芸術の監獄 ジャン・バラケ(前編)

ジャン・バラケ(前編)( 3 / 3 )

何という物語に魅了されてしまったのだろう!

 

もしも構想通りに完成していれば、そのオペラはワーグナーの「指環」並みの規模となったであろうが、彼が完成させたのは、結局4曲だけであった。「Le temps resutitue 呼び戻された時間」、「…au dela du hazard …偶然の彼方に」、「Chant après chant 歌に次ぐ歌」、「Concerto コンチェルト」である。

 

「ピアノソナタ」と違って多種類の楽器で奏されるから、華麗ではあるが取っつきにくさは変わらない。バラケの曲では、打楽器は規則正しく拍子を刻んでくれる代わりに、「ぐごごご」と雷鳴のごとくにクレッシェンドを轟かしたり、「ちりんちりん、かんかん」と鳴っていたり、ピアノと連弾したりしている。そしてそれは、おごそかな女声合唱と相まって、ギリシアやローマの神殿に今、自分がいるような気分にひたれるのだ。上演されているのはギリシア悲劇で、人物はみんな、白いふわふわのトーガを着て役を演じている。永遠に彼らは泣いたり、笑ったり、激高したり、生き死にを繰り返す…

 

冒頭で「彼の音楽を特別好きなわけではない」と書いたのだが、どうやらそれは訂正する必要がありそうだ。私は彼の音楽が好きだし(でも、毎日は聴きません。疲れるから)、「偏屈で人付き合いが下手だった」とか、「12歳の時、学校でシューベルトの曲をレコードで聴いて、感動してその脚でレコード店に走って「何でもいいからシューベルトをください」と言って買った」という挿話には妙に感動してしまう。バラケが12歳の時といえば、1940年。その年にフランスは、ナチスの猛攻にあっさりとパリを明け渡し、国民はそれから4年間、戦闘はないが自由もない、自尊心を押さえられた生活を余儀なくされる。

次回は、バラケが野心を抱いて音楽に取り組んだ時代、1950年代のパリの芸術家たちについて話します。

(続く)


追記1:表紙は1998年(バラケの死後25周年)に世に出たCD「Jean Barraque OEuvres completes」のジャケットです。日本のお店では取り扱いがないため、私はアメリカアマゾンでこのCDを買いました。絵はゴッホの作品「麦畑の上を飛ぶ烏」です。



深良マユミ
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