知らぬが仏

子供らしくないドヤ顔の秀樹を見ているとますます気味が悪くなった。「そうなの。大変な仕事みたいだけど、それって、頭が良くないとできない仕事じゃない。秀樹君にできるの?」頭が悪いみたいに言われた秀樹は、ムカついた。「確かに、頭脳明晰じゃないとなれないんだ。しっかり勉強して、必ずなって見せるさ。そうだ。亜紀ちゃんこそ、CIAになればいいじゃないか。IQ180もあるんだから」

 

8歳のIQテストで、亜紀は、なんと、180もあった。CIA主催のIQテストは、優秀な生徒を選抜して行われた。だが、優秀な生徒が、特待生でアメリカに留学するという出来事に疑問を抱く教育評論家たちは、日本の国立大学でも特待生制度を採用するように政府に訴えていた。大企業もアメリカへの知能流出を防ごうと高額な報酬を約束し、アメリカへの就職を阻止する施策を打ち出していた。

 

CIAは、IQ150以上の生徒のマイナンバーを登録し、極秘に追跡調査を行っていた。このような優秀な人材の極秘調査は、かつてから行われていたが、近年、CIAは、世界中の優秀な子供たちを獲得する動きを見せていた。このことから、人工知能の研究を推進しているロシア、中国、ルーマニア、インド、シンガポールなどの各国は、CIAへの警戒を強化し始めた。

「え、亜紀が、CIA。とんでもないわ。私は、パイロットになりたいの。この前、発表したじゃない。聞いてなかったの」亜紀は、ふくれっつらをして、秀樹をにらみつけた。びっくりした秀樹は、即座に弁解した。「分かってるさ。亜紀が、米軍戦闘機のパイロットになりたいって言ってたことぐらい。でも、パイロットというのは、バカがやることじゃないか。今の戦闘機は、人口知能搭載で、無人なんだぜ。人間パイロットは、情報収集のための実験に使われるモルモットじゃないか、そんなモルモットパイロットになるのかよ」

 

パイロットはモルモットと言われ、亜紀の夢が侮辱されたようでムカついた。「そんなことぐらい知っているわよ。それでも、戦闘機を操縦したいのよ。秀樹君には、亜紀の気持なんか分からないわよ、フン」亜紀は、顔をそむけて、スパイダーを見つめ同意を求めた。スパイダーは、亜紀に同意して、ワンとほえた。秀樹は、さらに追い討ちをかけた。「へ~、変わってんの。頭がいいんだから、戦闘機の開発をやればいいじゃないか。犬死するモルモットになるよか、よっぽどましじゃないか」

 

亜紀は、戦闘機に乗るのが夢だった。自分の操縦する戦闘機で、日本を守りたいと思っていた。でも、ほとんどの戦闘機は、人工知能で操作されていて、人が操縦するよりも高度な操作が可能となっていた。それでも、亜紀は、自分の手で戦闘機を操縦したかった。現実と逆行するような夢に愚かさを感じたが、それでも、戦闘機を操縦する自分の姿が脳裏から離れなかった。「とにかく、亜紀は、パイロットになるんだから、グダグダ余計なことを言わないでよ。お互い、自分の夢を追いかければいいじゃないの」

怒らせてしまったことに気づいた秀樹は、即座に機嫌をとった。「ちょっと、僕の言い方が良くなかったと思う。亜紀が優秀だから、研究の道を勧めたんだ。亜紀の夢にケチをつける気持は毛頭ないんだ。僕は、亜紀に危険な仕事をしてほしくないんだ。女子は、危なくない安全な仕事を選んだほうがいいんじゃないかと思っただけさ。分かってくれよ。亜紀のことを思って、言っただけだから」

 

今にも泣出しそうな顔の秀樹は、頭を何度もぺこぺこさせては、謝った。亜紀は、何度も頭を下げて謝る秀樹を見て、いったい何しにやってきたのだろうとあきれてしまった。「秀樹君、そんなに謝ることじゃないわよ。気にしないで。秀樹君は、優秀だし、立派なCIAになれると思うわよ。お互い、がんばりましょ」その言葉を聞いて、秀樹のしかめっ面がぱっと笑顔になった。

 

「そうだよな、お互いがんばればいいんだよな。やっぱ、亜紀は、優しいな。ところで、女子って、どんな男子が好きなんだろう?金持ちで、スポーツができて、頭がいい男子?僕は、サッカーが得意だし、頭もいいほうだから、理想の男子ってことかな」秀樹は、異様な笑顔を作り、亜紀を見つめてちょっとうなずいた。何を言いたいのだろうかと亜紀は思ったが、適当にお上手を言うことにした。

「秀樹君は、大金持ちが通うお坊ちゃま学校から転校してきたんでしょ。センスもいいし、おしゃれだし、物知りだし、スポーツも得意だし、イケメンだし、女子の人気者よ。おぼっちゃま学校でも、モテたんじゃない」真に受けた秀樹は、亜紀に好かれたのだと思い、有頂天になって話し始めた。「やっぱ、女子は、金持ちが好きなんだね。パパは、桂コーポレーショングループのIT企業の重役だし、まあ、金持ちって、ことかな。亜紀も金持ちが好きだよな」

 

いつもの自慢が始まったと思った亜紀は、一刻も早く追い返す作戦に出た。仲良しの昌子のことを思い出し、昌子を押し付けることにした。「まあ、貧乏よりは、お金があったほうがいいけど、別に大金持ちじゃなくてもいいわ。秀樹君には、金持ちの女子が似合ってるみたいね。あ、そう、昌子ちゃん、お父様が、銀行の頭取って言ってた。昌子は、秀樹君のこと好きみたいよ」

 

秀樹は、亜紀が金持ちを毛嫌いしているようで、なんと言って機嫌をとればいいか戸惑ってしまった。「あ、そうだね。お金のことはどうでもいいことさ。亜紀は、どんなタイプの男子が好きなんだい」ずばり好きなタイプを聞かれ、返事に困ったが、秀樹に当てはまらないようなタイプを言うことにした。「そうね、スポーツマンで、やさしくて、明るくて、謙虚で、口数が少なくて、顔はまあまあで、気配りのある男子がいいな」

春日信彦
作家:春日信彦
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