刑事は、部屋を見渡し、北側の小窓を確認した。鍵は掛かっていなかった。窓の外を眺め、目を下げると、靴跡があった。この窓からの出入りがあったことを刑事は確信した。二人の死体の眉間の弾痕と右手に握り締めたおもちゃのような拳銃を見つめた。一見すると、自殺と判断できたが、小窓の外の靴跡が気になった。靴跡のサイズを記録させることにした。靴跡のサイズは、27センチであった。刑事は、脚立に目をやった。なんに使うつもりだったのだろうと不思議に思った。
若い警官が刑事に声をかけた。「第一発見者の話では、管理人が合鍵でドアを開けたところ、二人の死体があったそうです。怖くなって、すぐに、部屋から飛び出したといっています」刑事は、黙って聞いていた。「二人には、署まで来ていただくように言いなさい」管理人と桂子は、博多署にパトカーで向かった。取調室でそれぞれ個別に事情聴取され、管理人は、ありのままを順序だてて話した。
桂子も、へまなことを言わないように慎重にありのままを話した。刑事は、二人の話に問題は無いと判断した。しかし、窓の下の靴跡と脚立が気になっていた。ドアはしまっていたから、誰かが侵入したとすれば、あの小窓しかなかった。田柴に自殺願望があったことを聞かされていた刑事は、他殺の線は無いように思えたが、何か心に引っかかるものがあった。
長年の経験から刑事は、桂子が何か隠していると直感した。刑事は、管理人に桂子の様子を詳しくし聞くことにした。「桂子さんは、崎山さんと2時少し前に電話連絡を取っていた。2時を少し回ったころに寮にやってこられた。玄関に入ると、慌てふためいていたあなたに声をかけてきた。102号のドアをノックしても返事が無かったので、あなたが合鍵でドアを開けた。部屋の中に入ってみると二人の死体が転がっていた。そうですね」刑事は、管理人の話を簡単にまとめた。
真っ赤になった管理人は、震えながら答えた。「ハイ、おっしゃるとおりです。何度ノックしても、返事が無かったもので、合鍵で開けました」刑事は、ちょっと首をかしげ、頭をほんの少しかきむしり、訊ねた。「返事が無かったら、いつも、合鍵で部屋を開けるんですか?」びっくりした、管理人は、即座に打ち消した。「いや、あの時は、田柴さんが、ちょっと体調が悪いのを知っていましたし、それに、出かけるときには、必ず、声をかけられるんです。具合が悪くなって、田柴さんが、倒れているのではないかと不安になって、開けました」管理人は、自分は潔白だといわんばかりに必死に説明した。
刑事は、ほんの少し顔を和らげ質問した。「部屋に入った瞬間、何か、匂いませんでしたか?香水の匂いとか?」管理人は、目を上に向けて、あの時のことを思い浮かべた。「あ、そう、確かに、化粧のような、香水のような、匂いがしたような、しなかったような。はっきり憶えていません。すんません」管理人は、頭をペコペコ下げた。刑事は、部屋の中に入った瞬間、香水の匂いをかいだ。だが、この香水の匂いは、桂子のものと同じだった。すでに、桂子は、部屋に入っていたわけだから、香水の匂いがしても不思議ではなかった。