、スポーツは、好きではなかった。外であまり遊ばない亜紀を見かねて、アンナは、時々ゴルフの打ちっぱなしに連れて行っていた。「そうね、あまり体育は、好きじゃないの。運動オンチなのかも。スポーツってわけじゃないけど、ママに誘われて、ゴルフ練習場に時々行くくらい」

ゴルフと聞いて、地獄耳のアンナがキッチンから叫んだ。「ゴルフは、楽しいわよ。秀樹君もやってみたら」秀樹は、これはチャンスと大きな声で返事した。「はい、一度やってみたいと思っていたんです。お母様、ぜひ教えてください。お母様は、スポーツがお得意なんですね」ほめられてますます上機嫌になったアンナは、能天気な声で返事した。「いいわよ。食事が終わったら、ちょっと練習場に行ってみる?」

 

秀樹は、亜紀と一緒に練習できると思って、元気よく返事した。「はい、亜紀と一緒に練習できるなんて、夢見たいです。待ちどうしいな~」亜紀は、できれば、早く秀樹を追い返したかったが、一緒に練習する羽目になり、ガクッと落ち込んでしまった。「ママ、ゴルフの練習、これからも続けるの?亜紀には、向いてないと思うんだけど。ママと秀樹君だけで、練習やったら」

 

その弱気な言葉を聞いたアンナは、スリッパをパタパタさせて、テーブルに飛んでやってきた。「ナニ、ナニ言ってるの。亜紀は、かなり筋がいいわ。最初からボールを打てるなんて、きっと才能があるってことよ。がんばりなさい」動かないボールを打つゴルフをいたって簡単に思った秀樹は、自分の運動神経を自慢し始めた。「僕は、結構、運動神経がいいんです。サッカーでも、センターフォワードのポイントゲッターなんです。すぐに、亜紀に追いついて見せます。亜紀、一緒に頑張ろうよ」

アンナは、笑顔を作り励ました。「いいじゃない。二人とも、お互い切磋琢磨して、頑張るのよ。スポーツは、なんと言っても、体作りからよ。牛肉100パーセントのハンバーグ、できたわよ。しっかり食べて、練習に行きましょう。亜紀、女子も強くたくましくならないと、日本を守れないわよ」落ち込んでしまった亜紀が気にかかり、亜紀に言葉をかけた。「亜紀ちゃん、僕と一緒だといやなんじゃない。嫌われているのかな~」

 

亜紀は、本当にゴルフの練習が嫌いで行きたくないと言ったことが、秀樹が嫌いと言っていたようで、なんとなく気まずくなってしまった。「秀樹君が嫌いでそう言ったんじゃないわ。ゴルフの練習が嫌だからそう言ったまでなの。秀樹君、気にしないで」その言葉を聞いた秀樹は、ほっとした。かなり勘違いしてしまった秀樹は、有頂天になって話し始めた。「お母様、僕、頑張ります。これから、時々、練習に連れて行ってくださいますか。亜紀と一緒に、頑張りたいんです」

 

アンナは、ゴルフにやる気を示した秀樹が、猛烈に気に入ってしまった。「そう~こなくっちゃ。いいわよ。ビシバシ、鍛えてやるわ。亜紀も、秀樹君に負けないように頑張りなさい」秀樹は、アンナが亜紀と違って、アウトドア派であることに気づき、もっと、趣味について質問することにした。「お母様は、スポーツがお得意でいらっしゃるんですね。ほかには、どんな趣味がおありなんですか?」

秀樹を気に入ったアンナは、少女のような軽やかな声で返事した。「そうね、水泳にテニス、なんと言っても、モータースポーツね。車もバイクも乗りまわすわよ。サーキットでも走るんだから」サーキットと聞いた秀樹は、おとなしい亜紀とまったく違う母親に、目を丸くした。「へ~、すごいんですね。どんな車に乗られているんですか?」待ってましたとばかり、アンナは、ドヤ顔で返事した。「サーキットでは、ホンダ・S2000。買い物は、BMW。ゴルフに行くときは、ベンツ。ツーリングは、ヤマハ・FJR1300。若いころからモータースポーツが趣味なの」

 

何台もの車とバイクを持っていることを聞かされて、仰天してしまった。「そんなにたくさん、車とバイクをお持ちなんですか。スタイル抜群のお母様は、パワフルウーマンなんですね」アンナは、秀樹がますます気に入り、自分の子供のように思えてきた。「いつか、オートポリスに連れて行ってあげるわね。きっと、感動するから。楽しみにしてるといいわ」秀樹は、母親に気に入られて、亜紀にますます急接近できたように思えた。

 

謎のおじいちゃん

 

 秀樹は、亜紀の家庭が不思議に思えてきた。母親は、お団子屋をやっているに過ぎないはずなのに、BMWとベンツの高級な車を持っていた。お団子屋って、そんなに儲かるのだろうかと思った。どう考えても、お団子屋ぐらいで高級車が買えるとは到底考えられなかった。ふと頭に浮かんだのが、生命保険金だった。父親の死亡保険金で高級車を買ったのではないだろうかと一瞬思ってみたが、やはり、それは違うように思えた。

春日信彦
作家:春日信彦
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